第13話 学園一の美少女が寄せてくるけどあたしは絶対に絆されない

「……やっちゃったあ」


 その日帰宅した樹里は、制服を着替えることすらせずに、リビングのソファで横倒しになっていた。


 口から出てくるのはため息ばかり。正直、かなり引きずっていた。


 ……まさか同じタイミングで大樹もまた、ほとんど同じような有様を晒しているなどということを彼女は知らない。そんな想像ができないぐらいに、頭の中では後悔がぐるぐると渦巻いている。


 なんだよ。大嫌いって。


 まるで思ってもいないことを口にしてしまった。あまつさえそれで、大樹を傷つけてしまった……かもしれない。


 自分に大嫌いと言われて、傷ついたのだろうか? ……傷ついてくれているといいな。そっちの方がなんだか、大樹の中で自分の存在が大きいような感じがして嬉しい。


 ……って、いやいや、違う。そうじゃない。なんだその歪んだ感情は。どうせなら傷つけるよりも喜ばせたいし、イラつかせるよりも楽しませたい。そんな風に樹里は思う。思うだけで、いつもそれがなかなか上手くいかないのだけど。


 なんで上手くいかないのかは、多分、理解してはいる。自分の気持ちをごまかして、はっきりとした言葉にすることすら避けているからだ。なんで避けてしまうのか、ちょっと分からない。恥ずかしいのかもしれない。照れ臭いのかもしれない——あるいは、怖いのかも? 怖いってなにが? 自分はなにを恐れている?


「はぁ……」


 何度目になるかすら分からないため息。考えても考えても、答えの出ない問答は同じところを巡るばかりだ。もうやめよう。思考停止してしまおう。あーやだなやだな。もうなんも考えたくない。


 昔はもっと、素直で可愛かった気がするのに。いつの間に自分は、こんなに可愛くない女になってしまったのか。


「死にたい……」


 出るに任せて放った言葉が空虚に響いて空気に溶ける。それが余計に虚しくて、ますます死にたい気分になった。なるだけだけど。


 あー、これはあきらかにダメな落ち方しているな……などと、再びため息をこぼしそうになったところで、その声は不意に割り込んできた。


「それはダメです。死んだら嫌です。そんなの、私が悲しいです」


「にゃっ!?」


 あの女・・・の声だ。樹里は奇妙な鳴き声を上げながら、ソファに横たえていた体を跳ね上げる。


 そして警戒心たっぷりな視線を声の方向に向けると、「シャアアアアアッ」と猫が威嚇するような鳴き声を上げた。


 声の主は、誰あろう睦月である。ゴールデンウィークに差し掛かった頃から、兄の恋人の座に図々しくも収まったこの女は、週に何度か家に押し掛けてくるようになった。


 両親は、見たところけっこう歓迎しているようである。睦月は確かに他人に対して礼儀を欠くことはないし、物腰も丁寧で容姿も端麗だ。だけど樹里は、とある経験からこの女のことを苦手としていた。というか、むしろ、ほとんど恐怖していると言ってもいい。


 なんせこの女、樹里がどれだけ警戒し、すげなく接して突き離しても——、


「こんにちは、樹里さん。お邪魔させていだたいてます」


 ——そう言ってたおやかに微笑んで、仲良くなろうとめげずに寄せてくるのだから。


「そう邪魔ほんと邪魔マジで邪魔消えて」


「お隣、失礼しますね」


「失礼だって分かってるならやめたらマジでほんとうわウッザ」


 樹里の罵倒をそよ風のように受け流し、睦月が樹里の隣に座ってくる。二人分の体重で、ソファがわずかに軋みを上げながら沈み込んだ。


 というか近い近い近い近い。肩が触れ合いそうなぐらい、睦月が近いところに座ってきて、樹里は思わず肩を引く。すると睦月は、さらにずいっと横に移動して開いた分の距離を縮めてきた。


 そしてにっこり、ほとんど菩薩かよって突っ込みたくなるぐらい静かで穏やかな笑顔を浮かべたまま、


「それで、樹里さん。もしかして悩み事ですか——大樹君のことで?」


「……あんたマジそういうところだよ」


「なにが、どういうところですか?」


「いやだから……うーんこの」


 この……適格に、いきなり核心から突っ込んでくるところとか、ほんっとやめていただきたい。怖すぎるので。

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