第19話 ~試合前夜~
「…………ふぅ」
自室のベッド上で短く息を吐く。仮想空間から戻ってくると、いつの間にか室内は暗闇に支配されていた。手探りで枕の近くに置きっぱなしのリモコンを見つけ出し、部屋に明かりを灯す。
「どうにもならない……か」
ぼんやりと天井を眺めながら零れた弱音。こんな言葉が出てくる時点で心が負けているのは重々理解しているが、コントロールできるかどうかは別の話で。
さっきまで使用していたリアテンドを首から外す。
荒療治なんて表現するほど格好の良いものじゃないけれど、俺は自宅でオンライン対戦を繰り返していた。
Fantasy Battleで勝ちたい――からじゃない。ただ漠然と、このままじゃダメだと、そう感じただけ。
その想いの根源が、白雪の生き様に影響されたからなのか、羽美が望んでいるからなのかはハッキリしていないけれど。
過去の失敗に囚われて、言い訳にして、踏み出さない自分が情けなくて。現状からの変化を求めた。
別にFBで勝てるようになったから、どうこうってわけじゃない。単純に行動に対する結果として、判断しやすい手段を選択した……のだけれども。
「改善どころか悪化してるんだよなあ……」
ある意味変化は見られている。悪い方向に。
白雪との初戦からしばらくは、決着の瞬間にだけフラッシュバックが起こっていた。しかし人間という生物は良くも悪くも無意識に学習してしまうらしく、イメージが刷り込まれていったのか、トドメの数撃前からアバターの制御が乱れるようになってしまった。
――まるで十字架に縛り付けられたかのように、断罪を待つ罪人のように。
それでも悪いことばかりではなくて。何度も何度も、繰り返し思い返して、思い出した。
俺にとってFBは手段でしかなかったって。
羽美や穹と一緒に過ごす時間こそが大切だったんだって。
だから乗り越えられない。前を向いて、進んでも、届く場所がない。かつて目指した約束は、もう永遠に失われてしまったから。
三年間ですっかり燻ぶってしまった心を燃え盛らせるだけの動機が、情熱が、俺にはもう――
――コンコン。
「……ん?」
ベッドの脇にある小窓からカーテン越しに届く軽いノック音によって、ドロドロと沼に沈み込みかけていた意識が引き戻された。犯人の目星はついているので、警戒することなく鍵を開けて窓を開く――と。
「あ……っ」
「うぐっ!?」
布っぽい何かが勢いよく顔面に突き立てられ、気を抜いていた俺はベッドから突き落とされた。すぐさま起き上がって外へと目を向けると、隣家の窓からはモップが突き出されており。
「や、やっほ~。元気?」
「……それよりも、真っ先に言うべきことがあるんじゃないか、羽美」
二階の窓からひょっこりと顔を出した羽美は流石に申し訳なさそうに、引きつった笑みで挨拶をしてきた。
長い黒髪は首元で雑にまとめられていて、学校でのイメージとはかけ離れた、俺にとっては懐かしいラフな格好。そしてもちろん手にはモップ。……あれを顔にぶつけられたのかよ、汚ねえな。
「ごめんごめん。お詫びに窓掃除してあげるからさ」
「乾いたモップでそのまま擦っても綺麗になるわけないだろ。……ったく、何の用だよ?」
「ん~、特に? 暇つぶし的な?」
なんてことない風に言いながらも、髪を弄っていて落ち着きがない。何か言いにくい、それでも面と向かって伝えたいことがあるのだろう。相変わらず面倒な性格をしている。
「部活の調子はどう? 白雪さんはともかく、西園寺くんもいるのよね?」
「なんだ、ウィルのことも知ってるのか」
「あれだけ目立つクラスメートを覚えてないのはあんたくらいよ。他人に興味無さ過ぎでしょ」
「……ほっとけ」
「西園寺くん、別のクラスでも噂になってるみたいで、部活の子にも訊かれたことあるのよ。実際にはどんな人なのーって」
「実際も何も、裏表のない性格をしてると思うが」
かなり好意的に解釈すれば、だけれど。
「……引っ掛かる言い方するわね。わたしに対する当てつけのつもり?」
「解釈違いだ」
「ま、いいけどさ。それで?」
「それで、ってなんだよ。聞きたいことがあるなら、少なくとも主語と述語はハッキリさせろ」
「FBの実力に決まってるでしょ。それくらい察しなさいよ、頭いいんだから」
羽美は理不尽にもむすっと不機嫌そうに言う。
相手の思考を読み取る能力は、頭の良し悪し関係ないだろうが。どちらかといえばコミュニケーション能力だ。
「白雪は飲み込みが異常に良いから、相当伸びるだろうな。ウィルは性格こそアレだが、実力は本物だ。峯ヶ崎にいるのが不思議なレベルで」
忌憚のない意見を述べる。お世辞や身内贔屓抜きに、客観的に見て二人は強い。
「そうなんだ。颯が認めるってことは相当強いのね」
「……お前は俺を買いかぶり過ぎだよ」
「そんなことないでしょ。穹と互角に戦えるプレイヤーなんて、全国でもそうそういないんだし」
――
一年生ながら全国中等学校総合大会にて個人優勝を果たし、三年間に渡ってその座を守り通した天才児。
全国大会ですら他を寄せ付けない圧倒的な試合内容がほとんどで、他者を蹂躙する様から付いた呼び名が『魔王』。
穹と一緒に練習していた時期があったなんて、それこそ夢のような話で。
「……買いかぶり過ぎだ」
結局、口を吐いて出たのはさっきと変わらない言葉。吹き付けた風に流されて届かなかったのか、羽美がそれ以上言及してくることはなかった。
「そういえば、明日試合なんだって?」
さも今思い出したかのように、さらりと。
ただ、この話題が本当の目的なんだなって、それとなく伝わってきた。
「それも陽姉から聞いたのか」
「……あー、うん。そうなんだけど、陽姉を責めないでね? わたしが無理言って聞き出してるから」
「……なんか言ってたのか?」
「颯の圧が凄い。頭いいから教師として強く出れないのを盾に調子に乗ってる、だって。報復が怖いから、発言には気を付けてよねって釘を刺された」
「お前さ、それを俺に言ってよかったのかよ」
「おっと、口が滑った。ここだけの話ってことでヨロシク」
悪びれることなく言ってのけるあたり、全然感情がこもっていなかった。
残念だったな、陽姉。あんたを妄信していた、いたいけな少女はもういないみたいだぞ。
「本当は応援しに行きたいんだけどさ、わたしも部活あるから」
その言葉に内心でホッと胸を撫で下ろす。おそらく俺の出番はないだろうが、万が一試合をすることになった場合、羽美に現状を知られることになる。
それだけは、なんとしても回避しておきたい。
「だから、一言だけ伝えたくて」
俺の心の内なんて知る由もない羽美は、ずっとつまらなさそうにしていた表情を僅かに動かして、
「頑張ってね、颯。あんたが全国大会で戦ってる姿、わたしは楽しみにしてるから」
ほんのりと、俺に分かる程度の笑みで、真っ直ぐな言葉を、願いを、ぶつけてきた。
「それだけっ! じゃ、おやすみ!」
返事を聞く気は無かったようで、一方的に言い残すとぴしゃりと窓を閉めてしまう。
「頑張って……楽しみにしてる……か」
再びベッドに寝そべり、反芻する。
俺がFBを続けることで羽美が喜ぶのであれば、それを理由に出来るのだろうか。
しかしどれだけ考えても答えは得られず、かといって直ちに対戦で試す勇気もなく。
しばらくして襲い掛かってきた睡魔に抗うことなく、意識をまどろみへと沈めた。
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