第15話 時計仕掛けの〝俺たちらしさ〟

 正人が前触れもなく俺のクラスにやってきたのは、週の終わりの金曜日だった。


 がらりと扉を開いたかと思えば、「大樹いるかー?」と言いつつずかずかと正人は教室の中に入ってきた。天下のヒーロー様である正人は誰にそれを見咎められるわけでもなく、それどころか「大樹君?」「いるよいるよ!」「ほらほら、こっち!」などと連携プレイで逃げる間もなく差し出される友人A=俺。


 ……いや、逃げる気なんて最初からなかったけどね? でも正人が入ってきて俺の名前を呼んだ瞬間に、襟首をひっ捕らえてきた森畑。テメェの所業は忘れねえからな? いつか必ず処してやる。


 ともかくそんな風にして、俺が正人の前にまでやってくると、やつはいつも通りの朗らかな顔つきで開口一番こう言った。


「大樹。土日ならどっちが都合がいい?」


「……はあ?」


 意図の読めない質問に、眉をひそめて首を傾げる。


 そんな俺に、正人は重ねて言葉をかけてきた。


「あー、つまりさ。明日か明後日のどっちかで遊ぼうぜってこと。睦月も交えて三人で、さ。都合なら大樹に合わせるから、どうだ?」


「どうだ、って言われても……いいのかよ俺がいて。どうせなら二人で映画でも行ったらどうなんだ、カップルらしく」


「三人で遊ぶのもオレたちらしいだろ。これまでだってそうしてきたんだし、妙な遠慮される方がこっちは寂しいぞ?」


 ……俺たちらしい、ね。


 確かにこれまでだったら、三人で一緒に遊んでただろうさ。それがこれまでの俺たちで、その形こそが一番自然で普通だった。


 だけど今は、その在り方が変わったことに、正人はどこまで気づいているのだろうか。


 ……いや。もしかすると、俺が過剰に変化を重く受け止めすぎているだけなのかもしれない。神経質なほどに『三人』に拘ってきた結果、『二人と一人』になったことを意識しすぎているだけなのかもしれない。


 ただ、確実に言えることは一つだけ。これまで噛み合ってきた認識の歯車は、もう致命的にズレてしまっている。ズレて歪んだ形のまま、無理やり回転を続けようとしている。


 そんな歪みを抱えた状態で歯車を回し続けてしまえば、きっといつかはどちらかの歯車が無惨に砕け散る。あるいは、どちらの歯車も、か。


 なら――俺がこいつらのためにするべきことは。


「……ったく、分かったよ。そうだな、たまには三人で遊ぶか」


「いいのか!?」


 破顔する。無邪気に、正人が。


 こいつはどうして、こうも懐っこい顔ができるんだろうな。少年のような笑顔ってやつは、きっとこういうもののことを言うのだろう。そしてきっと、こいつのこうした一種の無垢さに睦月も惹かれたのだろう。


「いいよ。そっちこそ、部活はいいのかよ」


「土曜も日曜も、二時には終わる。そのあとだったら何時からでも遊べるぞ」


「ハードな練習こなしたあとにまだ遊べるのかよお前は……体力やべーな」


「楽しみが後に待ってるとなれば、どんなキツい練習もチョロいってもんよ! で、明日と明後日ならどっちにする?」


「そうだな……じゃあ、日曜にするか」


「了解! じゃ、睦月にもそう言って連絡入れとくな!」


「おう、頼むわ。てか、次の授業もう始まんぞ」


 時計の針を見てそう忠告すると、「あ、やべっ、先生に怒られる」と言って慌てて正人が教室を後にする。クラスメイト達がそんな正人の背中を見送りながら、微笑ましそうにくすくすと笑っている。「マサマサのちょっとそそっかしいところっていいよね」と女子共が囁き合っている。「ヒーローに今度、女の子紹介してくれって頼み込んでみようぜ」と男子共も計画を企てている。正人がそこにいたという事実だけで、教室の空気が温かく、和やかなものに気づけば勝手になっている。


 そんなぬるま湯みたいな空気の中で、俺は一人、冷たい罪悪感に心臓を握り潰されていた。


 ――多分、日曜日を指定したのは、俺の最後の悪あがきだ。一日でも幼馴染を……親友である期間を引き延ばしたいという、みっともない願望にしがみついた結果なのだ。


 Q.もうこれ以上回し続けられない歯車を俺が止めるためにはどうすればいい?


 A.その答えが、この罪悪感の正体だ。

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