第4話 班決め

 ゴールデンウィークのだらけきったクラスの空気を助長させているのは、まだ半年も先の修学旅行の班決めの盛り上がりだ。そんなに先のことを今から決めてどうするのか、と思うのだが、修学旅行が予定されているのは、文化祭直後の十月の上旬。中間と期末試験、夏休みには文化祭の準備もしなければいけないし、二年生には実力テストや模試も控えているらしいから、想像以上に半年という時間は少ないのかもしれない。


 その頃には受験というものが現実として差し迫って来ているのだろうけど、みなこにとってそれはまだ遥か先の後回しにすべき問題だった。


「班は自由でええんやんな?」


「いいんじゃない? 特に先生から指示されてないし」


 六限目のホームルームを取り仕切る男女の修学旅行の実行委員の生徒が二人で顔を見合わせる。クラスの視線がやけに熱いのは、二人が恋人付き合いをしているかららしい。みなこがそれを知ったのはついさっきだ。


「今回決める班は、主に現地でのレクリエーションやクラス単位で食事をする時の班分けになります。一班、六から七人です」


「あまりうるさいことは言いたくないけど、一応、男女同数になるようにお願いします」


 それぞれの学年に男女で仲が良いだとか悪いだとかという特色なるものがあると思うが、みなこたちの学年は男女で仲違いが起きているようなことはなかった。みなこがそういう話に疎いせいもあるかもしれないけど。少なくとも、そんなみなこですら、男女問わずユニバだとか梅田だとかに遊びにいくんだ、というクラスメイトの話を時折聞いていた。


 ジャズ研に所属しているからというのもあるけど、現三年生の学年もそういう雰囲気な気がする。女子が圧倒的マジョリティを占めるあの部において、大樹が副部長という役職に準じているのが何よりの証拠だろう。


 こういう班決めみたいなものは事前に根回しというものがあるらしく、想像以上に手際よくクラスはいくつかのグループに分かれていった。それぞれのリーダー核の人物の元に、男女が分かれて集まり、好意だとかの計略によるある程度の駆け引きのもと、男女のグループが結びついて班が形成されていく。


「みなこちゃん、一緒いい?」


「もちろん。とりあえず二人やな」


 そういう根回し的なことはしていなかったみなこだったが、すぐに奏がそばに来てくれた。そこにいつもクラスで仲良くしている女子生徒が二人加わる。


「余ってるグループはありますか?」


 班決めスタートから程なくして、実行委員からそんな声が掛かった。どうやら他の生徒たちはもう班に分かれているらしい。


 みなこたちが手を挙げると、教室の前方で航平を含めた男子三人のグループも手を上げた。


「ちょうどええやん。そことそこでくっつきいや」


 他にグループも余っておらず、人数的な問題も生じなかったので仕方ないが、有無を言わさず航平のグループとくっつけられた。


「おっす」と航平に声を掛けられて、みなこは「どーも」と素っ気ない言葉で返す。


「それじゃ班で二日目の予定を決めてください」


 形成された班が自然と近くの座席を占領し、指示通り予定を決めていく。高校生にもなれば、この辺りは揉めることなく、スムーズに進んでいくもので、自分たちも大人になったものだとしみじみ思った。


「二日目って何するんやっけ?」


「現地の大学生と街を散策するんだよ」


「あーそれか」


 まだ大雑把な予定しか組まれていない修学旅行の二日目は、奏が言ったように、現地の大学生とのコミュニケーションを目的とした街の散策だった。


 みなこたちの修学旅行先は、シンガポールとインドネシア。四泊七日の旅で、始めの一泊はシンガポール、三泊はインドネシアのリゾートであるビンタン島に宿泊するらしい。ビンタン島では、ホテルにプライベートビーチやプールもあるのだとか。街を散策するのは、ビンタン島へ船で移動する直前だ。


「コースを決めなあかんって具体的には?」


 航平が誰となく問いかける。特にみなこは把握していなかったので、周りの生徒を見遣れば、女子の一人が答えた。それにスマートフォンでシンガポールの観光地を検索していたらしい別の男子生徒が反応する。


「回れるのはお昼すぎまでで時間も限られてるから、チャイナタウンかカンポングラムか」


「俺、マーライオンが見たい。おっサファリパークもあるやん。てか、シンガポールってユニバもあんのか」


「マーライオンとナイトサファリは初日に行くから。それにユニバは大阪にもあるやんか。本懐は地元学生との交流と文化体験!」


「さいですか」


 お前はちゃんと栞を読め、と航平が男子生徒を肘で突く。自分だって把握していなかったくせに。みなこも人のことを言えないが。


「私、カンポングラムが行きたい!」


 奏の珍しい自己主張に、班のメンバーが奏の方を一斉に見つめた。その視線に男子も混ざっているせいか、奏の頬はパッと赤くなる。


「モスクとか綺麗だから見てみたいなって」


「ええんじゃない? 特にチャイナタウンの方がいいって意見はないんやろ?」


 女子生徒の提案に男子生徒たちが頷く。その他の決め事も順調に決まっていった。


 時間は余ったが、周りを見渡せば、まだ予定を決めている班がいくつかあった。決まった生徒は、自習をしたり煩くならない程度に駄弁ったり様々だ。奏は先生に決まった内容の報告に行ってしまったし、中間試験の勉強をするには少し気が早すぎるし、どうしたものか、と悩んでいると、先程まで奏は座っていた席に航平が移って来た。


「なに?」


「まさか同じ班になるとはな」


「嫌なん?」


「そういうつもりで言ってへんから」


 航平の口から苦笑いと溜め息が同時に漏れる。半袖のシャツから伸びるあの頃よりも少し白い肌が、短い髪を掻いた。


「一年生のことなんやけどさ」


 航平の目に真剣さを感じて、わざと細めていた目を元に戻す。脳内に浮かんだのは、愛華のことだったが、航平の口から出たのは彼女ではなく、竜二のことだった。


「井上くんがどうしたん?」


「ほら、あいつトランペットやし、まぁ男子ってこともあって話す機会が多いんやけどさ」


 まぁ、そうだろうな、とみなこは頷く。


「なんというか、自己主張が無いというか、意見を言わないというか」


「あー、そういう空気感は出てるな」


「アドバイスも、どこまで響いてるのか分からんくてさ」


「それは井上くんが航平よりも上手やからじゃない?」


「うっ! 俺だけじゃなく美帆先輩の話もあんま聞いてへんの。そりゃあいつは経験者やからブランクあっても俺より吹けてるけどさ」


 少し拗ねたような態度になった航平に、みなこは優しく頬を緩ませる。


「それに先輩として後輩に教えるべきことってあるやん。日常生活の態度とかさ。そういうのも含めて、響いてる感じがせんのよな」


「井上くんって態度悪いん?」


「いや、そういうわけじゃないけど。俺は別になんとも思わんしな。けど、見る人が見れば、井上の態度を気に入らんってやつはおるんちゃうかな? そう思われるのは損やん」


 航平の言おうとしていることは何となく分かる。やる気を表に出さない人間を毛嫌う人は確かに存在しているはずだ。それが部内にいるかは定かじゃないけど。航平が言いたいのは、校外活動において、最低限の礼儀を身につけるべきであるということだろう。


 それにさ、と航平が続ける。


「周りは女子が多いわけやん。竜二が嫌になってやめちゃわないか心配でさ。せっかく入部してくれたんやから、最後まで続けて欲しい」


「そこまで?」


「去年の井垣みたいなこともあるわけやん。事情は全く違うけど」


 心配し過ぎている気もするけど、もともとやる気を感じない竜二が、辞めるという選択肢を取ることは残念ながら想像できてしまった。


「何を考えてるのか分からんから、なんかええ方法ないかなと思ってさ。ま、でも、入って来たってことは表に出さないだけで、やる気はあるんだろうと俺は思ってるんやけど」


「そうであることを願うだけだね」


 正直、男子部員の問題は航平にお願いしたいというのがみなこの本音だった。竜二だって同性の方が話しやすいだろうし、何より愛華のことの方が気がかりだったから。


「そう言えば、井上くんって、中学時代は帰宅部やったんやんな?」


「らしいけど?」


 なら、どうして、竜二はジャズ研に入部したのだろう。思い返せば、入部の日に杏奈が同じ質問をして、竜二は理由をはぐらかしていた。

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