4話 

 AGIの表示に周囲からやっちゃったなと言う生暖かい視線が送られる。

 まさかそれほどまでに重いことをしてしまったのか。冷汗が流れる。


「キャラ再生成……?」


「落ち着いてー、このゲームキャラ再作成面倒くさいし少し大変なだけだから~」


 それならよかった。いやよかったかな。問題点がわからないから判別しがたい。


「わかりやすく言うとー……ちょっと空けてもらって。うん、コマイヌ君ここからここまで走ってみて~」


 施設の壁側とそこから5m程度を指定される。距離的には教室の端から端くらいかな。

 短距離も短距離だから走るというより跳ぶ、瞬発力のテスト?なぜそれをやらされるかは不明である。


「よーい、ドン~」


 号令とともに足に力を入れ……と思ったのもつかの間、気が付くと目的地を大きく通り越し壁まで……


「べぱぼぁ」


 壁に激突した。

 街中ではダメージがないのでエフェクトすら出ないが鈍い衝撃が全身に走った。


「とまあ、VRMMOで筋力とか頭の良さは攻撃力って換算だからいいんだけどー、AGIってもろに影響受けちゃうんだよね~」


「身をもって体感しました……」


 そりゃあ初期値の6倍なのだ。今デスペナルティ中で半分程度になってるとしても3倍だから。

 もしデスペナルティが外れでもしたら……吹っ飛ぶのかな。


「今デスペナルティ中なら丁度いいかもね~。VRMMOはステータス一気に振ると文字通りからー、AGIはちょびちょび振るのがおすすめだったってこと~」


 ◇


 オネーチャンさん……いや本当にプレイヤーネームが【オネーチャン】なのだ。自分でキャラ作ったのだろうかあの人。雰囲気はピッタリな名前ではあると思うけど。


 このゲーム性別詐称、俗にいうネカマができないから男性の趣味でできたキャラとかではないはずだが。


 あの後オネーチャンさんにステータス以外のスキルの取り方やらスキルツリーやら職業(ジョブ)やらインベントリ整理やらクエストの受け方やら……


 いやここまでチュートリアルに含まれていないのはいくら何でも酷くないだろうか。初心者支援クランがあるのも納得の不親切さ。


 リアリティ……いや不親切だろうな。父さんが手伝ってるし。あの人変なとこスパルタかつ気が利かないし。


「おっ、ウサギだ」


 先ほど2度目のデスを僕に与えたウサギ……一定時間が経ったからか僕がデスすると連続撃破が途切れるのかわからないけど、また1匹で現れ僕に角を向けて突進してきた。


 溜めモーションがわかったら簡単に回避でき


「よ"っ"ぁ」


 忘れていた。今の僕はAGI6倍、ペナルティで半分の3倍……さっきまで跳んで避けてた距離の数倍吹き飛んでいくんだった。まさに振り回されるの表現がしっくりくる。体(キャラクター)と脳(プレイヤー)が一致してくれなくて、動きがオーバーになってしまった。


 そしてそのまま草原にあった手ごろな感じの岩に激突して声を出す。


 先ほどまでの街中とは違いしっかりとダメージエフェクトが出て、僕の体力を削った。ついでにメンタルも削れた。


 デスペナルティ中でただでさえ初期値のVITが下がってるからめちゃくちゃ痛い。ただの岩なのに。たぶんウサギの突進より痛かった。


 ウサギはこちらの困惑など気にしてくれないようでお構いなく再度突進してくる。

 冷静に立ち上がり今度はステップを踏まず体を逸らすことで対応する。短剣を構えなおして正面から対峙する。たぶん弾いたほうが楽そう。

 そういえば覚えたまま使っていなかったスキル使ってみるか。


 思考パターンをトレースしてくれるらしく……ざっくり言うと使おうと思って剣を振ればスキルが使える。


【 Active Skill :《スラッシュ》 】


 緑色のエフェクトを纏った剣はスキルアシストの通りに僕が振るよりも早く敵を切りつけ、いつもより多くのダメージを与えた。


 剣系スキルツリー 《スラッシュ》

 剣に類する武器種により一定速度で攻撃するスキル。


 この単純明快なスキル説明通り剣を振り下ろすだけなのだが、初期値の戦闘初心者の僕がやる適当な切りつけよりは、なかなか威力が高い。


 スラッシュの短いリキャストを待ち、もう一度スラッシュを発動し無事1匹目のウサギを倒せた。


 経験値を確認し少し減ったMPに目を配る。この程度の消費ならスラッシュは結構連発できるな。

 出し得に見えるけどスラッシュは一度エフェクトがかかるとキャンセルできず、発動前後に若干の溜めがあるのでカウンターには弱い。と言ってもほとんど気にならないから出し得な気がするけど。


 スキルはステータスのBLV(ベースレベル)とは違いCLV(クラスレベル)というレベルが上昇することで、スキル習得可能数が増えてきて、クラスレベル増加と同時に増えるスキルポイントでそれが習得できる。


 続けざまに出てきたウサギにもう1つ習得した短剣のスキルを発動する。

【 Active Skill : 《ラッシュ》】

 先ほどよりも先端部分にエフェクトが付いた短剣で何度も突き刺す。


 短剣系スキルツリー 【ラッシュ】

 短剣で敵を繰り返し刺す。


 スラッシュと字面は似てるが別スキルだ。短剣系のみで発動できるスキルで相手を突く。

 どちらかというとスラッシュより合計威力が高いけど、スラッシュよりモーションが長いのでやや隙が多い。と言ってもどちらも初期スキルなので微々たる差だ。


 ならどちらか片方でいいじゃないか、と思っていたけど、スキルはスキルでキャンセルできる。


 回送中に都合よく2匹で出てきたウサギにまずスラッシュを発動し、ヒットした瞬間にもう一匹のウサギにラッシュを発動する。

 本来硬直が発生するタイミングでスキルを発動すればスキルでの連続攻撃ができるのだ。


 βの段階ではスキルが結構な数習得できていたようで、上位のプレイヤーは何個もスキルを連携させたり細かく移動スキルを挟んで複雑な動きをしたり協力なスキルでの必殺技を編み出したり……とスキル習得数により様々な戦闘の組み立て方があったらしい。


 僕といえばスキルを使えば動きが暴れないで済むからもっぱら攻撃用として助かってる。回避の際は頑張って相手の攻撃を最小限の動きで躱すことをイメージする。最小限で躱そうとすればだいたい大げさに躱すくらいになってくれるから。


 このスキルと(使えないけど)上がったステータスを武器にウサギ狩り連続記録更新頑張るぞー。


 と意気込んで数十分ほどウサギを狩ってみた。しかしちょうど夕飯の時間だったようで父親からの呼び出しで切り上げることにした。切り上げる頃には少しは慣れてきたのに、現実の体がいたく重く感じる。


 どうだった?と聞いてくる父親に素直に感想を伝えるのも気恥ずかしかったが、夕飯ギリギリまでプレイしていてつまらなかったもないだろうからここは面白かったことと感謝を伝えた。

 父さんは満足そうにそうかと頷き、母さんはよくわかってなかったけど嬉しそうにしていた。


 ただチュートリアルの不親切さは訴えておいた。おそらく次くらいのアプデで修正される。

 ……ことはないんだろうなぁ。



 ―――――――――



 食事を終えお風呂や歯磨きも済まし万全の状態で再度ゲームの世界に入った。

 空から落とされるのは初ログインのときだけらしく、普通にログアウトした地点から出てきた。


 そして広場の中央を見ると空から慌てた様子で落とされる人が……ああ、僕の時もこんな気持ちで見られていたんだろうな。


 まだ初めて数時間しか経っていないのに先輩のような気分を味わいながら南へ歩いて行った。今の僕はデスペナも解除された完全体コマイヌ……


「へぶ」


 忘れていた。というか失念していた。デスペナルティが解除された今の僕は慣れてきていた先ほどの僕の倍…つまり最初の6倍の速さになったのだ。


 うーん、父さんにAGIの調整も話したほうがいいかな。でもβテストでそこらへんが修正されなかったってことはたぶん理由があるんだよね。父さんの管轄か父さん以外の開発者の拘りかもしれないけど。



 考えながら歩いているとまたNPCの店の壁に激突した。


 というかこれもしかして僕が不注意なだけでは?



 ―――――――――



 壁に激突しながら曲がるスーパーボールみたいな軌道で南側草原前までたどり着いた。ここから先は壁もないし壁にぶつかるたびに訝しむプレイヤーもいない。だけど転ぶとダメージを負うから気を付けないと……気を付けて何とかなるなら街中でも気を付けろと。


「ログアウトしても連続記録は中断か……」


 ウサギが1匹で出てきてつい独り言が漏れてしまった。フィールドから離れると連続討伐が途切れるらしく本来なら2匹で来るであろうウサギが1匹だった。


 ふと思い至ったが連続討伐での群れ出現は何匹まで出てくるのだろうか。


 先ほどは5匹の群れになる40匹まではウサギだけを倒し続けたが区切りのいい50匹程度だろうか。


 まぁウサギの角があと2,3個出るくらいまでは粘ってみようと思い短剣を構えた。


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