第36話

外は冷えていた。朝も寒かったけど夜はもっと寒いな。


 隣を見ると北風も寒そうにしていた。よく考えたら俺より薄着だな。それは寒いだろう。


「これ、着たら?」


 俺はさっきつけたばかりのマフラーを脱いで北風にあげる。


「いいよ!荒木くんだって寒いでしょ?」


「北風程じゃないと思うけど?それに今から北風の家に行くのに北風が冷えて風邪でもひいたら俺も困る。雪乃ちゃんやお母さんにも迷惑がかかるだろ?」


「…じゃあ、借りていい?」


「どうぞ。」


 俺は北風にマフラーを渡す。結構マフラーひとつで体温は変わってくると思う。


 さて、さっさと行こうか。


「ねぇ、荒木くん。」


「何だ?」


「手、繋ぎたい。」


 今それを言うか。ちょっとドキッとしたわ。


「…いや、俺今両手塞がってるんだけど。」


「…私の分は持つからさ。」


「別にいいけど。どうした急に?」


「え…?ほ、ほらやっぱりまだ寒いし…。それにちょっとナンパとか怖いからさ!」


「まぁ、いいけど…。」


 俺は北風の分の荷物を渡して空いた左手で北風の右手を繋ぐ。すると北風はスルスルと指を動かしてくる。


 俺は迷いながらも指の間隔を緩めてそれに応えるように手を繋ぎ直す。恋人繋ぎの完成だ。まぁ、色々あったんだしこれぐらいいいかなって思ってしまった。悪いことじゃないし。


 今日だけの設定とは言え付き合ってるんだし。


 北風の方をチラって見ると俺のマフラーをしながらも耳が赤くなっているのが分かる。北風の方を見ているとバチっと北風と目が合った。俺はすぐに顔を逸らして北風から目を離す。


「荒木くんってあんまり笑わないよねー。」


 急にそんなこと言う?確かに微妙な空気だったけどさ。


「確かにそうかもな。あんまり関わる人いないから笑うこともないんだろうな。というか最近笑った記憶ないわ。」


 ……多分両親が死んでから笑うことが激減したと思う。1番関わりのある人が亡くなったからな。結構ショックだったし。


「えっ、そう?たまに笑ってるよ。私と話してる時とか。」


「マジで?覚えてないわ。多分無意識なんだと思う。」


 いや、よく考えたら今日とか笑った気がする。


「へ〜。無意識に笑顔が出るぐらい私との会話に夢中なんだ♪」


「っ!?いや、そういう事じゃなくてだな!無意識に面白いと思ってたっていうか、陽以外との会話って俺ほとんどないから緊張から笑ってたって言うか!」


 何を言ってるかわからなくなってきたけど、勢いでいけ!


「ふふっ♪荒木くんは川野くんと話して笑ってることあるんじゃない?」


「いや、それはないと思うぞ。」


 陽と話してて笑うことが無いわけじゃないけど、北風が言う無意識に笑うことはないと思う。北風が言ってるのはほほえむとかそういう類だろ?そういう時なら陽はなにか言ってくるかあいつも笑ってくるから。ほら、食堂の時みたいに。


 「ふ〜ん♪そうなんだ〜♪それなら、荒木くんは私といる時だけ笑ってくれるんだ♪」


「あっ!いや、ちょっと待て!俺の言葉が足りなかった!というか北風の聞き方も言葉足らずじゃない!?」


「ねぇ荒木くん」


 なんか急に真面目っぽい声になったな。


「…なんだ?」


「私以外の人といる時にさ、楽しくて無意識に笑っちゃうの私、やぁ、だよ?」


 めっちゃ可愛いんだけど。何その言い方。


 っていうか無意識に微笑むのを辞めるのは無理だろ。しかも北風の前だからってそんなことしたことないと思うんだけどなぁ。


「約束はしないけど…。まぁ、努力はしてみる…。」


 どうやって努力をするのかもしらないけど。努力したら北風の前でもしないと思うけどな。


「私がちょっと嫌な気持ちになるだけだから気にしないでいいよ!」


「なんでそれでお前が嫌な気持ちになるんだよ。」


「えっ?あ、あ…!!ほら!何か私だけ知ってるってかんじがさ!!」


 まぁ、よく分からんけど。これ以上この話は良くない。というか俺の話はなんかむず痒い。


「そういやごめんな。」


「えっ?何が?」


「ほら、ミク?だっけ?そいつとの仲さらに悪くしちゃっただろ?」


 多分あれは修復不可能レベルまで行っちゃった気がする。謝ろうと思って忘れていた。


「あぁ〜……。別に大丈夫だよ。いずれこういうことになるのは分かってたから……。」


 北風の顔は少し寂しそうで、北風の手の力が強くなる。


「いや、それはわからないだろ。あの時いたのが俺じゃなくて、もっと別の人だったらな。」


 俺じゃなかったら…。もし、あそこに立ち会っていたのが俺じゃなかったら多分もっと上手くやれてたと思う。多分さらに仲を悪くさせることはなかったと思う。


「う、ううん!私は荒木くんがあそこにいてくれて本当に良かったと思っているよ!そのおかげで私は救われたんだし!」


「いや、そうかもしれないけど、結局ミクって子は北風のこと更に嫌いになっちゃっただろ?仲良くしたいって思ってももう出来ないレベルにまでやっちゃったし。」


 北風の後悔をひとつ作ってしまった気がする。いつか遊びたいって思ってもあの様子じゃ無理だろう。


 俺のやり方はどうしてもこうなる。上手くやり過ごすか、誰かを傷つけるか。金髪ゴリラの時もそうだ。上手くやれば金髪ゴリラの怒りも沈めて北風とちゃんと話して上手く別れさせることだってできたかもしれない。そうすればもう少しスッキリした終わり方になっていたのに。


「そういう荒木くんこそ、大丈夫なの?」


「は?」


 どうしてそこで俺の心配が出てくるんだよ。


「えっ?だって誰かを傷つけるってことは多分自分も傷つけることにならない?荒木くんとか優しい性格の人は特に。」


「それはないと思うぞ。俺は元々悪役向きだからな。」


「そう…?ならいいんだけど…。あっ!それで思い出した!あの時のことで言いたいこといっぱいあるんだけど!!」


 やっべ。そういやなんか変態じみたこと言った気がする。北風の習慣知ってるとか。


「待て!先に弁明させてくれ!あれは雪乃ちゃんからの情報でな!!定期的に送られてくるんだよ!なんなら携帯見せていいぜ!」


「ゆ、雪乃からの…!ほ、他に何か送られてるの?」


「い、いやー…何も…。」


「あっ!絶対何かあるんでしょ!!」

  

 本当に知らない!!北風が意外と少女漫画結構持ってるとか、家事がすごく出来るとかほんとうにその程度しか知らない!なんかお姉ちゃんの褒め言葉ばっかり送られてくるんだよ!


「ほ、ほら!言いたいこといっぱいあるんだろ!?次行こうぜ!」


「まぁ、いいや。雪乃から聞くよ。…ミクが言ってたことは本当にしてないからね!?本当に!!」


「あんなヒステリック女の言葉なんて最初から信じていないから大丈夫だ。それを噂に流す気も俺にはない。そんなことして俺にメリットもないからな。」


 あんな怖いヒステリック女の言葉はさすがに信じることは出来ない。それにヒステリック女は実際に確かめたわけじゃないんだろう。つまり噂。所詮噂は噂でしかない。興味を引く話題ならなんでもありだ。だからほとんど嘘だろう。


「そ、そっか。本当にありがとね。また助けて貰って。」


「今回は俺が助けてもらった礼だ。本当に気にするな。」


「うん。」


謝りたいのは俺の方だ。


もう少しで北風の家だな。


お母さんがいるんだよな…。やべぇどうしよう。俺殺されないかな?

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