第14話 オリハルコン・メンタル
「なにかあったんですか、大樹君と?」
隣に座る睦月が、そうやって言って訊ねてくる。
その問いかけに樹里は思わず舌打ちをしたくなる。そんな衝動を堪えながら、つっけんどんな態度で返した。
「……別に、なんでそう思うわけ?」
「大樹君が先日、合コンに行った、という話を聞いたものですから」
「は……そんな理由」
笑い飛ばそうとして、鼻を鳴らす。だけどそれはなんだか中途半端な感じになってしまって、苛立ちを紛らわせるように樹里は小さく舌を鳴らした。
この女は、こういうところがいやらしいのだ、と樹里は思う。
率直で、正直で、嘘を言わないところが煩わしい。曖昧な態度や言葉で騙されてはくれないところが、面倒くさい。だからこうして言葉を交わしていると、気づけば本音が引きずり出されそうになっている。
なら、無視して会話することそのものを放棄すれば話は簡単なのかもしれないが、なかなかそういうわけにもいかない。黙り込んだら負けだとか、言葉を返せなくなったら負けだとか——そんな、自分でも下らないと分かっている対抗心がそれを許さない。
だから樹里は、睦月からこうして話を振られればうっかり反応してしまう。やめとけばいいと分かっていても、彼女の言葉を無視できない。
ああ、上月睦月という女は本当に——なんていやらしい女なのだろうか!
そんな女にこうして絡まれている自分は本当に可哀想だと樹里は思う。そうとでも思わないとやっていられないまである。こんな女には絶対に絆されてなんかやらないと、改めて決意を固め直した。
「ってか」
突き放すような口調は、対睦月戦における樹里のデフォルトだ。このデフォルト設定を変えるつもりは、今のところ樹里には毛頭ない。
「大ちゃんが合コン行ったからって、なんでそれであたしが大ちゃんとなんかあるわけ?」
「だって樹里さん、好きですよね?」
「……ああん?(人を心胆から寒たらしめる恐ろしいド低音ボイス)」
「あの……そんなに熱心に見つめられると、少し恥ずかしいです(花も恥じらうピュアな乙女顔)」
違うそうじゃない。
見つめていない。睨んでいるのだ。なのに染めた頬に手を当てて、恥ずかしそうに視線を逸らすな。なんなんだこの強心臓女は。メンタルがオリハルコンでできているのか。ちょっと確かめるために貴様の心臓を抉り出してやろうか。
凶悪な思想が脳裏を掠めるが、まさか実行に移すわけにもいかない。いかんいかん、落ち着け自分、と樹里は自分をなだめすかして、ふいっと睦月から視線を逸らす。
「……別に、見つめてるわけじゃねーし。つーか好きってなんのことだか、全然分かんないんですけど」
「本当ですか?」
「……は?」
「本当に、分かりませんか? 私の言っていることが」
そう言いながら、そっぽを向いた樹里の頬を、睦月が横からじっと眺めてくる。身長だけなら、睦月よりも樹里の方が十センチ近く高いはずだ。しかし、あまりに真っ直ぐな睦月の視線は、それ相応の重みを伴っているようだった。
こうも、熱心な視線を注がれると、まるで見られている部分がじりじりと炙られているかのように樹里には感じられた。それが無性に居心地が悪くて、返す言葉も歯切れが悪くなる。
「そ、んなの」
——分からない、わけがない。
だって樹里さん、好きですよね? という睦月の問いに、特定の人物を示す言葉は含まれていない。しかし、睦月が誰を指して『好きですよね?』と言ってきたのか、分からないほどに樹里は鈍くない。
けれど、はっきりとした言葉で認めるのが怖くて、曖昧な言葉でごまかしたくなった。認めてしまえば、なにかが明確に変わってしまう、そんな気がしたのだ。
しかし当然、そんな腰の引けた態度では睦月はごまかされてくれない。むしろ、樹里からしてみれば非情にすら感じるほど、素直に、率直に、思うがままに、はっきりと——逃げ場のない言葉を睦月は樹里に向かって投げてくる。
「では、改めて言い直しますね」
「待っ」
「樹里さんは、彼の……大樹君のことが——」
その先の言葉を聞きたくなくて、樹里は耳を塞ぎたくなった。あるいは、睦月の口を塞ごうとしたのかもしれない。とにかく気が動転してしまっていて気づけば彼女はその両手を振り上げていた。
しかし結局、樹里の両手は耳も、口も塞がなかった。睦月の言葉も、途中まで言いかけたところで止まっていた。
いや、正確には遮られていたのだ。ガチャリ、という、リビングの扉が開かれた音によって。
「お、樹里。帰ってたのか」
「あ、兄貴……」
「なんだお前。そんな変な格好して。おかしなやつだな」
「う、うっさいわボケ!」
顔を出した兄、正人の指摘によって、樹里は中途半端に上げかけたままの両手を下ろした。それからソファの上で行儀悪くあぐらを掻いて、「自分、今めっちゃ機嫌損ねてますんで」といった感じに唇を尖らせる。実際、どちらかといえば不愉快な気分ではあった。
とはいえ、兄の登場で助けられてなくもないような気がしなくもない感じの樹里である。モヤっとした気分はあるにはあったし、「おかしなやつ」と言われたのも微妙に気に食わなかったが、たまたま手元にあるクッションを兄に向かって思い切り投げつけるだけでここは勘弁してやることとした。
「おっ、なんだ樹里。たまにはキャッチボールでもするか?」
「……バカじゃん?」
「野球バカとは、よく言われるな」
気を悪くした風もなくそう返してくるところも腹立たしい兄であった。
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