01
――ここにもないか。
吐いた息が霧散する。佇む人影を薄暗い場は同化するように隠していた。双眸が見つめる先にあるのは何もない空間だ。その事がその人物を落胆させていた。
ある物を探し、それがなかった。
この場にもう用はないと見たのだろう。薄暗闇の中にいた人物は踵を返して光の入る方向へと歩みを進めた。
その時破裂音が遠くから届いた。耳朶を打った音に、面倒そうに舌を打つ。
「トラリーか」
音のした方を探る。窓枠のような長方形の穴が空いた場所から外を見れば光が空を走った。描いた軌跡は横切っている。今いる場所ではないが近くである事は察せられた。
光が向かった先とは反対の方向に走る。床が崩れ外壁もない――外へと繋がっている場所を見つけて下を見る。小型のライトを取り出して上下左右に振って周囲を照らす。足場らしい足場はないが、万が一落下しても生死に関わる高さではない事と下の状況を目で確認した。大気の震えを全身で感じて急かされるように近場から降りていく。
「旧き我らの時代のために!」
「……近いな」
怒号のような叫声が背後から届き、意識を背後に向ける。不揃いな複数の足音はけたたましく、耳障りに響いていた。煩わしそうながらも意識は正面へと戻す。
先程までいた場所から小走りで離れ、開けた場所へと出る。点々と光が見えるが、明滅している物や不規則に動くものもあった。おおよそライトとは呼べないが、真っ暗闇は避けられる。
不意に音が徐々に近付いた。先刻の集団による音のことがあり、すぐに反応してそちらを向く。
点々とした光にあてられて闇の中を何かが疾走していた。それは微かに駆動音を立て、傍らに横付けされる。耳を澄まして聞こえる程度の稼動していた音が止まり、闇に紛れそうな色ながらも艶のある大きな物体から目線を上げた。黒髪をオールバックにした筋肉質な男性が跨っているのを見てから視線を一度落とす。
「お前は人のバイクを毎度勝手に使うな」
「連絡もまともにできねぇ、移動手段も乏しい。そんな世の中で迎えに来るのも一苦労なもんでな」
「迎えには感謝している。いつか車体とパーツが見つかればお前のを作ろう」
「ま、乗れよ」
笑みを含めて男は後ろに促す。大型バイクの後部に跨がり、前方の男に掴まれば稼働を始めた。風が頬を撫で、髪を揺らす。吹き付ける風を浴びながら道を走り、来た道の横を通っていく。光が一点に集まっている箇所があり、見れば男女が集っていた。破損のほとんど見られない建物へと向かっている。
「伝統主義者……トラリーどもは相も変わらずだな」
「ああ。不幸なことに、時代に取り残された連中のオモチャはたくさんあるからな」
「かといって自らをロードなんて名乗る新伝統主義者どもに加わろうとも思わんがな」
「同感だ」
たくさんの光を横切って、その場を後にする。
完全に見えなくなると、後部に座る側は風景が過っていくのを横目で見る。そこにあるのは廃れた街だった。完全な廃墟と呼ぶほど街が機能していないわけではないが、街灯は少なく、崩壊した建物も多い。出歩いている者もいない。空を見上げれば濁った雲が覆っていた。
そんな中を一台のバイクが走り抜ける。やがて辿り着いたのは廃墟となったビルだった。バイクを所定の場所へと乗り込ませて降りる。
「それで、収穫はあったのか?」
「いや……今回もハズレだった」
「なかなかお前の探し物は見つからないようだな。一体何を探してるってんだ?」
「大事な物だ。数もあるだろうため具体的には言えないが」
「あるのは確かなのか?」
「確実にあるとは言えない。だが……見つけなければならない」
冷たさを感じる程に青く澄んだ瞳は遠くを見ている。目標だけを見据えるような眼差しに「そうか」と男は返してビルを見た。
階段状になって上にのびているのがわかる。階段は元は何かで起動していたようで素材は金属ではあるが純粋な金属だけではないのが見て取れる。しかし今はエネルギー源の不足か、どこかしら故障しているのか動く様子はない。
「ライ。私は明日からまた情報集めだ。次の目標を定める」
ライと呼ばれた男は振り返る。
「ああ。俺はガラクタ漁り、だろ? 最近はお気に入りの場所をトラリーどもに見つかっちまってな。新しい場所を見つけなきゃならん。時間はかかるのを覚悟しとけよ」
「問題ない。レッドが来るのはしばらく先だからな」
「わかった。なら吉報を楽しみにしてな」
役目を受け持ったライはビルには入らずに背を向けた。ひらひらと片手を振って立ち去っていく。その背中をしばらく見てから階段を上がっていく。靴底が高い音を立てながら上階へとあがった。
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