あなたが望まない才能を望む誰かが待っている

ちびまるフォイ

自分を信じる才能

「聡美、あんたまた漫画なんか描いてるの?」


「もうノックくらいしてよ!」


「来年には受験なのよ。それに陸上の全国大会も控えているんでしょう。

 こないだも勝手に部活サボったそうじゃない。

 それで部屋で漫画を描いてるなんて、なに考えてるのよ!」


「私は漫画家になりたいの!」


「またそんなことを……お父さんからもなんか言ってよ」


「あのな、漫画家になれるのはごくわずかなんだ。

 才能のある人でもなかなかなれるもんじゃない……。

 聡美は足が速いんだから、そっちのほうを頑張れば……」


「ほっといて!!」


両親を締め出して漫画を描き続けた。

原稿には涙がにじんでいた。


「私は本当は漫画家の才能が欲しかったのに……」


原稿が落ち着いたところでスマホで時間を確認すると、

画面には見覚えのない通知が届いていた。


『あなたもいらない才能を交換しませんか?』


思わずタッチするとアプリが開いた。


『才能シェアアプリ"ギフト"へようこそ!


 ここでは、あなたが望んでいない才能を提供し

 他の誰かから不要になった才能と交換することができます』


「才能を交換……もしかしたら、これで漫画家の才能が手に入るかもしれない」


『ただし交換用に提出できる才能はひとつだけです。

 複数の才能をまとめて交換に出すことはできません。

 1:1の才能交換だけです』


その先の説明はもう読む気になれなかった。

早く漫画家の才能を手に入れたい一心で、私は自分の陸上の才能を交換に出した。


『才能提供ありがとうございます。

 ただいま、才能交換先とマッチング中です...』



『マッチング成功』



『あなたの体に新しい才能が提供されました!』


提供された才能は「ピアノ」の才能だった。


楽譜もろくに読めないのに鍵盤に指を乗せるだけで、

次にどう指を動かせば良いのかが勝手にわかる気がした。


「い、いらない……」


私がほしいのはピアノじゃなくて漫画の才能。

ピアノの才能をちょっと試したらすぐに再度交換に出した。


『あなたの体に新しい才能が提供されました!』

『あなたの体に新しい才能が提供されました!』

『あなたの体に新しい才能が提供されました!』


それから何度も何度も才能のキャッチ&リリースを繰り返したけれど

漫画家の才能はなかなかやってこない。まるで才能ガチャ。


「漫画家の才能がある人が、漫画家の才能を捨てるわけないよね……」


何度も交換を繰り返して諦めかけたころ、その事実に気付いてしまった。

漫画家という花形の才能を望まずに捨てるなんてありえない。


「ちょっと時間をおいてみようかな……」


これだけ交換を繰り返してもなかなか手に入らないということは

今の段階で才能シェアの中に漫画家の才能を提供している人はいないと思った。


時間をおいてまた再チャレンジすれば、気まぐれに漫画家の才能を手放した人が現れるかもしれない。


私はとりあえず今の「数学の才能」をキープすることにした。

数学なんて興味もない教科だったのに才能を得てからは見方が変わった。


「聡美ちゃんすごい! 満点!?」

「クラスの男子より取ってるじゃん!」

「こんなに数学得意だったっけ」


才能を得てからは簡単に答えが導けるようになった。

たいして勉強していないのに満点を取れるのだから才能は恐ろしい。


でも数学の才能なんて別に欲しくもないし、失って惜しくもない。

漫画家の才能を誰かが寄付してくれるかなと思った頃合いに交換した。


「今度はバレーの才能……これもいらないなぁ」


その後も才能を得ては少し時間をおいてまた交換。

時間を起きつつ何度も何度も漫画家の才能が手に入らないかとチャレンジした。

いつまでたっても漫画家の才能は降りてこない。


「もうくじ引きの才能とかないのかなぁ……」


うんざりしながら学校へ行くと、先輩に引き止められた。


「あなたが2年の聡美さん?」

「え? あ、はい」


「あなた、バレーの才能があるんでしょ!?

 うちのバレー部に入って一緒に全国を目指しましょう!!」


「いや私は……才能ないんで……」


バレーの才能なんてちょっと使ってすぐに交換に出してしまった。


「うそ?! あなたのクラスの女子からものすごいレシーブをしたって聞いたわ!?」

「まぐれですよ、あははは」

「まぐれで回転レシーブできたら、みんなオリンピック選手よ!」


なんとか先輩を振り切った。

勧誘はそれだけにとどまらず多方面から声がかかった。


「絵画の才能があるんだって!?」

「数学の才能を生かしてぜひうちの研究会へ!」

「映画の才能があると聞いたよ!!!」


「「「 ぜひその才能をうちに!! 」」」


私が才能をとっかえひっかえしているうちに、

「マルチな才能」として噂は広がってたくさんの人が押し寄せた。

悪い気はしなかった。


どの話も断りはしたけれど、誰かに求められて怒る人はいない。


前まではちょっと人より足が早いというだけで、

その道だけを進むように強制されていたのに今はこんなにも選択肢が広がっている。


「2年の前田聡美って、お前か」


「はっ……隼風先輩っ……///」


「3年で噂になってる。お前のソフトボールの才能がすごいってな。

 他にも足が早くて、頭が良くて、反射神経もいいみたいじゃないか。

 よかったらうちの部に入ってくれないか」


「もちろんです!!!」


憧れの先輩にほだされて返事をしてしまった。


今私の手元に残っている才能はソフトボールの才能。


正直、漫画家の夢を諦めることはできない。

でもソフトボールの才能を交換に出さなければ、

漫画家の才能が手に入る可能性は得られない。


「どうしよう。ソフトボールを手放すか、漫画家を諦めるか……」


憧れの先輩に期待はずれとして思われたくない。

でも漫画家の夢は子供の頃の夢。


アプリの画面を見て悩んでいたとき悪魔のひらめきが浮かんだ。


「……別に、本当に才能を提供しなくってもいいよね……」


私は今はなき「陸上の才能」と題して交換に出した。

残っている凡庸な才能の提出でエラーが出るかと思ったがすんなり通ってしまった。



『才能提供ありがとうございます。

 ただいま、才能交換先とマッチング中です...』



『マッチング成功』



『あなたの体に新しい才能が提供されました!』


<漫画家の才能>



「うそ!? うそうそうそ!? やったぁ!!!」


あまりの嬉しさに部屋でもんどりうった。

ついに待ち望んでいた才能が手に入った。


偽の才能を提出したのは悪いと思うけれど、

ソフトボールの才能と、漫画家の才能を両取りできて幸せすぎる。


さっそく原稿に向かうと前とあまり変わった感じはしなかった。


「漫画家の才能って、意外と自覚症状がないものなんだなぁ」


天才漫画家は次のコマ割りが見えたり奇想天外な話が浮かんだり

魅力的なキャラクターが山のように浮かぶと思っていたがそうでもなかった。


それでもペンを進めて提出した漫画は編集の目に止まったと連絡が来た。


『おめでとうございます。あなたの持ち込み作品を本誌で掲載させてもらえませんか?』


「え!? いいんですか!?」


『あなたには才能がありますよ。いろんな経験が漫画に出ている気がします。

 数学が得意な元バレー選手のソフトボール漫画なんて面白いですよ』


「ありがとうございます!」


『つきましては、編集長との打ち合わせがあるので来てください。

 編集長はお忙しい方なので、会えないと本誌掲載の話も流れるので気をつけて』


私に実績がついてからあれほど受験だ陸上だなどと言っていた両親も、

手のひらを返したように私の夢を応援してくれるようになった。


結局、自分の娘が失敗することが嫌だっただけなんだと思った。


さっそく編集長との面談会場へと向かった。


「運転手さん、○○社のビルまで!」


「お客さん、それはいいけど今渋滞しているみたいだよ?」


「渋滞!? 困ります! 時間に間に合わないと私漫画家デビューできないんです!!」


「電車はこの大雪で止まってるし、タクシーでも渋滞の状況じゃあ……」


「……走ります!!」


「でも○○社のビルってここから何キロあると思ってるんだい!?」


私はタクシーを飛び出し、原稿を抱えて猛ダッシュ。


今の私にはソフトボールと漫画家の才能しかない。

このチャンスを逃してしまったらもう後はない。


「はぁっ……はぁっ……つ、着いた……」


なんとか時間ギリギリに到着した。

編集長は私の到着に驚きを隠せなかった。


「いやあ、間に合うとは思わなかったよ。

 ちょうど今時間を遅らせようかと話していたところさ」


「間に合ってよかったです……はぁっ、はぁっ……」


「原稿も読ませてもらったよ。君はすごいね。ぜひデビューしてくれ」


「あ……ありがとうございます! 走ったかいがありました!!」


私が深々と頭を下げると編集長は笑った。


「走ったかいがある、か。たしかにね。家からここまでは随分距離があると聞いたよ。

 それをこんなわずかな時間で到着できるなんて、

 君には漫画家の才能だけでなく、陸上の才能もあるのかもしれないね」


「いえ、私に陸上の才能なんてないですよ。漫画の才能だけです」


私が手に入れたのは<漫画家の才能>と書かれた才能だから。




たとえ、その中身が別の才能だったとしても。

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