第二十四話 家宅捜索

「そっか、そう言えば漆原くんと初めて会ったのは三ヶ月前だっけね?」


 半年前だと勘違い、と言うよりあまり頭を働かせずに適当に返事しただけなのだけど、私にとっては漆原麟太郎と最初に会ったのはいつなのか? だなんてどうでも良い話だってことだ。


「そうだよ、去年の十月半ば過ぎだよ。そん時撮った写真もあるし。ほら」と漆原はスマホの写真を見せた。

「ちょっと待ってよ、それいつ撮ったの? なんで私がそんなににこやかに写ってるわけ? 流石にそれは全く覚えてないんだけど」

「へへへ、それが俺の特技。隠し撮りじゃないよ。撮られた方が気付いてないだけ」

「隠し撮りじゃない、とは?」

「うん。ほら、いまどき誰だって普通にスマホ片手に持ってるでしょ? 俺はただその持ってる風なだけの仕草で、シャッターチャンスを逃さない」


 そんなこと出来るの? ていうかそんなの隠し撮り専門家のプロ探偵でも出来ないぞ。


「撮りたいなと思った女の子が笑ったときだけね。ゲットした女の子の写真を撮り初めて、何百回か何千回、やってるうちに勝手に身についちゃった技術だけどさ。凄いだろ?」

「えー、マジでそんなこと出来るわけ? ちょっと見せてよ」


 と、私は漆原からスマホを受け取って写真をスワイプして他の写真も見た。そう言えば、どの写真も確かに構図が微妙。女性の顔が中心に来てなかったり、斜めになっていたりするものばかりで、以前に見た時は撮り方がうまいなと思ってたけど、なんだ、ただの偶然の構図だったわけか。


「しかしこれって確かに凄い。どの写真も女の子の笑顔の一番いい瞬間って感じがするね。凄い才能かも。漆原くんって探偵向きなんじゃない?」

「いや、探偵はやりたくないな。杏樹さんに協力するのは楽しいけど、職業にはしたくないね」


 こっちも冗談で言ってるだけだ。スキがあればナンパする人に探偵なんか無理。にしても、こうやってスワイプ続けていても、どの女性の写真も見事に笑ってる瞬間だな。あ、この写真って……。


「てことは、この香西雪愛の写真も、偶然笑った瞬間を撮ったってこと?」

「そうだよ。いつ撮ったかまでは覚えてないけど」

「何だ、そうだったのか。あの詐欺師の香西雪愛が写真なんか撮らせてくれるわけないと思ってたから不思議だったの。漆原くんの特技で撮れた写真だったわけね。納得」


 現在、朝九時過ぎ。昨日も、ウィメンズオフィス向かいの独身者向けマンションに来たのに、私自身が漆原も来るように呼んでおいて、その用事をすっかり忘れて――。


「じゃぁ、監視よろしくね」と帰りかけてしまうところだった。

「杏樹さん、なんか俺に話、あったんじゃないのか?」


 頭の中は、仲西麗華のことばっかりだったから。


「そうだそうだ、私がわざわざ漆原くんを呼んだんだよね。ごめんごめん、忘れてた。えっと……、ここのパソコンに写真をダウンロードするから、ちょっと見てくれない?」


 そう言って私は、事前にクラウドにアップしていた、昨晩、あの仲西麗華と相手の男がいた喫茶店や尾行中に撮った写真や動画を、そのパソコンのハードディスクにダウンロードして、開いた。


「ここに写ってる女の子が、依頼主の女の子なんだけど」

「わぁ、すっげぇ可愛いじゃんか。なんか真面目そうで清楚な雰囲気だけど、でもこの子が売春――」

「いいのよ、そんな事は。それよりさ、その前にこっちに背中向いて座ってる男、この男をもしそこで見かけたら、しっかり区別しておいて欲しいってこと。連絡も迅速に」

「いやいや、ちょっと待ってよ。これ顔も写ってないじゃん。どうやって見分けんのさ?」

「難しいのは分かってる。でも髪型とか、なんか雰囲気とか、この着てるスーツの色と似てるとかさ、一応特徴はあるから意識して見分けてほしいの。その男は重要参考人物だから」


 今のところは推定なのだが、ウィメンズオフィスがもしかしたら売買春の窓口のような存在になってるのではないかと、私は仮定していた。性犯罪被害者支援のNPO法人がもしそうならば、ある意味絶好の隠れ蓑なのでは、と。


「重要参考人物ですか。こりゃ難しいなぁ。動画もあるみたいだから、歩き方に特徴でもあればいいんだけど……」

「そのとおり。歩き方は人によって違う。そこも注意して見ておいてね」

「分かったよ。それとさ、杏樹さんにお願いがあるんだけど」

「お願い?」

「うん、ちょっと大きな声では言い難いから、耳貸して」

「耳? ここ二人しかいないんだけど?」

「いいからいいから」


 変なやつだなと思いつつ、まぁいいかと漆原に対し横を向いたら漆原は自分の口を手で囲うようにして私に耳打ち――。それを聞いて流石に肩から力が抜けた。


「君って人は呆れた奴だな。きちんと私に許可を貰っておこうっていうところは殊勝だけど、……そうか、その目的でベッド入れたわけか。ったくもう」


 漆原は、少し悪びれて、口をへの字に曲げてるけど、目は笑ってる……。まぁ、しかし、給料はタダでいいとか言ってるし、仕事はきちっとやるとも言ってるからなぁ。くっそー、主義としてそんなの認めたくないんだけど、経営者としてはそれで問題はないし、コストも浮くし……。


「分かったよ。但し、条件がある。一日一人だけ、って事と、ここに私や三島が来る時はインターフォン鳴らすから、やってたらそこで中止して。絶対だよ?」

「いいよ、その条件で。じゃぁオッケーってことだよね」

「はいはい、ほんと君って病気だね」

「うん」と、ニコニコして返事しやがった――、とスマホが鳴った、三島だ。


「はい、藤堂で――」

〈社長! 大変です! すぐこっちに戻って下さい!〉

「え? なんかあったの?」

〈警察が来てます!〉


 な、何だって?!


「警察って、一体?」

〈今から家宅捜索、って、あっ、まだ入らないで! 待って下さい!〉

「ちょっと、三島! 電話を警察の人と変わって!」

〈はい……、……あー、もしもし?〉

「社長の藤堂ですが、家宅捜索って一体どういうことですか?」

〈社長さんですか、朝から申し訳ないですねぇ、令状出てますんで、家宅捜索させてもらいますね。社長さんも出来るだけ早く戻ってきて下さい〉

「令状? 一体どんな容疑ですか?」

〈探偵業法第六条(※)違反の疑いがありましてね。こちらへ戻られるまで何分ぐらいかかりますか?〉


 そんなバカな? そりゃ多少はやばいこともするけど、バレるような事は何も……。


「三十分くらいかと……、でもそんな、うちは違法なことはしてませんけど?」

〈それは調べてみないことにはねぇ。では家宅捜索させていただきますので――〉

「ちょっと待ってよ!」

〈あ、三島です。もう始まっちゃってます。どうしましょう?〉


 どうしましょうって……、くそっ。


「分かった、急いで戻るから。警察に抵抗はしないでね。じゃぁ」


 何がなんだかさっぱりわからないけど、とにかく急いで戻らなきゃ。


「杏樹さん、もしかして会社が家宅捜索なんですか?」

「うん、そうみたい。ごめん、すぐ帰らなきゃならないけど、指示した件お願いね。あ、多分ここには警察は来ないと思うけど、もし来たら抵抗せずに、警察に従ってね。じゃぁ。あ、ナンパしてこの部屋に連れ込むのはさっきの条件、絶対に守ってね。そうしないと流石にクビにするしかないからさ」

「わかったよ。じゃぁ、杏樹さん急いで」



 あれが不味かったのか、それともあっちの件か、そうじゃなくてあの張り込みを通報されたのか、それとも――、と色々な案件での法律に引っかかりそうな状況が頭の中を駆け巡る状態で、車を会社まで走らせる。だけど、相当やばいことをしない限り、探偵会社が家宅捜索を受けるなんて、聞いたことがない。どう考えてもうちの会社はあったとしても微罪しかあり得ないし、そんな微罪で家宅捜索なんて考えられない。妙なタレコミでもあったのだろうか? どこかに恨みでも買ったのかなぁ?


 会社に到着すると、刑事が五人がかりで捜索と押収をやってるもんだから、うちみたいな狭い事務所、とてもじゃないけど中には入れる雰囲気ではない。当然三島は事務所の外通路に出てスマホをいじっていた。


「三島、遅くなってごめんなさいね。どんな感じ?」

「さぁ、よくわかりませんけど。ついさっき、パソコンと探偵道具資機材は全部持っていかれてしまいました」

「えーっ、ほんとに? 困るなぁ。責任者みたいな人は中にいるの?」

「はい、呼びましょうか?」

「お願い」


 三島が事務所の出入り口から責任者の刑事を呼ぶと、すぐ外に出てきてくれた。


「すみませんねぇ、藤堂さん、でしたっけ?」

「はい、社長の藤堂です」

「さっき、令状はそちらの三島さんにお渡ししていますので、申し訳ないんですけど、捜索が終わるまでしばらくお待ち下さいね」

「じゃぁそれまで仕事はできないってこと?」

「別におたくさんたちを逮捕するわけじゃないんで、やってもらっても構いませんけど、出来ますかね?」


 まぁ、無理だな、と三島と私は目を合わせた。


「じゃぁ、お好きなように捜索して下さい。警察の邪魔はしませんので」

「すみませんねぇ、出来るだけ早く終わらせますので」


 結局そこから一時間弱掛かって、家宅捜索は終わり、押収物とともに刑事さん達は消えた。押収物総量は大きめの段ボール箱十個分。よくもまぁ、そこまで押収しやがったなというくらい、事務所に入ったら以前より広さを感じるほど。


「これじゃ仕事にならないね。どうする? 三島くん」

「でも、パソコンデータは大丈夫ですよ。必要なのは全部クラウドに上げてますし、貸し倉庫に古いパソコンまだ残ってますから何とかなります」

「そっかー、警察の人ってIT弱いって評判だからね。まさか必要なデータはクラウドにあるだなんて考えもしないんだろうね」

「ですね。とりあえず、貸し倉庫まで行ってパソコン取ってきます。社長はどうしますか?」

「そうだねぇ、じゃぁ古いパソコンあたしのもセットアップしておいてね。私は例の件で仲西麗華に会ってくる」

「分かりました、じゃぁ僕は今から取ってきます」


 三島はこのビルから二百メートルほど離れたところにある貸倉庫ビルに向かった。私はと言うと、少し広くなった事務所の中でソファーに座ったまま、やっぱ探偵は浮気調査とかするから、もしかして調査された人から恨まれたりすることもあるのかなぁとか、どうして家宅捜索などされたのかについて、頭の中であれやこれやと考えてばかり――。でも考えていてもしょうがないと、事務所から出て、エレベーターで一階まで降りて、ビルから出ようとしたその時だった。


 ふと何故だか、ビル出入り口のすぐ内側にある郵便受けが気になった。普通は先に出社する方が郵便受けを確認するし、今日は三島が確認してるはずなのだけど……、と思ってナンバーロックを解除して開けると、そこに一枚の小さなメモ用紙が入っていた。なんだろう? と思ってその折りたたまれたメモ用紙を開いてみたら。


〈余計なことはするな。もっと酷いことになるぞ〉と書いてあった――。




※探偵業法とは「探偵業の業務の適正化に関する法律」の事。その第六条では「探偵業務を行うに当たっては、この法律により他の法令において禁止又は制限されている行為を行うことができることとなるものではないことに留意するとともに、人の生活の平穏を害する等個人の権利利益を侵害することがないようにしなければならない」と定められていて、要するに探偵だからと言って法律に反するような行為、例えば第十話で出てきたような住居侵入などはしてはならないということが定められている。違反すると最悪の場合、半年間の営業停止になる。

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