第26話 王様と魔法使いと私

 ユメ様 ユメ様

 ごめんなさい、ごめんなさい。


 オルデンブルク伯爵様の邸宅を出発して王都に向かう途中、私は一人の年配の女性から涙ながらの謝罪を受けた。

 なんのことだろう?と最初は戸惑ったが、どうやらトイフェルがオルデンブルク伯爵邸に訪れた際、通りすがったトイフェルの存在に気付かず、私のことをうっかり話していたらしい。

 そういえばこちらの女性、町の病院でアレクサンドラ先生のお手伝いをしたときに何度か診た覚えがある。


 そんな彼女が私のことを他の人に話すのは普通のことだと思うし、たまたま偶然知られるきっかけになったからといって、責めるだなんて勿論もちろんできない。

「どうか泣かないで下さい。貴女あなたのせいではありませんよ。」

 そう言って私は、彼女が罪の意識に潰されないよう、にこやかに笑った。

「だから、安心して伯爵様の帰還をお待ちくださいね。」


 さて…と。

 あの時は大見得おおみえを切ったのだけれど、この状況…どうしたものか。

 目の前には今回の元凶たるトイフェル、王様、オルデンブルク伯爵、アレクサンドラ先生、そして私を案内してきたニコラウス内務大臣、フリードリッヒ近衛兵隊長、フェルディナンド宮廷魔女、私の隣にはメアリー。

 ちなみに伯爵と先生は、私の姿を見て目を丸くしている。

 口も開いたままだし、私が姿を見せたことによほど驚いたのだろう。


「ニコラウス、どうして彼女をここに連れてきたのですか!」

 トイフェルが席を立ち、ニコラウスに詰め寄る。

「トイフェル、君から頂いた指示は、城門にいるユメという魔女を城内に招き入れ、もてなしておけというものだ。場所の指定はなかったじゃないか?」

 わぁ、あおあおる…。やっぱりニコラウスさんはこの状況を楽しんでいるのだろう。うん、決まりだわ。


「常識的に考えて下さいよ、どうやってこの場でもてなすというのですか?」

 トイフェルはすっかり逆上している。

「おや?君はこの魔女を探していたんだろう?そのためにオルデンブルク伯爵とアレクサンドラ先生を招聘しょうへいしたんじゃないか。」

「うむ。」

 王様がこれに相槌あいづちを打った。

「そこに当の本人が現れたのだから、連れてきた方が話が早いだろう?それとも、連れてきてはいけなかった理由でもあるのかい?」

「むむむ…。」

 論点のすりかえだが、図星のトイフェルは何も言い返せなくなった。


「ふむ。この少女が先ほど話しておった者であるか?」

 王様が口を開いた。

 トイフェルは苦虫を噛み潰したような顔をしながら無言で頷く。

「予はフランク王国第13代国王ルートヴィヒである。うら若き乙女よ、自己紹介をしてもらおうかの。」

 威厳は感じるが高圧的ではない。この王様、話せばわかるタイプの人のようだ。

「はい、王様。私は魔女のユメと申します。こちらは娘のメアリーです。」

 え!という声がアレクサンドラ先生から聞こえたが、私は聞かなかったことにした。

「ずいぶんと年齢が近いように見えるが、親子…であっているのかな?」

 王様も少し面食らったような顔をしている。

「はい。彼女はハーフエルフとしてこの国で生まれ、迫害され、そして親を殺されました。天涯孤独の身でありましたところ、私が里親を引き受けました。」

…か?」

 王様が神妙な顔をして私を見る。

「はい、、でございます、王様。」

 そう言って私は王様をじっと見据えた。


「な…なんたることであるか。年端も行かぬ少女がそのような目に遭うような国家に未来などないわ!ニコラウス、どういうことであるか!」

 そうか、国内での迫害などは内政問題だから、責任者は大臣のニコラウスさんなんだ。

「ははっ。おそらくは、アヴァロンの地であろうと思われます。かの地は隣接するエルフ部族と人間の部族とが反目しあっております。根の深い問題であることから、優秀な監察官でもある高等魔法使いを配置し、いさかいを抑えつつ解決にあたっておったのですが、に引き抜かれてしまいましてな。」

 ニコラウスが視線をトイフェルに向けるが、トイフェルは視線をそらしながらしかめっ面をしている。十中八九、引き抜いたのはトイフェルだろう。

「いやいや、代わりの監察官を派遣しようにも、対応が追いついておらぬのですよ。なにせ、優秀な魔法使いは皆、王宮に集められておりますゆえ。」


「それは!国家の一大プロジェクトのためと何度も説明したでしょう!王の許可も得ています。ニコラウス殿、王の意向に逆らうというのですか!」

 トイフェルは激高してニコラウスに詰め寄った。フェルディナンドも「そうですわ!」とまくし立てる。

「私はありのままの事実を申し上げたまでですぞ。」

 一方、ニコラウスは涼しい顔をしている。

 王の御前であるぞ、とフリードリッヒが諌めるまで、一触即発の様相を呈していた。


「ふん、まぁよい。それもこれも、この魔女の力で解決するのだからな。」

 私は急にトイフェルから話をふられて驚いた。

「私の見立てが正しければ、彼女の力で国家事業は完成する。さぁ、ユメよ。我と共に来るのだ。貴様のような魔女がまだ在野にいたことには驚きだが、その力を国家のために使うがよい。」

 はぁ?

 何を言ってるのだ、この人。

 何で従わなきゃいけないの?

 私はとてもイライラしてきた。


「お断りします。」

「そうであろう、そうであろう。国家プロジェクトに一介の平民が参加でき…なぬ!?」

 トイフェルが驚きの表情を浮かべる。

「もう一度言いましょうか?お・こ・と・わ・り、します!」

 そう言って私はトイフェルをにらみつけた。

「貴様ぁ!王国国民として、国への忠義を果たさぬ、というのか!」


「私、この国の国民じゃありませんので。国への忠義とか関係ありませんので。」

 な、なにぃ!?

 私の発言にメアリー以外、思わず声が出てしまっている。

「あ。だからといって、他国のスパイとかそういうのでもないですから。順を追って話しますね。王様、少し長くなるかもしれませんがよろしいですか?」

 ちらりと王様のほうを見る。

「構わんよ、続けてくれ。この場は無礼講でいこう。皆もよいな?」

 寛大な返事を即答してくれる王様に感謝だ。


「そもそも私はこの国はおろか、この世界の人間でもありません。異なる世界からこちらの世界に転生した異世界人です。かつて勇者と呼ばれた方と同じですね。」

 この場にいる皆、開いた口が塞がらないようだ。

「前世では何の力もない普通の女性でしたが、転生する際に神様から特別な力を授かりました。」


「失礼ですが、勇者であるということは証明できますか?」

 ニコラウスが私に尋ねてくる。もっともな疑問だろう。

「そうですね…。魔法はここで放つと天災級のものが発動してしまいますので、力のほうでよろしければ。あの、壊しても構わない金属の棒とかありませんか?」

「それならば、俺の予備武器を貸そう。なあに、刃こぼれがひどくて処分しようか迷っていた物だ。壊そうが捻じ曲げようが一向にかまわんよ。」

 フリードリッヒ近衛兵隊長が剣を差し出す。王の御前で、まだ勇者と確定したわけではない人間に剣を貸すなど、よほどのことと思うのだが、腕に自信があるのだろう。

 加えて、私が勇者だというのは半信半疑。こんな少女ごときが何もできないだろうと高をくくってるようにも感じる。ならば、意趣返ししてみようかしら…。

「ありがとうございます。それでは失礼して…」

 私は皆に聞こえないよう小声で「力よ…」と言い、刀の刃先を指でつまんでゆっくり力を込めた。

 ぐにゃり。

 刀は刃の部分が飴細工を作る途中の飴のように、いとも簡単に曲がった。

「曲げても構わないとのことでしたので、曲げてみました。いかがでしょうか?」


 ――ええええ!?

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