第5話 ~戦闘開始~
カウントダウンの数字が消失し、代わりに浮かび上がった『Battle Start』の表示を切り裂くかのごとく振り下ろされた両手。
清水の如く一切の淀みがない、洗練された動作は喚き散らかすことを特技としている白雪のイメージとはかけ離れていた。美しさすら覚える動きに、しかし見惚れている場合ではない。
――何かある。
視覚ではなく、感覚的に察知する。相手との間隔は約十メートル。近接系のアルマでは攻撃が届く距離ではない。おそらくは何かしらのスキルを使用しているはずだ。
だとすれば、黙って攻撃を受けるわけにはいかない。右足に力を込めて、左側へと飛び退いた――直後。
衝撃音と共に俺がいた場所が、凄まじく抉られた。石畳はめくれ上がり、割れた破片が四方八方へと飛び散る。横目で白雪を一瞥すると、腰をひねって再び手を振り払おうとしていた。無論、俺に向かって。
回避行動は間に合わないと判断して、長槍を縦にして正面に構える。すると甲高い金属音と衝撃が襲いかかり、なす術なく後方へと吹っ飛ばされた。
空中では勢いを殺すこともできず、外周の壁面に容赦なく叩きつけられる。現実であれば瀕死であろう衝撃。システム上、痛覚は遮断されているが、ダメージに応じてアバターの動きは鈍くなる。
身体の自由がきかないまま、片膝をついた状態で状況を確認しようと顔を上げると、すでに白雪が接近してきていた。
「ハァッ!」
脇に抱え込むように引き込んでいた手を、鋭い声を発しながら勢いよく突き出す。
アバターの動作が制限されている状態では、立ち上がっての回避は不可能。槍を地面に突き立てて、無理矢理に身体の位置をずらす。
しかし右肩に表現し難い違和感が襲ったかと思うと、自身のHPゲージがグンと目減りしてしまった。リアルでは体感することのない感覚に、それが身体を巡った意味に、思わず顔をしかめる。
白雪は壁に突き刺さった『何か』を引き抜いて手を振り払う。壁面にはひし形を縦に引き伸ばしたような細い傷跡が刻まれていた。
「凄いですね! ここまで回避されたのは初めてです! 驚きました!」
台詞の割には心底楽しそうに、皮肉ではなく純粋な称賛として白雪は感情を述べる。
「驚いたのは俺も同じだ。君の動きはFBを始めて一ヶ月とはとても思えない」
「にっしっし。下地がありますからね!」
まあ、そうだろうな。
違和感なく納得できるほどに、彼女の剣戟は洗練されていた。
「さ、どうするんですか。このままじゃ、一方的な展開で勝負がついちゃいますよ?」
「心配には及ばない。ネタが割れれば、それなりに対策が打てる」
「えっ!? もしかして、もうわたしのスキルがバレちゃったんですか!?」
「別に不思議じゃないだろう。そもそも、君は動きからして隠す気が無さすぎる」
あれだけ露骨に剣を振るう格好をしておいて、よくもまあ。
「アルマは両手剣、シャルムは
「……せ、正解です。数撃でそこまでわかっちゃうんですか」
「慣れの問題だ。すぐに君でも出来るようになる」
様々なアルマとシャルムを試し、特徴を覚えれば難しいことではない。単に経験値の差だ。
それでも白雪は納得がいかないようで、むむむと唸りながら俺を睨んでいる。
……まあ、今後の為にも説明してやるべきか。
「まずはアルマ。君の動きが明らかに剣を扱っていたのに加えて、槍で防いだ時の音で確信した」
「音……ですか?」
「ああ。あの強烈な金属音は、アルマとの接触を疑うのが自然だ。シャルムでの攻撃とは明らかに異なる。極めつけは壁に残った傷跡。槌や鎌では突き刺さったりしないからな」
「ほへぇ~」
口をポカンと大きく開き、アホ面をさらしたまま俺の説明を聞く白雪。……聞いてるよな? 耳から耳へ抜けてそうなんだが。
「あとは芋づる式だ。剣が視認できないのは
推論の全貌を聞き終えた白雪は「すごいすごい!」と感心しているが、本当に凄いのは彼女の方だ。二種類のシャルムを同時に、しかも高レベルで使用するのは並大抵のことではない。
現実的なアルマでの物理攻撃とは違い、シャルムはFB――仮想空間特有のスキルである。実現可能な現象はプレイヤーの想像力に依存しているとされていて、戦闘しながらのシャルム発動には想像以上の集中力が求められる。
それこそ血の滲むような努力か、他者を嘲笑うかのような才能が無ければ、到底不可能な芸当。プレイヤーとしての期間を鑑みるに、白雪は後者――選ばれた側の人間なのだろう。
――才能。
脳裏をよぎるのは、かつて共に研鑽を積んだ茶髪の少年。ついぞや、勝ち越すことが叶わなかった元親友。
遠くない将来、白雪もあいつと同じステージに到達するだろう。
その時、彼女の隣には誰かが残っているのだろうか。
圧倒的な才能に屈することなく、FBを心から楽しめる誰かが。
いや、そんなことを考えている場合ではない。少なくとも、今は。
「こんなに早くスキルがばれてしまうとは思っていませんでしたが、果たして見えない攻撃を正確に避け続けられますかね!」
「想像以上だったことは認める。けどな――」
講釈を垂れている内に動きの戻ったアバターで立ち上がり、長槍を構える。それに応じて、白雪も不可視化した両手剣を正面に携え、迎撃の構えを見せた。
「想定外には至らない」
一閃。
人間では実現不可能な速度で鋭く放った超速の刺突は、それでも身体能力にバフがかけられたこの世界では回避出来ないほどではなく、白雪は見切ったとばかりに後方へ跳んで避けた――と思ったはずだ。
「……どうして?」
割合としては五パーセント強のダメージ。しかしクリーンヒットした感覚がアバターを通して伝わったのだろう。露骨に表情を曇らせる。
「君のスキルコントロールに感心したのは嘘じゃないけれど、驚嘆したのはむしろ戦闘スタイルの方だ」
「――ッ!」
休む間を与えないよう、絶え間なく突きの嵐を繰り出す。射程外から、構うことなく。
後方への回避に失敗した経験から、刺突に対して横方向へ疾走し回避を試みる。それでも彼女のHPゲージは徐々に減少を続け、早くも五割を下回ろうとしたタイミングになってようやく、両手剣で横薙ぎを放ってきた。
多少のダメージは覚悟の上で、再度槍を盾にして剣戟を遮る。ステータス振りで攻撃力をマックスにしているだろう一撃はやはり強烈で、踏ん張っていても数メートルは弾き飛ばされてしまった。
防御なんて関係ないと言わんばかりに体力が削られる。開幕のクリーンヒットもあり、俺のHPもちょうど半分しか残っていなかった。
「どうした。アルマが隠しきれていないぞ」
俺の指差した先には、うっすらと形状を露にした両手剣。指摘を受けて集中し直したのか、すぐに視認できなくなったものの、余裕が無かった証拠に他ならない。
「……不知火くんが驚愕したのって……まさか」
「ああ。
選択したスキルは異なれど、戦闘スタイルは合致していたのだ。アルマを主体とし、視覚で回避し難い戦闘方法。最も、俺にはシャルムを二種類同時に使用するなんて芸当が出来る訳がなく。
「
「その通りだが、使ったことないのか? 不可視攻撃なら真っ先に試すスキルだろうに」
「いや~、お恥ずかしながら今の組み合わせ以外、試したことがなくて」
「今更だな。君が恥ずかしい奴なのはちゃんと理解している」
「それ意味違いますよね?」
兎も角、これでお互いのスキルはほとんど判明した。俺が選んだ残りの能力は補助的な役割なので、使用せずに勝敗が決してもおかしくない。
無論、対戦相手の白雪は知る由もなく、未判明のスキルを警戒しながら戦う必要がある。こういった心理戦の要素もあるからこそ、単純な戦闘スキルで優劣はつけられないのだ。
視界の隅に意識を集めて、残りの試合時間を確認する。決闘モードのレギュレーションでは、制限時間は五分。表示はジャスト二分を示していた。時間的にも、体力的にも、次の攻防がラストになるだろう。
三度、俺達はアルマを構えて対峙した。どちらかが微動すれば、その瞬間にクライマックスの火蓋が切って落とされる。
さあ、ここからが本番だ。
今日の目的を果たすために。
三年前と比べて、俺の『欠陥』が変化したのかどうか。
確信めいた諦めに、ほんの一欠片の希望を込めて、俺は地面を蹴りつけた。
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