第25話 対峙への前哨

 青い 青い

 どこまでも青くみわたる空。

 これがただの馬車の旅だったら、どれほど楽しいだろうか。

 王都までの道中、あれこれ考えてみた。伯爵様と先生に迷惑のかからない救出方法、メアリーにも安全な方法…。

 何か…何かないものか…。

 しかし無情にも、何も策が思い浮かばないまま、王都にたどり着く。


「大きい…」

 オルデンブルグ伯爵の街も大きいと思っていたけれど、さすがは王都。その比ではないくらい大きい。

 3階建ての建物くらいあるだろうか、高い城壁が王都全体を包み込む構造で、城壁の内側には住宅や商店など、たくさんの建物が立ち並んでいるという。その中心には更に城壁で囲まれた王宮。

 王都内で2万人は住んでいるらしい。

 そういえば、レフィーナも大きな自宅を指して「王都や侯爵様たちのお屋敷に比べたらそうでもない」とか言ってたっけ。


「どうぞ、お通りください。」

 城門でオルデンブルグ伯爵から頂いた身元証明を見せると、すんなり入れた。この身元証明、ほんと便利で助かる。

 王宮の門の前まで馬車で送って貰うと、私はお礼を言って御者ぎょしゃの人と別れた。


 王宮の門は固く閉ざされており、2人の衛兵が門番をしている。

 さて、どうやって入ろうか…。

 身元証明があるとはいえ、さすがに王宮の中までは入れないだろう。

 何かトラブルを起こすと最悪、伯爵や先生に対する心証にも影響しかねない。

 よい方法が思いつかないまま無情にも時間ばかりが過ぎていき、それに比例して焦りが募っていく。


 これじゃあ何のために王都まで急いで来たのか分からないよ…。

 何が能力値最大カンスト…。

 肝心なときに役に立たなければ何の意味も無いじゃないの!


――ポンポン


 こわばった顔の私を見るに見かねたのか、メアリーは私の頭を優しく撫でてきたた。

「メアリー…」

「ユメ?難しい顔をしているけど…」

「王宮の中にはいる方法が思いつかないの。」

「どうして?中に入れてください、用があるんです、って言えば入れてくれないの?だって相手もユメに用があるんだよね?」


 その言葉に私は、ハッと我に返った。

 そうよ。あの宮廷魔法使いは、私のことを知りたくて伯爵と先生を呼んだんじゃない。だったら…


 意を決した私は王宮の正門に向かって歩いて行った。

「ここから先は王宮だ。立ち入り禁止だよ、可愛いお嬢さんたち。」

 衛兵の人が優しく声をかけてくれる。

「はい、存じております。」

「ふうむ、それじゃあ通行証か許可証は持っているのかな?」

 子どもに見えるからと言って、決してぞんざいに扱わないところを見ると、しっかりした衛兵さんのようだ。そんな衛兵さんを驚かせてしまうのは気が引けるのだけれど…。


「通行証も許可証も持っておりません。お手数ではございますが、宮廷魔法使いのトイフェル様に、ユメという名前の魔女がご挨拶に伺った、と仰って下さい。それで分かるかと思います。」

 案の定、衛兵は仰天した顔をした。

 トイフェルはこの国で一番の魔法使い。反対派貴族を自白強要魔法ゲシュテンドニス粛清しゅくせいした魔法使い。そして、名前を口にすることで盗聴魔法アブホルンが発動する「」魔法使いなのだ。

 名前を口にしたことで、盗聴魔法アブホルンは発動しているだろう。これで今から私と衛兵さんの会話も全て魔法で記録されるので、衛兵さんも正しく対処しないと自らの責任問題に発展する。申し訳ないのだけれど、これが私の狙いだった。


「き、君。その名前は…。」

 先に私に話しかけてきた衛兵さんとは違う、もう一人の衛兵さんが動揺しながら私に近づいてくる。

「衛兵さん、ご迷惑をおかけして申し訳ございません。しかしながら、私も伊達だて酔狂すいきょうでトイフェル様のお名前を口にしたのではございません。どうか、どうかお伝え下さいませ!」


「よ、よし。ここで待ちたまえ。」

 そう言って衛兵の一人が門の中に入って行く。そして10分後、衛兵さんは3人の王宮勤めの人と一緒に戻ってきた。

 一人目は随所に装飾が施された甲冑に身を包んだ人。髪はやや白髪交じりだが、並々ならぬ筋肉。肩から腕ではなく太腿ふとももが生えているんじゃないかと思ったほどだ。

 二人目はやや年配の魔女。いかにも魔女風の茶色のローブととんがり帽子を身に着けている。トイフェルは男性なのでこの人がトイフェルという事はないだろう。

 三人目は立派な髭を蓄えた文官っぽい老人。服には金の刺繍が施されており、地位の高さが伺える。


 3人は私とメアリーについてくるよう言った。

 メアリーを入れてくれなかったらどうしようか?とあれこれ考えていたが、どうやら取り越し苦労だったみたい。

 ともあれ、私とメアリーは王宮の中に入ることに成功した。


 応接室のようなところに来ると、3人のうち文官っぽい老人が口を開いた。

「王宮へようこそ、ユメ殿。私は内務大臣のニコラウス。こちらの鎧を着た者は王都警備隊のフリードリッヒ近衛兵隊長、女性は宮廷魔女のフェルディナンドです。」

 えぇええ…!?

 これって、国の各部門のお偉いさんたちってことだよね…。


「全く、なんでこんな小娘を師匠は…」

 フェルディナンドと紹介された宮廷魔女は、私たちに聞こえるくらいの声でブツブツ文句を言っている。

「おいおい、フェルディナンドよ。気持ちはわかるが、口にするもんじゃないぜ?」

 悪態をつく魔女を近衛兵隊長のフリードリヒが諌める。


 私にとっては悪口の重ね塗りなのだけれど、そこはスルーで。

 だって彼らの気持ちも理解はできるから。

 小娘二人がいきなりアポ無しで現れて、トイフェルに挨拶したいと言ってきたのだ。

 普通なら部下が軽くあしらうのだろうけど、トイフェルの指示なのだろう、お偉いさん3人の日常業務を中断させて、私たちの応対どころか、応接室への案内までさせている。


「お忙しい中、本当にすみません。」

 私は三人に向かって深々と頭を下げた。

 メアリーも私にならうようにあわてて頭を下げる。

からの指示です。お嬢さんたちは気にしなくて結構ですよ。」

 ニコラウス内務大臣が穏やかに返事をした。この人なら応えてくれるだろうか?私は一番知りたい質問をぶつける。


「あの…オルデンブルグ伯爵様とアレクサンドラ先生は御無事なのでしょうか?」

「うん?あぁ、そういうことか。なるほど、なるほど。」

 ニコラウスは一人得心したようにニッコリ笑いながら頷く。

「安心しなさい、無事だとも。二人とも別に何か法に背くことをしたわけではないから。宮廷魔法使いのからある人物の消息について質問したい、とのことで招聘しょうへいされたんだけどね、うむ、その人物というのが君のことなんだろうねぇ?」

 とりあえず二人に危険が及んでないことに私は安堵した。

「はい、おそらく私がそう…だと思いますす…。あの伯爵様と先生には会えませんか?」

 ニコラウスは少し考え込むと、いたずら少年のような笑みを浮かべた。

「よし、それならば部屋に案内しよう。今ちょうどと王様と4人で話している頃だろうから。」


「ちょっと!ニコラウス!いきなり王の御前に連れていくとか正気!?この子が何者かも分かってないのに!」

「そうだぞ!どこの馬の骨ともわからん奴を王に会わせるなんぞ、危険ではないか!」

 フェルディナンドとフリードリヒがニコラウスに食って掛かる。

 酷い言われようだが、王を守る立場の人間としては…まぁ当然だろう。少しムッとはするけれどね?少しは…。


「おやおや、そんなに頭に血を昇らせなさるな、ご両人。王国最強の剣士と魔法使いが側にいるのに、王に危害が加えられることなどあるのですかな?」

 そんなこと「ある」だなんて、近衛兵隊長と宮廷魔女のプライドにかけて絶対に言えない。言えないことが分かっているからこそ、あえて逆撫でするように言ったのだろう。

 …しかし、このニコラウスさん、状況を楽しんでないかしら?


 フェルディナンドとフリードリヒは、納得はしていないが、それ以上言い返すこともできず、黙ってしまった。

「さぁユメ殿。どうぞこちらへ。」

 そんな二人をチラリと横に見て、意気揚々とニコラウスは案内役を買って出る。


 伯爵、先生、王様、そしてトイフェルがいる部屋まで来ると、部屋の前に控えていた侍従が目を丸くした。

「に、ニコラウス様、これはいったい!?」

「王に取り次いでくれ。ニコラウスが火急の要件で参りましたと、な。」

「しょ、少々お待ちください。」

 侍従が部屋をノックし入る。


 内務大臣が火急の要件でと部屋まで来たのだ。当然、すぐに扉が開く。

 久方ぶりに見る、オルデンブルグ伯爵とアレクサンドラ先生の顔。その隣には立派な王冠を頭にのせた「いかにも」な王様。そして、さらに隣には濃緑色のローブに身を包んだ魔法使い。間違いない、この人が「粛清のトイフェル」本人だ。


――さぁ、役者は揃った!

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