第22話 ~拍子抜けの勝利~
「ウィルくん、お疲れ様でした! なんかこう、上手くは言えないですけど……とにかく凄かったです!」
試合終了と同時に観戦席へと強制送還されたウィルへ、白雪は興奮気味に感想を告げる。
「姫から賞賛の言葉を貰えるなんて、身に余る光栄だね。けれど、醜態をさらしてしまったのも事実。どんな懲罰も受け入れる覚悟だよ」
「確かに勝てなかったかも知れませんけれど、負けたわけでもないじゃないですか! 醜態なんてことありませんよ。ほら、不知火くんも黙ってないで何とか言って下さいって!」
「……惜しかったな」
「ふっ、どうだろうね。僕のポリシーたる美しい試合運びには程遠かったよ。そういう意味では惨敗だったさ」
肩をすくめながらも飄々と言ってのける様子からは、試合結果への感情が読み取れない。
決着の瞬間、表示された文字は『Draw』。半ば都市伝説と化していた結末を初めて目撃し、俺は驚きを隠せなかった。
コンマ数秒なんてレベルじゃない。数百分の一秒単位で、システムが判断不可能なほど完璧に同時。
昔、羽美と引き分けを狙って試行錯誤したことがあったけれど、一日を費やしてもついぞや実現することは叶わなかった。
それほど珍しい結末だというのに、ウィルには驚いた様子がまるでない。さすがにわざと引き分けに持ち込んだ……なんてことは無いだろうけれど。
「さてと……じゃあ、次はわたしの番ですね! お相手も決まているみたいですし、行ってきます!」
戦闘フィールドへと移動するために、メニュー画面を呼び出して操作を始める。
白雪の言う通り、牙城高校側からはウィルの対戦相手とは異なる、もう一人の一年生がコロッセウムの中央に降り立っていた。
「……あ」
転送ボタンを押す直前、白雪は何かを思い出したように動きを止めた。さっきまでダイアログへと向けていた顔を上げて、はっきりと俺を目に捉える。
そして、手を後ろに回しながら、これでもかってくらいにあざとく上目遣いで、
「約束、お願いしますね?」
期待と、不安。
……ったく、昨日の今日で忘れている訳ないだろうが。
「試合が終わったら、事細かにダメ出ししてやる」
ちゃんと目を離さずに見届けてやるから。
「だから、安心して行ってこい」
「はい! 絶対に掴み取りますから!」
その言葉には様々な意味が、想いが、込められていることを俺は知っている。
だから、目を閉じて願う。
――彼女の勝利を。
◇ ◇ ◇
戦闘フィールドに敷き詰められた石畳の中央で、白雪たちはスキルセレクトを開始した。
練習の時と同じく、白雪は純白の鎧に身を包んでいる。対する牙城高校の生徒は簡易空間内と同じく制服姿のまま。
……そういえば、前々からの疑問を思い出した。ちょうどいい機会だし、聞いてみるか。
「ウィルは戦闘用にアバター設定しないのか? 今は峯ヶ崎の制服だよな」
ナルシストと厨二病を詰め込んだキャラクターをしている癖に、意外にも戦闘時の衣装は待機空間と同一設定なのである。
普段の言動的には眼帯とか包帯を装備していても違和感ないんだけど。
「ふっ、流石は王子。そこに気付くとは……やはり天才か」
「いや、誰でも気が付くと思うが……」
「謙遜する必要はないよ。その慧眼に敬意を表して、真実を語ろうじゃないか」
たっぷりと含みを持たせてはいるが、多分大した理由じゃない。いつものパターンだ。
「……簡潔に頼む」
「おっと、先手を打たれてしまったね。まあいいか。端的に述べるなら、僕の身分ゆえ……そう表現する他ないね」
「身分?」
「そう。ただの兵士が、王子や姫を差し置いて目立つのはお門違いも甚だしいだろう? 僕はただでさえ美しいのに、着飾ったとあれば正に異次元! つまり総合的な判断のもと、わざとみずほらしい格好をしているのさ」
「…………」
藪蛇だった。理解の範疇を超えているのか、届いていないのかの判断すら出来ない。返答に適した言語を、俺は持ち合わせていなかった。
ただ、俺が黙り込んでしまっても気にする様子はなく、ウィルは不遜に笑ったまま視線を戦闘フィールドへと向ける。
「おや……なるほど、そう来るんだね」
ひときわ口角を持ち上げて、愉快そうに呟く。その意図を探るべく、俺もウィルと同じ方向へと目を動かした。
両者ともに戦闘準備を終えているようで、いつの間にか開戦までのカウントが始まっていた。中央に浮かび上がる数字のさらに奥……牙城高校の男子が手にしているアルマを視認し、自然と言葉が出た。
「……両手剣か」
「僕の時はマイノリティ溢れるチョイスだったけれど、一転してマジョリティだね」
「ああ。けど同型対決ならむしろ好都合だろう」
「ふっ、美しい信頼関係だね」
「……事実を述べたまでだ」
希望的観測や贔屓目ではなく、白雪は剣系統との対戦を得意としている。攻撃の捌き方や一瞬の隙をつく判断力が、他の武器種と戦っている時と明らかに異なっていた。
もちろん、白雪自身が使い込んでいることも一因だろう。けれど、恐らくは彼女の経歴によるものだ。
本人の口から聞いたわけじゃないけれど、白雪が打ち込み、そして諦めることとなった競技に大方の予想はついているから。
その白雪はというと、既に不可視化している剣を悟られないよう、自然体で立ち尽くしている。
例えアルマが見えていなくても、構えから予想されてしまっては意味がない。動きが身体に沁み込んでいるせいか、戦闘になると剣を振るっているのがバレバレなので、せめて最初だけは不意を打てるようにした。
……上手くいってくれよ。そんなことを考えている内に、カウントダウンが一桁に突入する。
緊張感からか、相手の構えに余計な力が入る。対する白雪は適度に脱力した状態で。
状況は保たれたまま、数字のみがその形を変化させる。
――Battle Start――
対戦相手が肉薄しようと足に力を込めた瞬間、まるで呼吸をするかの如き気軽さで、白雪は不可視の剣を薙ぎ払った。
◇ ◇ ◇
時間にして一分程度。一方的な展開で、試合は決着を迎えた。
体力を八割近く残したまま勝利を収めた白雪は、観戦席にいる俺たちへ向かってVサインをしてみせる。こちらの声は届かないので、頷きで応える。
勝ち抜き戦で設定されているため、勝者はフィールドに残ったまま。対戦相手の男子だけが強制転移により姿を消していた。
――あと一勝。
望むべく状況であるはずなのに、言いようのない不安が心に広がる。白雪の戦法が上手く嵌ったとしても、今の試合は簡単すぎた。
まるで、負けることが予定調和と言わんばかりだ。俺の考えを裏付けるように、フィールドを挟んだ向こう側に陣取る牙城高校の生徒――秀一は変わらず笑顔を浮かべたまま。
けれど、わざと負ける理由が分からない。俺たちの事情を知っていて、手を抜いている? ……いや、峯ヶ崎学園としては部を認めたくないのだから、勝つように要請されているはずだ。
どれだけ頭を働かせても納得のいく解は見つからず、嫌な予感だけが膨らんでいく中、最後の一人である秀一が戦いの舞台へと降り立った。戦闘時も制服だった先の二人とは異なり、サイズが大きめの黒いマントを纏っている。
「流石は奏音ちゃん。彼は一年生の中でも有望株なんだけどね。こんなにあっさり負けるなんて思わなかったよ。随分と練習したみたいだね」
「……今のわたしには、FBしかないんです。だから、秀一くんにも絶対に勝ちます!」
「FBしかない……ね。うん、その言葉が聞けて嬉しいよ。それじゃ、正々堂々と戦おうか。……どんな結末になっても、恨みっこなしでね」
「はい! よろしくお願いします!」
簡単に言葉を交わしてから、二人はスキル選択を開始する。
戦法にバリエーションのない白雪はともかく、秀一も迷う素振りなく設定を完了した。さっきの試合中に白雪のスキルを見抜き、戦術を決めていたのか。だとしたら、一転して厳しい試合になりそうだな。
「さて、一方的に奏音ちゃんの戦闘スタイルを知っていたら不公平だからね。ちょっとだけヒントというか、宣言しておくよ」
「宣言……ですか……?」
「うん。これが何か分かるよね?」
ダボダボの袖から顔を出した右手には、手のひらサイズの黒い物体が握られていた。
「……爆弾ですか?」
「正解。この手榴弾は起動してから三秒後に爆発する。そして爆発した場所に関わらず、君はダメージを負うことになる」
「…………え?」
かろうじて発した声には、秀一の理解不能な言動に対する驚きがありありと込められていて。
それも当然だ。試合前にわざわざアルマをバラす意味は無いし、どこで爆発してもダメージを受けるなんて、明らかに手榴弾の効果ではない。下手をすれば、残り二つのスキルも推測されかねない情報を与えるとは……それほどに自身の戦法に自信を持っているのか?
「ああ、心配しないで良いよ。この能力は強すぎるし、きっと原理も理解できないだろうから、使用回数に制限を設けてあげる。そうだな……最大で六回までにしておこうか」
「……そんなハンデは要りません。ちゃんと勝たないと、意味がないんです」
「意味がない、か。格好いいね。でもね、僕としてもこうしないと意味がないんだ。あらかじめ戦法を教えられて、制限を付けられて、それでも君は敗北する。己の才能のなさに絶望して、二度と立ち上がれないくらいに傷ついてもらわないと不公平だからね。……親友を傷つけて、捨て置くような人間には」
あくまでも口調は淡々と。世間話をするかの如く。
それでいて正確無比に抉り、貫く。
「……あ、ああ……」
声は震えて。
目は見開かれて。
浅い呼吸を繰り返し、顔から血色が失われていく。
誰が見ても試合が出来る精神状態じゃない。
しかし無情にも、カウントダウンが止まることはなく。
「時間だね。始めよう」
秀一は歪んだ笑顔で告げる。
「――断罪を」
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