冒険者、出発せり

 ノーツライザ周辺には広大な樹海があった。


 エルダーランド王国とグラディエント皇国の国境の役目を果たしている、途方もなく広がった陸の大海。

 そこには、邪悪な魔物、そして、それを従える人の魂を食らう不老不死の魔女が住んでいたという伝承が今でも残る、かつては禁足地でもあったフォルテナル樹海だ。


 今では、周辺の村や町の冒険者の狩場として重宝されてはいるが、強力な魔物が数多く潜んでいて、毎年、何人もの冒険者がその牙で命を落としていた。


 そんな経緯もあって周辺ギルドのほとんどが、例え、薬草採取の依頼であっても必ず二人以上の団体パーティーでの行動を義務付けているのだ。


 オズさんとわたくしは、集会場の前で薬草採取の依頼クエストの出発前の最終確認をしていた。

 あの場をしのぐための口からの出まかせは、皮肉にも採用されたのだった。


 オズさんは何故か鬼教官のように背筋を伸ばしている。


 「いいか、異世界転生者。たかが、薬草採取と言えど、少しの気のゆるみが死につながることもある!従って、いついかなる時も装備は臨戦態勢でなくてはならない」

 「それは重々理解していますが……、何ですかいきなり……?」

 「こほん。貴様はどうやらファルシアさんに気に入られたみたいだからな……、見てみろ集会場の窓を――」

 「ああ……」


 そういうことですか――。

 ファルシアさんは笑顔でこちらに手を振っていた。

 オズさんは、しっかりと面倒を見るように釘を刺されたのだろう。

 取り敢えず私は、笑顔で手を振りかえした。


 「でも、私。冒険者歴はそれなりにありますが……?」

 「そんなことは、知っている。しかも、貴様は異世界転生者だからな裸一貫で森に入っても平気だろうさ。……というわけで、これより持ち物確認を行う!」


 どういうわけなのだろう。とにかく、そんな流れで抜き打ちの持ち物検査が始まってしまう。


 「それでは、新入り!上官の後に続けい!!」


 いつの間にか部下になっていた私は、何かの創作物の登場人物になりきっているかのような口調のオズさんに、若干、飽きれ気味で対応した。


 「はぁ……」

 「……地図!」

 「持っています」

 「ナイフ!」

 「持っています」

 「水筒!」

 「持っています」

 「傷薬!」

 「持っています」

 「弁当!」

 「持っています」

 「……おい待て。見たところ。腰に差している剣以外は手ぶらに見えるが」

 「無限収納アイテムボックス注文オーダー水筒。――これでどうです?」


 涼しい顔をしながら私は、何もない空間から、慣れた手つきで水筒を取り出しては見せる。

 無限収納アイテムボックス。異世界転生者であれば、標準装備ともいえるチートスキルだ。

 オズさんは、一般人なら開いた口が塞がらないような光景を、つまらなそうに見ていた。


 「ふん。……まー、知ってたんですけどね!!!――では、出発するぞ」



 ※※※



 街を出て少し。

 私達は街道を爆走していた。


 「す、少し休憩……、休憩をお願いします……」

 「貴様、異世界転生者の癖にもう疲れたのか?急がないと日が暮れるぞ??」


 かれこれ一時間近く全力疾走をしていたのにオズさんの息は上がっていないのだ。

 この方、本当に人間なのでしょうか――?


 「オ……、オズさんは平気なのですか?」

 「当たり前だ。鍛えているからな。この程度で泣き言を言えば師匠せんせいに殺される」


 オズさんには師匠がいるらしかったが、今はそれについて聞く気にはなれなかった。


 「こんな事になるなら、馬に乗ってくればよかった……」


 そう私が呟くと。


 「何を言うか、こちらの方が鍛錬も出来て得だろ」


 ん、この方は何を言っているのでしょうか――?

 どうやら、オズさんは独特の感性をしているようだ。


 「うぅ……、吐きそう」

 「――、仕方ない奴だな」


 ともあれ、少し休憩を許されて、その後は、徒歩となった。


 「……、一つ宜しいですか?」


 脳に酸素がいくようになって、私は、気になっていた事をオズさんに質問する。


 「なんだ異世界転生者?一つだけだぞ」


 意外と律儀だ。


 「良かったのですか、その……、なんと言いますか――」

 「――?煮え切らない奴だな、何話だ?」


 オズさんは、いぶかしんだ。


 「ですから!私の事を追放しようとしていたではありませんか」

 「あぁ、そのことか……、あの事はもう忘れてくれ……」


 オズさんは先ほどの事を思い出し、項垂れる。

 何かを悟ったように視線の先は、遥か彼方と言った感じだ。


 「忘れてくれと言われましても……」

 「いいか、このギルドには怒らせてはならない人物が何人かいる……!」


 そして、急に頬に一筋の汗を流しながら真剣な顔つきになる。


 「何人も……、ですか……」


 不穏な内容の言葉に、私にも緊張が伝染する。


 「その一人がファルシアさんだ。あの人は気に入った人物がいたらとことん愛でる。そんな性格なのだ。その対象である貴様を、もしまた、追い出そうとでもするものなら……、俺は、先程の様な非常に!耐えがたい辱めを受けるだろう。――……。それに比べたら大抵なことはマシに思える。例え、異世界転生者きさまらにろくでもない迷惑事に巻き込まれてもな」


 どうやら本当にオズさんは、自分に迷惑がかかると言う理由で私を追放しようとしていたようだ。

 しかし、それも失礼な話である。現にまだ私は、何も迷惑をかけていないのだ。


 「本当にそのような理由で、追放しようとしたのですか……」

 「なにを言うか!俺がどれだけ貴様らに人生を狂わされてきたことか……。――、大体、お前。この前、隣町のデイルトンのギルドを追い出されてきた奴だろ?」

 「ぎくッ」


 私はなんとも古典的なリアクションをしてしまう。

 

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