第6話 ~不変の結末~

 一気に接近を試みる俺に対して、白雪は水平に不可視の剣を薙ぎ払う。横方向の攻撃一辺倒なのは、一番回避が困難であることを彼女も理解しているから。


 縦方向や突きのような点の攻撃は、僅かな移動で避けられる。当然、視認できないために難易度は高いが、大きく体勢を崩されることはない。


 対して屈むか跳躍を要求される横薙ぎは回避した時のリスクが大きく、次撃への対処がどうしても遅れる。しかし防御をしてもジリ貧。故に白雪の刃がアバターを切り裂くより早く、長槍を突き出した。


 ――地面へと。


 石畳の隙間に差し込んだ槍を利用して、棒高跳びの要領で空高くへと跳躍する。


 この回避方法は予想していなかったようで、白雪は地上で目を見開きながら俺に向かって、上空へと斬撃を繰り出そうとしている。その動きは今までの淀みない剣戟とは違って、明らかにぎこちないもので。


 つまりは隙。


 一瞬ではあるが、FBプレイヤーにとっては大きな隙を見逃すべくもなく、上体を反らしつつ攻撃の初動へ移っている女騎士へ向かって反撃を成す。さっきまでの斬撃放出コプトリリースではなく、槍そのものを投げつけた。


 筋力値に加えて重力により勢いを得た一撃は、俺を切り裂くより早く白雪へと達する。地を砕き、小さなクレーターを作りながら、さながら墓標の如く槍は地に突き立つ。攻撃対象たる白雪は身体を捻ることで大ダメージは避けたようだが、勢いのままに床を転がっていた。


 俺は着地するや否や、アルマを引き抜いてすかさず距離を詰める。白雪は立ち上がるのが精一杯で、射程圏内から放たれる刺突に対応できず防戦一方となった。


「うにゃ!?」


 苦し気な声を出しながらも、散弾銃の如き斬弾を捌き続ける。けれどもじわじわとHPゲージは減少し続け、刻一刻と彼女は敗北へと近づく。


 Fantasy Battleはステータスの振り方にもよるが、基本的には攻め有利。特に白雪は攻撃力と異能力にポイントを割いている筈だから、槍の様に一発一発が軽いアルマでも体力の減りが激しい。


 直撃はせずとも、着実に削られた白雪のHPは残り一割を下回る。一方で俺の体力は未だに半分をキープしていた。


 守勢から攻勢へと切り返すためには、タイミングを見極める経験と度胸が求められる。気概はともかく、白雪には経験値が圧倒的に不足していた。絶え間ない刺突に成す術なく、回避に徹しているのがその証拠だ。


 ここまでか。そう思った時、白雪と視線が交錯した。圧倒的不利な状況でありながらも諦めや絶望を微塵も感じさせない、純然たる闘志のみを燃やした瞳が、彼女の心中をこれでもかと伝えてくる。


 ――絶対に負けるものかと。


 その熱意が、決意が、気迫が、俺の記憶を抉り穿つ。


「これで――」


 僅かに速度が落ちた刺突を左脇と手で捉え、


「どうですかッ!」


 片手で振るわれた斬撃は、完璧に俺の身体を切り裂いた。襲い来る衝撃により、槍を残してアバターが宙を舞う。たった一撃で二割も持っていかれた。単純計算で、あと二発もらうとゲームセットだ。


 アルマを手放してしまった現状では敵の攻撃を防ぎようがない。規模可変サイズチェンジでの遠距離攻撃により簡単に片が付く――はずの場面でありながら、白雪は槍を投げ捨てて突進してきた。より確実に、一撃でとどめを刺すために。


「――エクスブレイク!」


 両手剣の攻撃範囲まで接近し、技名を叫んだ白雪のアバターが赤い光に包まれる。

 エクスブレイク――両手剣で最大の火力を誇るアクティブスキル。各アルマにつき一つだけ設定できる必殺技を行使したことで、白雪はプログラム通りに大きくテクバックを取る。


 自律行動権を剥奪された状態は無防備になるが、彼女は今こそが決定機だと判断した。遠距離からの二撃よりも、近距離からの一撃が最適解だと導き出した。


 勝利を確信し、自信に満ち溢れた表情の白雪に、かつての自分が重なる。こんな時には、試合後に決まって同じ説教を食らわされた。


『相変わらず判断が甘いのよ』


 ……お前の言う通りだよ、羽美。決定的な決定機って奴は思考を鈍らせ、選択肢を奪い去り、敗北へといざなう。


物質回帰マテリカレンス!」


 最後の能力を発動した瞬間、置き去りにされた長槍が手中へと飛び込んできた。

 物質回帰マテリカレンスは物質を登録した場所へ瞬時に移動させることができるシャルム。まさか最終局面で役立つとは。


 ダメージによるアバターの動作障害があろうとも、今の白雪を突き刺すのは誰にだって出来る。


 ただまっすぐに右手を突き出すだけ。それだけで彼女のHPは全損し、俺の勝利が確定する。


 ――だというのに。


『わたし、FBはもうやめるから』


 泣きそうな声で告げられた言葉が。


『同情なんていらない! あんたが逃げる理由に、わたしを使わないでよ!』


 泣きながら告げられた悲痛な叫びが。


『……ごめんね』


 悲しそうに笑う表情が。

 フラッシュバックするあらゆる光景が、その全てが、等しく俺に問い掛ける。

 三年前と変わることなく。


 ――またお前は奪うのか、と。


 ああ、やっぱり。

 プレイヤーとしての時間は流れることなく止まったままで。

 俺の心は凍り付いたままで。

 何一つ許されないままで。


 欠陥は時間によって修復されることなく。


 分かり切っていた結末を、決着を、俺は受け入れることしかできなかった。

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