第34話 明日からどうなるんだろう?
しかし、まあ、なんだ。
もともと知ってはいたけれど、こうして改めて住むってことになると、睦月の家のすごさというか広さというかをもろに実感するわけで。
「あー、いや、ええと、なんだその……うーん」
シンプルな感想を口にしよう。
なんだかめちゃくちゃ居心地が悪い!
駅の近くにある、タワーマンション。
その最上階。フロア丸ごとぶち抜いて、一つの部屋にしているその場所が、上月睦月という女の住まいである。
睦月が一人で生活するために、父親が用意した豪華な鳥かご。天板の木目が鮮やかな大きなテーブルも、壁にかかっている100インチはあるだろう液晶モニターも、腰を下ろせば全身が思い切り沈み込むであろうカウチソファも、フローリングに敷かれた毛足の長いふわっふわのラグも。
全部、全部、この鳥かごを用意した父親が勝手に準備したものらしい。
これだけのものを揃えるのに、総額でいくら使ったのか、俺には想像が及びもしない。思い描くだけで気が遠くなる。完成され切った住空間。これが仮にモデルハウスなら、これ以上に完璧な姿というものを思い描くのは難しい。
だけど、たとえそんな空間だとしても。
「……」
俺はなんとなく、その光景から寒々しいものを感じ取ってしまう。
いや、なんとなくというのは少し語弊があるかもしれない。その理由は明白なのだ。
整っていて……あまりに整いすぎていて、だからそこで、人間が生活していると感じられない。大人の気配がそこにない。家庭的な何もかもが欠如している。……はっきりいって、冷たい家だと感じてしまう俺がいた。
さらに言えば、そうした豪華な家具類は使われている形跡が見当たらなかった。ソファも、椅子も、テーブルもモニターもなにもかも、届いた時に配置されてから一ミリだってその場から動いていないんじゃないかとすら思う。中学の時に睦月の家に来たことがあるけれど、その時から何も変わっていないのだ。
「お茶をどうぞ」
キッチンでお茶を淹れてきた睦月が、
……お分かりだろうか。
俺たちが今、豪華で快適な家具がすぐそこにあるにも関わらず、わざわざ座布団に座ってちゃぶ台を囲んでいるということが。
聞けば睦月は、親から与えられた家具は使わずに、自分で用意した小さなちゃぶ台と座布団を使って普段から生活しているらしい。それこそ、広いリビングの隅っこで、その身を竦めるようにして。
なぜ、そんな生活をしているのか、その理由は俺もよく知らない。睦月とて、あえて語ることもない。ただ、確かに、こうして座布団に座って見上げる完璧な配置の豪華な家具からは、趣味の悪い芝居じみたものが感じられた。
「まあ、適当に寛いでくださいよ。家にあるものは勝手に使ってくれて構いませんし。……あ、お風呂沸かしますか?」
「いいよ俺は。シャワーだけで。鮎菜ねーちゃんは?」
「わたしも、どっちでもいいに。なんか今日は一日、えらいことばかりだったしなあ……」
家の中で落ち着いたからか、鮎菜ねーちゃんの方言が戻っている。
「それじゃあ、後でシャワーの使い方教えますね。あ、それと鮎菜さんの着替えも貸します。サイズ、ちょっと小さいかもですけど……」
「そーけ? 睦月ちゃん、わたしとそんな身長変わらんでそう心配せんでもいいと思うけど」
「……まあ、えっと、はい。それはそうなんですけど」
睦月が鮎菜ねーちゃんの胸元に視線を向ける。
それから、ぺたぺたと自分の胸を掌で触って……あ、表情には出てないけどこれ多分ちょっと落ち込んでるな。
「んー? まあよう分からんけど……着替え、貸してくれるのは助かるに? ありがとうなあ」
「いえ……まあ、はい、それぐらいは別に当然のことですので。それから、えっと」
そこで睦月が俺に目を向け、済まなそうな顔をする。
「すみません、大樹君の分の着替えはちょっと、用意できるかどうか……」
「いいよ、それぐらい。気にすんな。それに、途中のコンビニで下着だけは買っといたし、寝る時はそれだけ替えてあとは今着てるやつ使うから」
ちなみに下着を買うに当たって、やはり俺は睦月から金を借りていた。ファミレス代と合わせて、こちらも後日、返す予定である。
そんな会話を交わしたのち、あとはそれぞれシャワーを浴びて今日のところはさっさと寝ようという話になった。時間はもう、だいぶ遅い。そろそろ十一時を回るはずだ。
その日は、いきなりのことで部屋割りを決める時間も、寝具を用意する時間もろくになかった。俺はリビングの座布団を三つ、縦に並べて布団の代わりにした。鮎菜ねーちゃんは、睦月と一緒に寝ることにしたらしい。……鮎菜ねーちゃんが傍についててくれるなら、睦月のことも心配しなくて良さそうだ。
座布団に身を横たえながら、俺はぼんやりと今日までの出来事を振り返る。色々なことが立て続けに起こっていて、状況に翻弄されてばかりだった。
そして今、俺はこれまでとは異なる生活に飛び込もうとしているわけで――。
「明日から、どうなるんだろ、俺……」
ぽつり、とそんな言葉を口にしたような気がしたが、その頃にはもう、俺の意識は闇へと沈み込んでいるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます