第21話 ~初戦~

 見慣れた闘技場型の戦闘空間。対戦フィールドを区切る外壁の上に用意された観戦席に俺たちは転移した。


 円形に囲まれた石畳の舞台を見下ろすと、中央にプレイヤーの影が二つ。自分でスキルセレクトをしている時は対戦相手を視認できないが、こうして観戦席にいる場合は両者のアバターを認識することが可能だ。


 ただ、彼らがどんなスキルを選択しているのかは確認できないし、こちらの声も場内には聞こえないよう設定されている。一方で、対戦者の声や戦闘音は観戦席へ鮮明に届けられる。


 競技性とエンターテイメント性を両立したシステム。プレイヤーは試合に集中できるし、ギャラリーは臨場感を最大限に味わうことが可能となっていた。


「ウィルくん、どのスキルで戦うんですかね?」


「あいつは引き出しが多いからな。正直、全く予想できない」


 一緒に練習をしていたのは数日だが、ウィルは常に異なるスキルを使用していた。アルマに関してはオールレンジの武器を使いこなし、シャルムも攻撃系、補助系問わず高練度。


 一点突破で他を圧倒する穹とは別ベクトルの天才である。さっき白雪に訊かれた時は明言を避けたが、正直なところウィルが負ける姿は想像できない。


 ひとまず同学年との試合は安心して見ていられる……そう考えていた。


 ――戦闘準備を終えたウィルが手にしているアルマを目撃するまでは。


「……おいおい。本気かよ」


「か、かっこいいです!」


 二人同時に、けれど正反対のリアクション。ただ単に外見だけの感想であれば、白雪の感想も頷ける。


 しかしそのアルマの評価を知る俺にとって、飛び込んできた光景は驚愕するに十分なもので。


「どうしたんですか? あの……洋弓でしたっけ。何か問題でもあるんです?」


「ある。一言で済ませるなら、産廃ってやつだ」


「参拝? お参りするんですか?」


「……はぁ」


「滅茶苦茶馬鹿にした溜息は止めて下さい! 今回に関しては、わたしはそこまで悪くない気がしますよ!?」


「不可抗力だ。……まあ、相手は準備中みたいだし、軽く説明しようか?」


「聞きたいです!」


 白雪は食い気味にそう言うと、分かりやすく背筋を伸ばして姿勢を正した。


「まず、アルマの分類として『両手武器』があるのは知ってるよな?」


「はい。わたしが使う両手剣も名前通り、両手武器ですよね」


「ああ。ただし、両手武器ってのは『両手で使用することで、威力や速度が向上する武器』がほとんどだ。つまり、片手でも使用可能なシステムになっている」


 両手使えるか、両手使えないか。ことFantasy Battleにおいて両者には天と地ほどの差が存在する。


「君も戦法を色々と試したら気が付くと思うが、両手必須のアルマにはかなりの制限が伴う」


「……制限、ですか?」


「特にシャルムだな。超能力として見栄えする要素だが、突拍子もない攻撃が出来る訳じゃない。発火能力パイロキネシスにしてみても、いきなり相手を燃やせたら理不尽極まりないからな。プレイヤーにとってイメージしやすい発生源が必要だ」


「そっか。確かに動画を見ると、大体の人が手から攻撃を出してますね」


「そういうこと。弓みたいな両手武器は、スキル選択の幅が極端に狭まる。アルマとしての性能が突出している訳でもないから、デメリットの方が大きい」


 戦闘前に選択する三つのスキル。その組み合わせが勝敗を大きく左右するのは、誰しもが理解している。


 洋弓はといえば、攻撃力は高いが連射速度は遅く、両手が塞がるため他スキルとの組み合わせも難しい。


 地雷武器――少なくとも、俺の知る限り使いこなせるプレイヤーは見たことが無かった。


「だとしたら、ウィルくんはどうして……?」


「さあな。ただ、流石に何の用意もなしに適当な選択をしたってことは無いだろ」


「ですよね! きっと凄く強い使い方を見つけたんですよね!」


「まあ、俺にはこれっぽっちも想像できないけど」


「ちょっと、どうして不安を煽るんですか!?」


 などと話している内に牙城高校の部員も設定を終えていたようで、両者の間に数字が浮かび、試合開始までのカウントダウンが始まっている。


 対戦相手のアルマを確認すると、両手に戦輪チャクラムを携えていた。こちらも使用者が多くない武器だ。奇しくもマイナースキル同士の対決といった様相を醸している。


 ウィルたちは互いに言葉を発しないまま、中央のカウントだけが刻一刻と変化している。試合前独特の緊張感に、俺と白雪も自然と口を噤んだ。


 ――数十秒後。


 カウントが消失し、『Battle Start』の文字が浮かび上がる。開戦の合図。


 その刹那、ウィルは流れるように一切の淀みなく矢をつがえ、一息に放つ。小細工なしに対戦相手へと突き進む攻撃は、アバターを横にずらすことで難なく回避された――が。


「……は?」

「……うそ」


 呆気にとられた声が重なる。それほどに理解しがたい光景だった。


 避けられた矢の先――何もない空間から穿たれた第二射が相手のアバターを貫いたのだ。いや、何もなかった筈の空間から、か。


「ふっ、致命傷は避けたみたいだね。流石はエリート……美しいよ」


「…………」


 余裕綽々に金髪をかき上げて語りかけるウィルに、無言で応える男子生徒。しかし彼の表情からも、俺たちと同じ動揺が見て取れた。何が起こったのか理解できない……そんな感情だろう。


「……今のって、瞬間移動テレポーションですか?」


 白雪が自信なさげに確認してくる。彼女がそう考えるのはもっともだ。なにせ、ウィルのアバターは俺たちが矢の軌道に集中していた一瞬のうちに、十数メートルもの距離を移動していたのだから。しかし――


「いや、あり得ない。瞬間移動でプレイヤーを対象にするのは、システム的に不可能のはずだ」


「だったら、ステータスの限界突破はどうです?」


 プレイヤーはスキルセレクトの後に体力、攻撃力、防御力、異能力、敏捷へステータスポイントを割り振ることで、アバターの基礎能力を決定する。各能力へ配分可能なポイントには上限が設定されているが、任意のスキル――アルマかシャルムを一つ放棄する毎に、さらなる上乗せが可能となる。


 つまり、ウィルが敏捷値を限界以上に設定していれば、見慣れない速度での移動も無理ではない……のだけれど。


「確かにスピードは相当になるけど、『消えた』と錯覚するほどじゃない。絶対にシャルムを使用している」


「むむむ〜」


 観戦席で仮説を立てている間にも、戦況は動き続けていた。


 ウィルは絶え間なく攻撃を続け、着実に相手の体力を削っている。けれども、相手も伊達に強豪校に所属しているわけじゃない。クリーンヒットにならないよう、軸をずらしてダメージを最小限に抑えていた。


 それどころか……


「ウィルくんも結構HP減ってますね。攻撃が避け辛そうです」


「相手が使ってる自動追尾オートエイムは攻撃を当てないと解除されないからな。小回りが利かない洋弓だと対応が難しいんだろう」


「相性が悪いってことですか?」


「……だな」


「そっか……偶然とはいえ、ついてないですね」


 果たして、本当にそうだろうか? 偶然と考えるには、相手のスキルがピンポイント過ぎる。戦輪と自動追尾なんて組み合わせ、通用しない場合がほとんどだぞ。


 それにチャクラムの使い方も妙だ。二つをウィルへと投擲せずに、片方は穿たれた『矢』を対象にしている。しかもその攻撃は無駄ではなく、瞬間移動したウィルへ確実にダメージを与えていた。


 一見無意味に想える攻撃。それが有効に働いていることで、ウィルの使用スキルも概ね予想が立った。


「あの、あんまり自信ないんですけど……ウィルくんって物質回帰を使ってるんじゃ――」


「奇遇だな。俺もそう思っていた」


 物質回帰マテリカレンス。白雪との初手合わせで、俺が最後に使用したシャルム。


「でも、物質回帰って『アルマを手元に戻すスキル』ですよね?」


「今まではそう解釈していたけど、システム的には違ったってことだろう」


 FBのスキル説明には必要最低限の記載しかされていない。システム上の限界はプレイヤーが模索し、見つけ出す必要がある。


 物質回帰のスキル説明は、『プレイヤーとアルマの位置関係を回帰する』という一文のみ。これを俺は『アルマを手元に呼び戻す』と理解し、実際に使用していた。


 けれど、使用者をアルマ側へ動かすことも、システムとして可能だったということ。


 やっぱり、ウィルの実力は桁が違う。だからこそ、ほぼ互角で進行している試合展開に違和感を覚えた。


 瞬時に移動し矢を放つ、見た目には派手だがひねりのない単調な攻撃。相手が対応しているにも関わらず、迷いなく同じ行動を続けるその姿に。


 しかしウィルは戦法を変えることなく、両者ともに最後のスキルを隠したまま、ほぼ同じペースで体力が減少していった。


 ――あと一撃。


 この期に及んでも、ウィルは焦ることなく、これまで通りに矢を穿つ。相手の男子は回避しながら、二つのチャクラムを別方向へと投擲。


 物質回帰での瞬間移動では、矢を追尾しているチャクラムに当たって全損してしまう。だが向かってくる戦輪を打ち落とせば、その際に生じた隙を狙われるのは火を見るよりも明らかだ。


 隠しているスキルで対応できることを祈るしかない。俺のそんな希望は、しかしあっさりと裏切られた。


「――ミラージュ」


 スキル名を口にした途端、ウィルのアバターが発光する。そして目にも止まらぬ速さで攻撃が繰り出された。


 威力を犠牲に、最大限まで速度を高めたアクティブスキル。それでも相手の体力を削り切るには十分なはずだ。しかし代償として、スキル後硬直中のウィルはチャクラムを回避できなくなった。


 正真正銘の勝負手。どちらの攻撃が先に相手へ辿り着くか。


 ――その決着は時間にして秒にも満たない間に訪れた。

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