どう頑張ったって全員は救えないのなら
私はさ、
『自分の大切な誰かと世界とを秤に掛けられたら迷うことなく<自分の大切な誰か>を選択する』
けど、同時に、私とは縁もゆかりもないどこかの誰かが同じ選択を迫られて、もしその人が<その人にとって大切な誰か>を選んだとしても、それは仕方ないと思ってるよ。
だって自分がその選択をするってんなら、当然、自分以外の誰かが同じ選択をすることも認めなきゃおかしいじゃん。
もっとも、さっきも言った通り、そんなことは起こるはずもないけどさ。
それに、私にとっての大切な誰かが犠牲になるわけじゃないのなら、救えるものは救いたいとも思うよ? 私にその力があればだけど。
ただ、『<自分の大切な誰か>か<世界>か?』なんていう形じゃなく、何らかの災害とかで、どちらかしか助けられないっていうケースは、現実にも起こりえるよね。
でもやっぱり、躊躇うことなく<私の大切な人>を選ぶよ。
それと同時に、他の人が私と同じ選択をしたとしても、きっと恨みには思っちゃうだろうけど、恨みに思うのとは別に、理性の部分では『仕方ない』と思うよ。
人間っていうのはさ、矛盾した思考や感情を同時に抱くことができる生き物なんだ。
私の大切な誰かを助けてくれなかったことを恨みつつも、その人にとって大切な人を助けるのは当然のことだとも思うんだよ。
これは<綺麗事>とかそういうのじゃなくて、普通に起こりえる<人間としての思考のゆらぎ>だよね。
だけど主人公にとっては、自分の命と引き換えにしても守りたいと思えるほどの<大切な誰か>はいなかった。ただただ、
<自分にとって都合のいい人間と、それ以外の人間>
がいるだけだった。そして彼は、<自分にとって都合のいい人間>だけを守った。
魔物の脅威が去った後、世界の人口は、三億から三十万人になった。
しかも、主人公が暮らしていた国の人間ばかりで。
主人公にとって都合のいい人間と、それに連なる人間と、取り敢えず余力があったから何となくで救った<見ず知らずの他人>を合わせて三十万人。
それでも、主人公は、
<世界を救った英雄>
になるんだよね。何もしなかったら完全に滅ぶはずだったのが、たった三十万人でも生き延びたわけだから、ね。
と、いやはや、実に胸糞悪い結末ですな。
だけど、普通はこんなもんじゃない? どう頑張ったって全員は救えないのなら、自分にとって都合のいい人を選ぶのは自然でしょうよ。
でもさ、助からなかった人達の中には、主人公とは一面識もなかっただけで、本当にささやかに慎ましく人として道理を守って懸命に生きてた人達もいたんだよ。
そしてそれは、主人公にとってはまったく見ず知らずの赤の他人だったけど、主人公が助けた人達の中には、その人達を大切に想っていたのもいたんだ。
そのわだかまりが、新たに作られていく世界でも、再び<諍いの火種>として燻り続けるんだよね。
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