1-3 「ここが秘密結社のアジトか」「ダンジョンです」

科学者として、父として

 一夜明け、コデロはベッドから半身を起こし、伸びをする。


「街を救ってくれた礼と言ってはなんだが、コーヒー淹れ直してやる」

 ダニーは、コーヒーのドリップを始めた。


「ドランスフォードの出か? 冒険者という風体には見えないが」


 湿っていく布フィルターを眺めながら、ダニーが問いかけてくる。


「理由があって、ドランスフォードから逃げてきました」


「お前も民間人か。あそこは壊滅したって聞いたぜ。ここにも数人、ドランスフォードから逃げてきた住民を匿っている」


 コデロが助けた、足の不自由な子も、逃亡者だ。ドランスフォードから逃げる際に、ケガをしたらしい。


「俺は、科学者だったんだ」

 ドランスフォード王国で教鞭を執っていたが、科学は異端とされて追放されたという。


「この田舎町に越してきて、ハーブの栽培を始めた。最初は科学実験兼、資金稼ぎだった。やがて、女房ができた」


 このカレーも、妻のレシピで作ったらしい。喫茶店もスパイス農園も、妻の遺品だ。


「流行り病で女房に死なれてから、何もやる気がしねえ。店も娘に任せっきりだ」


 コーヒーの香りが、ミレーヌとは圧倒的に違う。味こそ、ダニーの方が苦い。が、コーヒー単体として飲むならこちらかも。


「おいしいです」


「娘のは、カレーに合わせてるからな。それはそれでうまいが」


 本当にコーヒーにこだわっている店では、カレーなんて出さない。カレーのスパイスが、味覚を低下させてしまうからだ。


「俺は出すぜ。どっちも捨てられないからな」


 一口飲んだだけで、ダニーの人柄まで写し出すかのようだった。

 こんなうまいコーヒーを淹れる人間が、ただやさぐれているだけではない。


「だが、お前さんが現れたおかげで、俺にも運が回ってきた。どうだろう、お前さんを手伝わせてくれないか?」


「それは」


 確かに、彼の研究はコーデリアの役に立つだろう。

 銃なんて作れるのだから。

 ミレーヌが持っているのは、比較的簡単な構造だ。

 が、ダニーはもっと高性能の銃を作る技術がある。


 とはいえ、コーデリアの個人的な復讐に、民間人を巻き込むわけにはいかない。

 コーデリアも、同じように思っているらしかった。その証拠に、即答しない。


「なに、別にドランスフォードを叩き潰そうってワケじゃない。俺の研究欲を解消してもらいたいだけだ。気楽だろ?」


「あなた方に迷惑は、掛からないのですか?」


「娘を助けてくれた礼だ。迷惑なんて、いくらでもかけてくれたっていいんだよ」


 父親に向けて、ミレーヌが「ウフフ」と含み笑いを浮かべる。

「なんだよ?」

「昨日と打って変わって、この変わり様ったら」


「うるせえぞ。とっとと開店の準備しやがれ」

 話題を変えたかったのか、ダニーが「ところで」と切り出す。


「まだ冒険者登録もしてないだろ? 一人旅ってんなら何かと入り用だ。登録して損はない」


 昨日はバタバタしていて、それどころではなかった。登録するなら、今だろう。


「確かに。おやっさん頼めますか?」

「おう。案内してやる」


 ついてこい、というので、店を後にする。


 そのまま、二人は冒険者ギルドへ。

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