Fantasy Battle〜奏でるは始まりの音〜

華咲薫

プロローグ ~記憶の欠片~

「――フィルクス!」


 埒のあかない鍔迫り合いから状況を転ずるべく、大技で勝負に出る。


 片手剣の五連撃スキル――フィルクス。


 技名を引き金トリガーにして、身体の制御がゲームシステムに委ねられた。スキル発動中は自律行動権が剥奪され、使用後には硬直が発生する一方で速度や威力は数段跳ね上がる。


 正に必殺技と呼ぶにふさわしい攻撃――だというのに対戦相手の少年は、男にしては長めの茶髪をなびかせながら、超速の剣戟を致命傷にならないよう捌き続ける。顔色一つ変えないままに。


 流石に自律行動の限界を超えた速度を完全に回避することは不可能であり、一閃毎に相手のHPゲージは減少している。けれど足りない。


 何か対策を打とうにも、スキルを発動した以上技が完了し、さらに硬直を終えるまでは成す術がなかった。


 そして五撃目を繰り出した後、動きが完全に停止する。初心者ならいざ知らず、数百戦と試合をこなした敵がこの隙を逃すはずもなく、少年は白銀の剣で躊躇いなく俺を切り裂いた。


 振りぬかれた剣は俺のアバターには傷跡一つ残さず、しかし残りの体力を完全に削り切る。そのままHPゲージは消失し、代わりに『You Lose』の文字が浮かび上がった。


 俺はその文字から、そして勝者から目を逸らすように、足元に広がる芝生へ仰向けに倒れこんで空を見上げる。


 雲一つない澄み切った青空……だったが、気持ちの整理をつけるより早く頭上から不愉快なにやけ面で覗き込んでくる性悪女。


 彼女――羽美うみは心底楽しそうに口を開く。


「また負けたわね、はやて。連敗記録更新オメデト」


「……うっせーよ」


「相変わらず判断が甘いのよ。あんなタイミングでスキル使っても攻め切れないって、そろそろ学習しなさいよね」


「今回は惜しかっただろうが! いつもいつもグチグチと――」


「うわっ、そんなこと言っちゃう!? わたしは颯が成長できるようアドバイスしてあげてるだけなのに」


「その上から目線がムカつくんだよ! 羽美だってそらには負け越してるくせによ!」


「はぁー!? だったら穹に一回でも勝ってみなさいよ! ま、颯には一生かかっても無理でしょうけど!」


「二人まとめてすぐに追い抜いてやるよ! 特に色気づいてアバター弄ってるお前なんかに負けてられねぇ!」


 気にしていたのか、一気に顔を赤くする羽美。昨日までは現実と同じ黒髪だったくせに今日は銀色に変更していて、しかもウェーブがかかってたりもする。あからさますぎるんだよ。


「な――ッ! い、色気づいてなんかないもん! 現実では銀髪なんて出来ないし、ちょっと試してみただけなんだから!」


「それが色気づいてるって言ってんだよ、バーカ!」


「うるさい、雑魚!」


「はいはい、二人ともその辺にしておきなよ。ほんと、仲がいいんだから」


「「仲良くない!!」」


 図らずに重なってしまった台詞に、俺と羽美はますます睨み合う。その様子に、さっきまでの対戦相手だった穹は「毎日見せつけられる身にもなって欲しいな」などと意味不明な戯言をほざいていたが、羽美が突っかかってくるからこうなるのだ。断じて俺は悪くない!


「穹からもこの性悪女に言ってやってくれよ。お前が変えるべきなのは外見じゃなくて内面だってさ」


「あ、ずるい! 一人じゃ弱っちいからって穹を巻き込むんじゃないわよ!」


「弱くねぇ! 今すぐに証明してやろうか!」


「望むところよ! 穹、悪いけど順番変更ね! こいつに身の程を叩き込んでやるんだから!」


「上等だ! かかってこい、羽美!」


 俺はすぐさまシステムメニューを開いて羽美へ対戦を申し込む。申請は直ちに承認され、俺達はスキルセレクトへと移行した。


「……君たちに冷静さが備われば、僕との戦績も五分になるんだろうけどね」


 ◇ ◇ ◇


「……三勝三敗か」


 連続六回戦を終えた俺と羽美は疲労から芝の上に倒れていた。ゲームなんだから体力まで再現しなくてもいいと思うのだけれど、長時間プレイを緩和させる対策らしい。余計な機能だよなぁ。


「……颯に引き分けとか屈辱だわ」


「ハッ! なんならもう一戦して白黒ハッキリさせてもいいんだぞ? お前にその覚悟があれば、だけどな」


「バテバテでぶっ倒れながらよく言えるわね。その虚勢だけは尊敬するわ」


「なんだと!?」


「なによ!?」


「ダメだよ、二人とも。そろそろログアウトしないと、約束の時間になっちゃうよ?」


 穹に言われて現在時刻を確認すると、視界の端に『午後五時五十分』と表示された。確かにもう対戦をしている時間はないな。


「あーあ、早く大人になりたいな。そうすりゃ時間なんて気にせずに、ずっと練習できるのに」


「……悪かったわね。わたしのせいで時間制限があって」


 さっきまでとは違い拗ねながらも、羽美は僅かに申し訳なさを滲ませたトーンになる。


 しまった。普段は強気なくせに、このことに関してはデリケートなんだった。穹から「はやくフォローしなよ」と言わんばかりで視線が向けられている気がする。


 しょうがねーな、まったく。


「……親との約束なんだから仕方ねーよ。それにあと数年の辛抱だろ? 高校生になったら部活動って名目が出来るし、一日中潜ってても文句言われなくなるさ」


「……学校があるから一日中は無理でしょ。これだから馬鹿は」


「馬鹿はお前だよ。全国大会で優勝目指すんだぜ? 授業なんかさぼって練習する気概が無くてどうするよ!」


「さぼりがバレたら、それこそ取り上げられるわよ!」


 気が付くと俺たちは身体を起こし、またもや睨み合う。様式美とばかりに。


 けれど形だけの状況に長く耐えられるわけもなく。


「……ふふっ」

「……はっ」


 どちらともなく噴き出してしまった。


 羽美や穹とは物心ついたころから一緒にいるし、相手の考えていることは大体想像がつく。それは、きっとお互い様だろう。


 だから俺がフォローしたことを羽美は察しただろうし、彼女からの大丈夫というメッセージをしっかり受け取った。それなのに表面上はいがみ合うなんて、笑わずにはいられない。


「ま、一日中ってのは冗談にしてもさ……」


「ほんとに? 颯ならやりかねないと思うんだけど」


「僕もそう思うよ」


「うるせぇ! ちょっといいこと言おうとしてんだから、黙って聞けよ!」


 二人でくすくすと笑いやがって!

 

「俺達三人で全国制覇しような。絶対に」


「僕達が高校生になるころには、団体戦の人数が三人一組から変わってたりして」


「それにわたしと穹はともかく、颯はメンバーに入れないんじゃない?」


「お前らは空気を読むって言葉を知らねえのか!?」


 素直に肯定する場面だっただろうが!


「ごめんごめん……うん、そうだね。僕達なら出来るよ。むしろ、負ける方が難しい」


 穹は相変わらず余裕綽々の表情で自信満々に。


「ま、付き合ってあげるわよ。あんた達についていける人なんて、わたし以外にいないでしょうしね」


 羽美は表面上は渋々と、それでいて力強く。


「ああ、見せつけてやろうぜ。俺達三人の力を!」


 そして俺は必ず迎えるであろう光景を思い描いて剣を掲げた。羽美と穹も同様に腕を上げ、夕日で赤く染まった空間で三本の剣が交差する。

 

 ――今となっては遠い記憶。失われてしまった約束。


 それでも、この時は信じて疑わなかった。これまでと同じこれからが、ずっと続くって信じていたんだ。

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