10話

光が収まると玄関らしき場所に3人で立っていた。ミヅキさんとハナミさんは慣れ親しんだ場所なのだろう。さっさと玄関から上がり、部屋の中に進んでいった。


部屋の中に入るとそこはリビングのような場所らしく、ハナミさんは椅子に、ミヅキさんはソファに座った。やや大きめのモニターや何に使うのかわからない工具、散らかった酒瓶以外はいたって普通の家のようでなんというか。




ここがクランハウス……思っていたよりも普通のところという印象を受ける。正直ミヅキさんとかハナミさんの印象からもっとこう、壁に血の跡とか謎の生物の頭蓋とか掲げてあるかと思った。


「思ってたんよりも普通やな〜思ったやろ」


「え,ああいや。そんなことは」


「間違ってないで、ここ元々ボタンちゃん……ああ、猪の個人ホームやから」


まだ会ったことすらない猪さんが可哀想で仕方ない。


「まぁまぁ、座りぃ?今ボタンちゃん呼んだから」


「じゃあ失礼して……」


「ちなみにクランメンバーの指定席に座ると陰湿な嫌がらせされっから気ぃつけや」


「僕立ってます」


やっぱりこのクラン怖いんだけど。クラン内で平然といじめが横行されているとは思わなかった。


半分冗談や、と笑うハナミさんのどこまでが半分かわからなかった僕は物珍しさから部屋の中をきょろきょろと見回してしまう。


なんというか、匂いが女性らしいというか。たまに気になる数点を除けば家庭的な女性の一人暮らし、のような印象が強い部屋だ。


数点というのは用途不明の工具、アルコール臭の漂う酒瓶、ソファ近くに並んだ大量の針と転がった武器のことだが。


するとバタバタを音を立てながら別の部屋から女性が現れる。ミヅキさんよりも大柄だがハナミさんよりも小柄、中くらいの身長にその、ややサイズ感がすごい胸が強調された服を着た女性が慌てた様子で現れた。


「おお、ボタンちゃん来たなぁ。新人連れてきたでぇ」


「来たなぁ、じゃないよ!ハナちゃん!勧誘行くときは一言こっちに伝えてって言ってるのに!また変な方法で連れてきたんじゃないよね!?」


「私がついてたから」


「ミヅちゃんだと余計不安だよ!?」


おお、なんというか普通だ。今までの話から苦労しているんだろうなと思ってはいたけどまさかここまで感性が普通の人がこのクランにいるとは。


しかしまだわからない。今のところハナミさんとミヅキさんがあれなのだ。まだ信用するには早いだろう。


「あのー」


「ああ、来てくれた新人候補くん?ごめんね、ハナちゃんとミヅちゃんが変なことしなかった?」


「どんな悪癖があるんですか?」


「とんでもなく失礼な人だった!」


だってこれまで会ったのがあの二人だし。


「コマイヌくん、ボタンちゃんはやな、夜な夜なそのでっかいおっぱいで男どもを捕まえて」


「してないから!初対面の人に嘘の情報教えないで!」


「なるほど、悪癖というか、性癖」


「君も信じないで!」


はぁはぁと呼吸を乱しながら訂正を入れてくる。


ここまで必死に否定しているしさすがに大丈夫だろう。ツッコミができる人はおそらくまともな人だ。漫画とかで読んだ。


「とりあえず自己紹介を……ごほん。私はボタン、クラン【十二支】のリーダーをしています」


「どうも、コマイヌです。ミヅキさんに殺されかけてハナミさんに脅されてここまで来ました」


そう告げると乱れていた息ごと笑顔のままフリーズしたボタンさんは、ゆっくりと油の切れた機械のような硬い動きでハナミさんの方に向き直る。そして僕に「ちょっとごめんね」と告げるとハナミさんを連れて別の部屋に入っていった。


遠くの方から大きな声で、


「なんでそういう方法で連れてくるの!」「ミヅキが戦闘力も大事やって」「ミヅちゃんより大人のハナちゃんが止めなきゃダメでしょ!」「うちボタンちゃんよりも上やねんけどなぁ」「だったらなおさら!」


という母親に叱られる子供のような会話が聞こえてきた。


「ミヅキさん、いつもあんな感じですか」


「だいたいそう」


すると廊下の方からずる、ずると引きずるような足音が聞こえてくる。何かと思いドアの方に向き直るとアバターなのに見事なまでにパジャマ、とわかる服装を着、枕を抱いた姿の女性が姿を現した。


「夢、起きたんだ」


「起きたんじゃなくて起こされたんですよー、ううー、眠いー」


ゲーム内で再度寝るとはいったい。この世界そもそも夢の中の世界というか、現実の体は横たわったままなはずなのだけれど。


僕の思考は知らず、パジャマの女性は無駄に2つあると思っていたソファに横になった。


さっきまで寝ていて、今起きてきて、またリビングで寝るとはいったい。


ただ横になってからふと疑問に思ったのか上半身だけ起こし、僕の方へ向き直ると目をこすり、また僕を見て驚いた顔をして見せた。


「ミヅキ、知らない人がいる」


「新人です」


「パシリ?」


「パシリ」


「り」


そう言うと女性は起こしていた上半身を倒しソファに横になった。


いやいやいや、明らかに不穏な会話をしていたけど何今の。僕のこと?というかこの人誰?いやそんでまた寝るの?


「あのミヅキさん、この人は」


「ワンダードリーム」


すごい名前だな。ああ、だから夢さん。

なんだかMMOらしい名前だけどVRで面と向かって呼びづらい名前だな。ワンダーさん、ドリームさん……うーん。

まぁあまり関わりになりそうにないから今は名前を覚えておくのに留めておこう。ワンダードリームさん。


ドア越しの喧噪が収まり、少し疲れた様子のボタンさんが出てくる。ソファに横になったワンダードリームさんの姿を見て、申し訳なさそうな顔をした後に椅子に座った。そのまま僕へと対面の椅子を勧めてくれる。これは座っても死なない椅子。


「こんな形になっちゃったけど、ハナちゃんとミヅちゃんが連れてきたってこと実力は相当ってことなのかな」


「いや結構いい試合になりそうでしたけど、ノーダメージだったんですよね……」


「あれ、ってことはミヅちゃんの分身一回は割ったの?」


と驚いた顔でミヅキさんの方へ向き直るがミヅキさんはそっぽを向いたまま僕へ針を投げた。街中・ホーム内なのでダメージはない、けど一応掴んで机の上に置く。先ほどよりも速度が落ちているところ手加減はしてくれているのだろう。


「はー、思ったよりも規格外な新人さんだね」


「いや全然、僕的にはそんなことはないんですけど」


「いやいや、全然は全然だよ。ふーんそっかそっか」


どこか興味深げな視線を全身に浴びる。うーん、そこまで注目されると落ち着かない。確かに今後のログイン時間だけなら自慢できそうだけど。


「こんな形になっちゃったけど、入団希望ってことでいいのかな」


「騒がしそうで楽しそうなので入ろうかなとは思ってます」


普段だったらたぶんこんなところ近寄りもしないだろうけど。折角のVRMMOなら積極的に旅していきたい。


「それは保証する……私としては普通そうな子が来てくれて大助かりだよ……なんでうちの女子たちはあんな感じのばっかりなのかな」


「まだあってない女性たちも」


「そこで寝てるドリちゃん含めて、うーん。でもリーちゃんとドリちゃんはまだまともなほうかな……」


このいきなり人をパしろうとしてきた人が、まとも?


「ま、まあ今はログインしてなかったりここにいなかったりするからいずれ紹介するね!」


「その時はボタンさんもよろしくお願いします」


「うん、まぁハナちゃんもミヅちゃんもわりとうちの中だと大人しいから大丈夫だと思うけど。私が立ち会うようにするね」


その大人しいとは針の投げる速度がいつもより遅いとかそういう類ではござらんですよね。


「うちの軽い説明すると、クラン【十二支】は小規模クラン、よく言えば少数精鋭のクランだね。ここのクランハウス【干支小屋】を拠点にして前線攻略したり、素材を取りに行ったり、いつか来たるイベントとかの参加も考えてるよ!」


おお、普通だ。悪名高いとか散々聞いてた割りに活動方針は普通のクランだ。


「モチーフで干支を抱いてるけど別に干支の動物縛りをしているわけじゃないから大丈夫かな。私が猪スキル持ってて、ハナちゃんが虎さんのスキル持ってたからってだけだし」


「そういえばボタンって名前で猪スキルって結構挑戦的ですね」


「牡丹肉の方じゃないからね!?牡丹花の方だから!」


ああ、そっちなんだ。だから髪の毛の色もピンク髪だったりするのかな。


「質問は……なさそうだね。じゃあこっちから質問してもいいかな?」


「大丈夫です」


「差し支えなければざっくりとステータス振りとか武器種、ストーリーの進行状況とかを教えてくれると助かるかな」


ステータス振りと武器種はわかるけど、ストーリー?第何の街まで進んでるかとかかな。


「ステータスはAGI極振りで、武器は短剣、一応片手剣も含めて二刀流にできます。ストーリー……はわからないですけどまだほとんど平原から出てないですね」


と告げるとメモをしていた手を止め固まる。その様子を見て僕はああ、よくフリーズする人なんだなと思っているとまたギギギと音を立てるかのように動いた。


「まさかこんな新人も新人さんを連れてきたとは。防具とか気にせず武器だけを強化してるタイプと思ったのに」


「えっと、何か不都合なことでも」


「いやいや、こっちの問題だよ。そんな不都合なことはないんだけど……うーん」


「やっぱり何か……」


悩まし気に胸の下で腕を組んでいる。胸が持ち上げられ強調されるが、この人VRMMOとはいえすごい恰好だな。防御力低そう。


「うちのクランハウスの干支小屋って一応第二の街にあってね、ハナミたちはテレポート使ってきたと思うけどあれも開放されるの第二の街からなんだよね」


なるほど、進行度が思っていたよりも低かったのか。そりゃこの前始めたばかりの新人ですけど。


「それにしてはミヅちゃんを撃退しちゃうなんてって痛っ……くはホームだからないけどミヅちゃん!すぐ針投げるのやめなさいって言ったでしょ!」


仲いいなぁ。


「うーん、よし!うちは別にノルマとか入団条件とか決めてないけど……とりあえず第二の街まで行ってもらおう!」


「とりあえず武器強化しようと思っていたんですけど……」


「そういえばそういうのしたくなる時期か。よし、ならうちのクランもメリット提供しないとね!」


そういうとメニューパネルをいじり始め、どこかへチャットを送り始めた。いったい何を……?


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