第6話

緊張するな。学校内でも一、二を争う美少女に料理を教えてもらうんだ。これを学校が知ったら明日は大変だろうな。エプロンつけているのも様になっている。


「それじゃあ、北風よろしく頼む。」


「うん、任せて。」


気合い十分!料理を学ぶぞ!っと意気込んでいたら、


「あの、荒木先輩、お姉ちゃんを「北風」と苗字で呼ぶのはやめてください。私も「北風」なので、反応しちゃいます。」


「それじゃあ、なんて呼べばいいんだ?」


「?何言ってるんですか?お姉ちゃんの名前を呼べばいいじゃないですか?「真美」って。」


「「な!!?」」


これには北風も反応していた。まぁ、突然の提案だからな。


「私には「雪乃ちゃん」と言えていた訳ですし、大丈夫でしょ。」


そんな簡単に言わないでいただきたい!同級生の女の子を名前で呼ぶなんて、陰キャの俺にとってはエベレストに登る並に難しいんだよ!


俺が悩んでいると、北風が急に俺の裾を引っ張ってきた。


「…呼んで…くれないの?やっぱり私の事……嫌い……?」


グフッ!それはせこい!ちょっと泣きそうになっているのか、目がうるうるしている。そんなこと言われたら、言われたらぁ!!俺は嘘をつくのが好きじゃない。だから、嫌いでは無いことは確かだが、ここで名前を呼ばなければ、嘘をつくことになる。


俺は覚悟を決めて北風の方を向く。






「…ま……ま……ま…み……」






「……はい………。」




無理。限界。まじでやばい。今の北風の顔とその返事はヤバイ。しかも俺はノーガード…。今の顔忘れることができないだろうな。俺は顔を天井に向けて右手で目を覆った。今の北風の顔を見たいけど、それ以上に今の顔は絶対に見られたくない。


陽キャどもは名前呼びという通過儀礼をみんなしているのか…。レベル高すぎだろ。俺は一生陽キャになれそうにないな。これから陽キャを陰からバカにすることはやめよう。陽もこれからはもう少し、尊敬するようにしよう。


「……何やってるんですか…。」


そんな雪乃ちゃんの独り言だけが部屋の中に響いた。


そもそも雪乃ちゃんが原因なんですけどね!?


あれから少し時間をかけて、顔を冷やして料理を教えてもらうことになった。が…


「…大きさバラバラだね。」


「誠に申し訳ございません。」


俺はサラダの具材を包丁で切っていたのだが、大きさが全てバラバラだった。でも、手を切らなかっただけ成長したと思いたい!


昔、姉ちゃんに肉じゃがを作った時は何回も切ったからな。…あの時も大きさがバラバラで味もイマイチだったけど…。


「まぁ、人にはそれぞれ得意不得意あるから!」


…俺の得意なことってあるのかな?ちょっと心配になってきた。


「…どうしたらいいでしょうか…?」


「うーん。まず形から入ってみたら?ほら、文化祭の時も、私を助けるために仮面かぶってたでしょ?だからどうかな?」


一理あるな。形からはいる人って意外と多いって聞くし…。それにモチベーションも上がると思う。でも文化祭での仮面はただ身元がバレたくないってだけなんだけど。まぁ、確かに若干テンションは上がってたような…。


「北風の言う通りかもしれないな。でも、形から入るってどうすればいいんだ?」


「…」


「北風?」


何故かそっぽを向いて何も言ってくれない。なんか地雷でも踏んだか?


俺が頭をひねっていると、


「…呼び方……それじゃない……。」


そんな可愛い言い方で!そんなセリフを!やばい今のもノーガードだった。不意打ちが多すぎる!分かっていたら、心の中を無にできたのに!


「北風、それ本気で言ってる?」


ぷいっという効果音がつきそうなくらい俺から顔を背けてしまった。つまり、そういうことだろう。


俺はまたも覚悟を決める。






「……ま……み……」




「……はい。」



2回目でも慣れない。ヤバいな。破壊力が半端ない。俺がさっきと同じく顔を隠していると、


「えっ、えっと、髪を整えて、エプロンつけてみたらどうかな?エプロンは私のを貸してあげるし。」


「……ワックスつけてきます。」


俺は1度キッチンから出て自分のバッグからワックスを取った。今はこれ以上北風の顔を見ることができないから、ちょうど良かった。


普段は学校に持ってきていない。今日は噂のことと、北風の心配もあって一応持ってきていた。それがまさか、こんな形で役に立つとは…。誰が予想出来ただろうか?


「雪乃ちゃん…洗面所借りていい?」


「どうぞ。そこのドアを出て右です。」


「ありがとう。」


「荒木先輩、顔赤いですよ?」


「さぁ?どうしてだろうね?」


雪乃ちゃんにそう言ってから洗面所に向かった。今のからかわれてるのかな?


心を落ち着けるために深呼吸してから、髪を整える。姉ちゃんほどには上手く出来ないけど、一応自分でセットはできるようにはしている。


はぁ。前にこの髪型を北風の前ですることは無いと思ったのにな…。


髪をセットしたら戦場であるリビングに戻った。


「ごめん、おまたせ…。」


すると、雪乃ちゃんが驚いたような顔で俺を見てきた。


「あ…あの…荒木先輩ですよね?」


「そうだけど?」


俺が髪を整えると、みんな俺が分からないようだな。俺の陰キャフォームには、認識阻害なんて言う効果があるのでは?と本気で疑いそうになる。


「人はここまで変われるものなんですね…。感動しました。」


なんだろう…?素直に褒めらてる感じが全然しない。本人からしたら褒めてるつもりなのかもしれないけど…。人がワックスつけただけのビフォーアフターで感動するなんてあるのかな?


「そんなことより、続きだ。エプロン貸して貰えないか…?」


1つコツを掴んだ。できるだけ「北風」と呼ばないようにしよう。これ以上は本当に命に関わるかもしれない。さっきのも本来なら「北風のエプロン」と言っていただろう。


「うん!はいどうぞ!」


「ありがとう。」


そう言って渡されたのはピンクのシンプルなエプロンだった。それを着用してから、さっきのリベンジに挑む。


今回は横で北風が見てくれる。さっきまでは別のことをしていた。


調理を再開してレタスから切り始めるが……


「あ、危ないよ!?包丁を持つ時の逆の手は猫の形!ほら、こうだよ!」


北風が手を丸めて猫の形にするが、その姿が可愛い。…とそんなこと思ってる場合じゃない。真剣に教わらないと…。


北風に教わったことを実践しながら調理する。


「う〜ん、まだ危なかっしいなぁ。ちょっと荒木くんごめんね。」


そう言って北風は俺の背後に立って俺の両手を使って教えてくれるんだが…この体勢では……


「北風、その……当たってる……。」


何がとは言わないが…。


「…へ?……あ……」


北風も今気づいたみたいだ。手の動きも止まっている。


「……呼び方。……呼んだら……離れる…から…。」


こんな状況でも!?しかし、さっきまでとは違う。


「……真美、ちょっと離れて……。」


「……へ?」


俺があっさり言えたことに驚いてるんだろうな。俺から離れた北風から、驚きの声が出ている。


「な…なんでそんなにあっさり言えてるの!?」


「あっさりじゃねぇ。今もすごく恥ずかしい。けど…偶然とはいえ、俺にその…胸をぶつけて、北風が嫌な思いしたらそっちの方が嫌だし……、それに約束したからな!何もしないって!俺は約束を破るのは好きじゃないから!」


「……呼び方……」


「こんな時にも!?これぐらい許して欲しいんだけど!?」


今の感じは許して欲しい。つい言ってしまっただけなのに。後ろにいる北風からは返事がない。つまり……


はぁ。今日何度目か知らない覚悟を決めて、北風の方を向く。









「…………ま……真美………」

















「うん………かーくん…………」






ギブアップゥ……。


「ちょっと、トイレ行ってくるー!!」


北風はキッチンから飛び出た。俺はそれを見てからその場に崩れる。


ドクンっ!ドクンッ!


やけに心臓の音が大きく聞こえる。それに拍動が早い。全力疾走した時並に早い。顔が暑い。今の俺は過去最高に真っ赤になってるだろう。


さっきの…北風の笑顔が離れない。心がそれを掴んで離さない。今日、いや、人生の中で1番綺麗だと思える笑顔だった。


キッチンでへたりこんでいると、


「…何してるんですか?」


雪乃ちゃんが通ってきた。


「俺が聞きてぇわ。雪乃ちゃんこそ何してんの?」


「ブラックコーヒーが欲しいなと思いまして…。」


「コーヒー好きなんだ。」


「いえ嫌いですけど?」


「?じゃあなんで?」


「はぁ。この先輩は。飲まなきゃここにいられないからです!」


少し、怒り気味でコーヒーを冷蔵庫からとってソファーに戻って行った。


「かーくん」って木村さんの彼氏だよなのことだよな?俺とその人って似てるのかな?それとも木村さんから話を聞いてうっかり間違えちゃったとか?


まぁどうでもいいか。それよりも問題は…、次会う時どんな顔して会えばいいいかだな。誰か教えてくれ。

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