30話
本気で殺されたかと思った。掌を頭の上に乗せられたのだってこのままお前の頭を握りつぶすみたいな殺害予告かと思ったのだが。
そのまま掌をバンバンと頭と肩に叩きつけ豪快に笑った。痛いです痛いです。もうちょい強くやればダメージエフェクトでそう。僕VITは初期値だしこの装備効果もりもりで防御力全然ないんですよ。
試合が終わったのをオネーチャンさんが告げるとワッと声が上がった。よかった、完全にアウェイだと思っていたけどこのまま集団リンチにあってやられるとかいう展開はなかったんだ。
声をあげる周りをよそにミヅキさんが歩み寄ってくる。
「条件付きとはいえ勝つとは思わなかった」
「僕も思いませんでしたけど、送り出したミヅキさんくらいは信じてくれるべきでは」
「最悪最終手段があったから」
そういえば最終手段とはなんだったのだろうか。ド派手なことをするとだけは聞いていたけど。
「んだよ【鼠返し】。奥の手はやっぱり持ってたのか?」
「教えるほど馬鹿じゃない」
この後こっそり僕にだけ教えてくれることになるのだが、僕が空中で奇怪な動きを始めたあたりですでに分身を一名配備できたらしい。分身を一体出せればミヅキさんはそこから分身と位置を入れ替え、自分の安全は確保可能。そして爆弾を山のてっぺんあたりにしかけることにより土砂崩れを意図的に発生させ、騒ぎに乗じて分身に僕を回収させ全速力で脱出するというプランだったらしい。
ちなみに対人戦の奥の手はまだ教えてもらっていない。奥義みたいなのまであるの本当に忍者っぽいなこの人。
というわけで何とかそのまま見逃してもらえることになった。とりあえず偶然、ここ重要だけど偶然!キルしてしまったオネーチャンさんのクランの人には会って落とした物資を返しておいた。顔を合わせて謝ったのだけれど何故か怯えられていた。なぜだろうか。まぁ通り魔の犯人に直接謝られても怖いかと納得する。
最後にそそくさと荷物を纏める僕と使っていない爆薬やらを回収するミヅキさんに【暴風】さんが近寄ってきた。次は切り殺されるのかと怯えてみるとミヅキさんに用事があったみたいだった。
「【鼠返し】んとこは次の大会出るんだろうな」
「人数が足りてない」
「今回そこの新人が入ったろ、やれんだろ」
それは確認というよりも半分提案のようで、もう半分は脅しのようだった。僕の存在で何かに参加できるようになったのだろうか?まだまだ初心者気分が抜けてない僕ですが。
「……まぁ、できないこともない」
「できないことねぇんならできんだよ。今回の貸しってことでお前らも来いよ」
「考えとく」
そう言い切るとミヅキさんは僕を置いて【暴風】さんを振り切るように歩いて行った。何のことかさっぱりなんだけど。
「コマイヌからも言っといてくれや」
「はぁ……なんのことか全然わからないですけど」
「ああ、そういえばお前初心者だったな。このゲームの公式ページとかニュースページは見てねぇか?」
そんなものがあったのも知らなかったですね。いや最悪なんでも聞ける親がいるんですけど。教えてくれるかはともかく。……教えてくれそうだなぁ。聞いてもないのにいいにくるのだけは止めておこう。
「見てないですね。存在自体今知りました」
「お前はそういうタイプっぽいよな……」
勝手な印象だけど全体的に適当そうな【暴風】さんに言われるとなんだかむっと来るものがあるな。今度から読み込んでおこうかな。
「パッチノートとかも出る。最悪自分のスキルとかに調整入るから目は通しとけ……んで、次のイベントの発表があったんだよ」
「このゲームそういうのあるんですね」
「βんころにも一回あったけどな。そん時は闘技場でのタイマントーナメントだったが今回はクラン対抗戦だ。五対五の特殊フィールドでの戦闘らしいぞ」
おお、面白そう。一対一ばかりしていたけど仲間がいる状態での戦闘ってしたことないな。
……あれ?クラン所属になったのに共闘とかしたことない……?今回もミヅキさんとは別れて各個撃破だったし……
ま、まぁいいか。それを加味しても多人数戦闘楽しそう。
「【鼠返し】はああいうイベント事には目立ちたくねぇのか出たがらねぇんだ。もしくは出てぇけど自分から誘わねぇタイプだな」
「ああー、短い付き合いですけど両方ありそうなタイプですね」
「まぁ俺よりはお前の方がすでに付き合い長そうだし、そんなことだ。ただ今回のでわかった、お前らのクランはやべぇ」
なんてことを。ボタンさんはいい人ですよ。
ボタンさん以外は……うん、まだ僕は新人だしわからないってことにしておこう。本当にわからないし。
「今度はガチでやり合いてぇ、というわけでお前からも言っといてくれ」
「はぁ……なるほど?」
「頼んだぞ」
ポンと肩を叩かれ、背中越しに手を振りながら去っていった。VRのプレイヤーなのに強キャラ感がにじみ出てる人だなぁ。性格とか含めてかなぁ。
◇
第二の街まで無事に下山することができた。途中ミヅキさんに合流すると、なぜかわからないけれど針を投げられたりはした。それ以外は特に何事もなく街に辿り着いた。
そして薄暗い裏路地を抜けた先のマスターに会いにいった。依頼達成報告だ。
「今回は大変だったみてぇですね。聞きやしたぜ?あいつらだけじゃなく【暴風】やらなんやらが来たらしいじゃねぇですか」
「報酬の上乗せを要求する」
「わかってやすって、へへ。これが今回の報酬でさぁ」
そういうとミヅキさんに小包を渡すマスター。なんであの人も小物感がすごいんだろうなぁ。【暴風】さんと違ってあの人の場合はRP感が強いけど。
ミヅキさんは小包の中の金銭を確認するとインベントリに収め、こちらに何かを投げ渡してくる。弾き落としそうになるところを抑え込み受け取ると、先ほどよりも少し軽そうだがそれでもやや多いくらいの金銭だ。
「今回はコマイヌも頑張ってたから。少しはわけてあげる」
「嬢ちゃんに渡した額からすると坊ちゃんの方が多く……」
マスターは針で刺された。何を言おうとしていたのかこちらから聞き取れないがミヅキさんに不都合なことを言おうとして刺されたことだけはわかる。
「今回はコマイヌも頑張ってたから」
「はい。ありがたく受け取ります」
仕切りなおされた。ついでに言うとそこには有無を言わさない圧力があった。
おお、それにしても結構報酬もらえるんだな。これならポーションとかも買えるし、そういえばクランハウス用の家具とか……
「そういえば坊ちゃん」
「なんですかマスター」
店内、というか街の中ではダメージがないので針に刺されても視覚的に怖いくらいだけど針が刺さりまくっていたマスターがこちらに話しかけてくる。
「家具、坊ちゃんが目を付けてたやつはさっき売れちやいやして。第一の街にあっしの部下が出してる店がありやして、そちらでなら在庫があるかと……」
というと申し訳なさそうに頭を下げるマスター。ああ、意外と時間を食っちゃったしそんなものか。気にしてないですよーというと一層ぺこぺこと頭を下げだした。
「そんでもってそのお客さんのクランがここいらの家具を結構買ってやしたので、第一の街のがおすすめってことでさぁ」
なるほど、詳しく聞くと家具ってのはあまりNPCが売らないアイテムらしくプレイヤーメイドのがほとんどらしいが、そういうアイテムはだいたい在庫も少なく、一つや二つ売れてしまうと作るまで補充できないらしい。
そのまま一応第二の街にある他の家具屋の場所を聞き、そして第一の街の家具屋を聞き、ついでにマスターのクラン員がお店を出している場所を全部教えてもらいお店を後にすることにした。
冷静に考えると盗品とか扱ってるクランと仲良くなっちゃったなぁ。このキャラの行く先はどうなってるのか。
◇
「このあとミヅキさんはどうするんですか?」
「いろいろ使ったものの補充とかしなきゃいけないし、一旦解散」
アイテム消費すごそうだしなぁ。遠距離スキルとか罠スキルとか取ってる人はそれだけで出費がかさみそうだと今回の戦闘で何回も思った。爆発の度に。
別れようとするとミヅキさんが何故かこちらをじっと見ていた。あの、何か用でしょうか。何か気に障ることでも……
「先輩」
「え?なんて」
「私は一番後入りで後輩がいなかった。だから先輩」
これは、先輩と呼べということだろうか。ミヅキさん的には距離を詰めてきてくれたのだろうけど、【ミヅキ先輩】だと今までより距離が離れていないだろうか。
しかしミヅキさんも先輩ぶりたいのだろう。もしかしたら最初は僕を連れて行ってくれたのもそういう意図があったのかもしれない、ならば良い後輩なら、ここらで先輩の要望に応えることこそができる後輩なのではないだろうか。
「よろしくお願いします、ミヅキ先輩」
「よろしく、コマイヌ後輩」
若干なんかズレてるし、やっぱり距離が開いてる気がします先輩。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます