「俺が好きなのは妹だけど妹じゃない」×「好きすぎるから彼女以上の、妹として愛してください。」×「両手に妹。どっちを選んでくれますか?」コラボ小説
恵比須清司×滝沢慧/ファンタジア文庫
第1話 プロローグ(著者:恵比須清司)
富士見シスタジア文庫——それは、お兄ちゃんと妹という関係の中にこそある「真実の愛」を追求し続け、その崇高な意志に準ずる作品を世に出すことを至上命題とする文庫レーベルです。
私こと永見涼花は、そこで編集長を務めています。
これまで「兄妹の愛こそ至高!」との信念のもとに、数多くの兄妹モノ作品を世に送り出してきました。その業績は高く評価され、僭越ながら敏腕編集者と呼ばれるようにもなりました。とはいえ、そういった賞賛の声に甘んじることなく、今後とも兄妹愛を世に広めるべく引き続き邁進していくつもり——……なのですが、
「……え、えーと、これは、気がついたら大変なことになってますね」
実は今、私は少々困った事態に直面しているのでした。
私は現在、編集部の一室でレポートの作成作業をしているところです。
そのレポートの内容は「妹が絶対に負けないラブコメ」を作るために「兄妹における最高の関係」とは何かを追求する、というものでした。
私は早速そのテーマに没頭し、集中して書き上げたものをついさっき印刷し始めたわけなのですが、その瞬間に我に返りました。
目の前のノートPCには、スクロールバーがものすごく小さくなっている文章ファイルが映し出され、それを印刷しているプリンターはさっきからすごい勢いで紙を吐き出し続けているものの、止まる気配はまるでありません。
「……い、勢いに任せて書いてたら、なんだかとんでもない分量になってしまいました」
私はその光景を眺めながら、思わず顔を引きつらせます。
……で、でも、これは仕方ないことじゃないですか!? テーマがテーマなんですよ!? 「妹が絶対に負けないラブコメ」のための「兄妹における最高の関係」ですよ!? そんなの……、興奮してつい書きすぎるなんて自然なことですよね!?
「そ、そうです。それはお兄ちゃんを愛する妹としてはとても自然なことですよ。お兄ちゃんへの愛は無限大なんですから、それを文章にしようとしたら、これまた無限になるというのは当たり前のことです。はい」
私は一人でそう呟きながらうんうんと頷きます。お兄ちゃんが大好きなあまり、レポートの分量が百科事典並になってしまったとしても、それは当然のことなんです。
……とはいえ、
「……う、さすがにいつまでも現実逃避している場合ではありませんね」
一向に活動停止する気配がないプリンターに目をやると、いやでも現実に引き戻されます。お兄ちゃんへの愛は無限でも、これはあくまでレポートです。レポートとはテーマを簡潔にわかりやすく伝えるものですが——……この惨状はつまり、現状のレポートは上手くまとまっていないということをハッキリと示しているのでした。
「ううん……、兄妹における最高の関係、ですか……」
要するにそれは、私自身がその問いに対して答えを見い出せていないという証拠でした。 兄と妹がラブラブなのは私にとっては最高に幸せな関係ですが、それが「兄妹における」最高の関係なのかと真面目に問われると、即答できない自分がいるのです。
「…………ふぅ、考え続けていても仕方がありません。休憩でもしましょう」
私は回転しすぎて熱くなった頭を冷やすため、相変わらずプリンターが唸り続けている部屋から一度出ます。そうして外の空気でも吸おうかと思っていた時でした。
「あ、涼花編集長!」
そこでバッタリと、副編集長である初葉さんと出くわしたのです。
私は「ちょっと気分転換に」と言いかけて、ふとあることを思い出します。
「そういえば初葉さんの方は、レポートの進捗はどうなっていますか?」
それは、初葉さんも同じテーマでレポートを作成しているはずだということでした。
「あ、それなんですけど、ちょっと苦戦してるっていうか、上手くまとまらない感じなんですよね……。一応アタシ、お兄ちゃんに協力してもらって一緒に取材しようとしたんですけど、つい、ひ、ヒートアップしちゃって!? レポートどころじゃなくなっちゃったというか!?」
初葉さんは顔を真っ赤にしてしばらくあたふたした後、
「と、とにかくそんな感じで、あんまり上手くいってない感じです! 編集長の方はどんな感じですか?」
どこか誤魔化すように、そう返してきました。
私は「初葉さんもですか」と苦笑しながら、自分も苦戦していることを打ち明けます。すると初葉さんは「なんか、思ったより難しいですよね」と、同じく苦笑いしました。
私達はお互い何とかしないといけないと言いつつも、とりあえずその場はそれで別れました。その後、私は外へ出て一息吐きながら、どうしたものかと考えます。
「あら、涼花編集長も休憩ですか?」
するとそこに、最近入った編集部員である菫さんがやって来ました。どうやら彼女も外の空気を吸いに来たようで、私は「ええ」と頷こうとしたのですが、その時あることを閃きます。
「菫さん、すいませんがレポートを一つ作成していただけませんか?」
「レポート、ですか?」
それは、思い切って若手の編集部員にこの仕事を振ってみようかというものでした。
我が富士見シスタジア文庫編集部には、兄妹愛を心底から追求する者以外は入ることはできません。そして彼女はその試練を超えて入部してきた人材です。ならば「兄妹における最高の関係」という難題にも答えられるかもしれません。
「それは実に素晴らしいテーマですね! 是非やらせていただきます編集長!」
私が事情を説明すると、菫さんは目を輝かせながら二つ返事でOKしてくれました。
さすが我が編集部員です。難題ではありますが、このテーマに胸を躍らせない妹などいませんからね。頼もしい限りです。
「それでは、早速レポートの作成に取り掛かりますので失礼します!」
菫さんはそう言って、すぐさま編集部へと戻って行きました。菫さんに仕事を振ったとはいえ、私自身もレポートをまとめないといけないことに変わりはないのですが、それでも少し肩の荷が下りた気分でした。
そうして私も戻ろうとした時、また廊下で初葉さんと出会いました。
「あ、編集長、実はさっきアタシ、椛ちゃんにレポートの話をしたんです。そしたら椛ちゃん『あたしもそのレポートやりたいです!』って言ったからOKしたんですけど、別にいいですよね? あ、も、もちろんアタシもアタシでレポートはやるんですけど!」
すると勢いよくそんなことを言ってきたので、私は少し驚きました。
「そうなんですか? それはもちろん、椛さん本人がやる気になってくれたのなら全然かまわないのですが……、ちょっと驚きました。実は私の方も、さっき菫さんに同じようにレポートの作成依頼をしたところだったので」
「そうなんですか? だったらナイスタイミングかもですよね! あの二人は姉妹だから、きっと協力していいレポートを書いてくれますよ!」
そう言って溌剌とした笑顔を見せる初葉さんに、私は「そうですね」と返します。
初葉さんの言う通り、あの二人は仲の良い姉妹です。あの二人なら、協力してこの難題にも明快な答えを出してくれるかもしれない——そう考えると、なんだかとても頼もしい気分になってきました。
ですがその時、ふと廊下の先を見ると、ちょうどその姉妹が何やら向かい合って話をしているのが見えました。耳を澄ませてみると、微かに話し声も聞こえてきます。
「……そうですか、あなたもこのレポートを書くことになったのですね。言っておきますが、お兄さんに関することであなたに負けるつもりはありませんから! このレポートは私が最高のものを作成してみせます!」
「……それはこっちの台詞! お兄ちゃんのことでお姉ちゃんに後れを取るつもりなんて全然ないんで、最高のレポートはあたしが書くんだからね!」
…………えーと。
「あれ? 編集長? どうかしたんですか?」
突如固まってしまった私に、初葉さんは不思議そうな表情を見せます。
「い、いえ、なんでもありません」
とりあえず、私は今のは見なかったことにしてそう答えます。
……あ、あの二人に仕事を振ってよかったのか、そこはかとなく不安な気分になってきたわけですが…………、大丈夫ですよね?
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