能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神

第1章 異世界に転生しちゃいました?

第1話 ある日突然の事でした

 急げ。急げ。

 私、立花たちばな由芽ゆめ足早あしばやに駅へと急いだ。

 4月も2週目になろうかという頃だが、この時間はまだ肌寒い。

 顔には容赦ようしゃなく冷たい風があたる。

 退社時間を打刻だこくしたのが0時5分。あれから5分くらい経っているだろうから、今は0時10分といったところ。

 終電しゅうでんは0時23分だから、このまま急げばなんとか間に合う…と思う。

 大丈夫だいじょうぶ、この前も間に合った。

 きっと今日も間に合うはず。

 でも一抹いちまつの不安がぬぐえない。


――もし終電しゅうでんを逃したら?


 タクシーは?…お財布さいふがピンチなので使えない。

 ホテルは?…タクシー並みにお金がかかるので、これも却下きゃっか

 あとは、駅近くの3階建てのネットカフェ。女性専用フロアやシャワールームもあるし、お値段ねだんもお手頃てごろ。だけれど、下着のえは持っていないし、この時間だと衣料品店はまっている。何より、ネットカフェは個室こしつとは言ってものぞき見ようと思えば中が見えてしまうかぎしの部屋。いくら女性しかいないと言っても私には安眠あんみんなんてできない。

頑張がんばるしか…ないよね」

 自分自身に言い聞かせるように小声でつぶやいた。


 そう、私こと立花たちばな由芽ゆめは日々頑張がんばっている。

 24歳の私は社会人2年目。そこそこ大きな商社しょうしゃ事務じむ仕事をしている、いわゆるOLだ。

 そして私のつとめている会社は、漆黒しっこくよりも黒いブラックな会社だった。

 サービス残業ざんぎょうなんて当たり前。タイムカードはパソコンの社内しゃないネットワークの打刻だこくシステムで打刻だこくするのだが、残業ざんぎょうしても人事じんじ部長がいつの間にか定時ていじ退社たいしゃした時間に修正しゅうせいしている。つとめ始めてから一度も取得しゅとくしていない有給ゆうきゅう休暇きゅうかは、なぜか10日も取得しゅとくしたことにされている。若いうちは早朝そうちょう出社しゅっしゃして研鑽けんさんむものだ、などと言われて始業しぎょう時間の2時間前には出社しゅっしゃ。もう時代は令和れいわだというのに掃除、お茶み…まったくもう!

 あれ?そういえば土日休めたのって、いつだったっけ?私は今、何十連勤れんきんしているんだっけ?…


 ププー!!


 この時間に車のクラクションは大きく響く。

 その音で我に返った。

 危なかった…。目の前を白いライトバンが走り去る。

 ぐるぐると考えを巡らせていたため、うっかり信号が赤なのに車道を横断しかけていたようだ。

「いけない、いけない。」

 軽めの深呼吸しんこきゅうをして、心を落ち着かせる。

 半歩はんぽ横断歩道おうだんほどうみ出してしまった足を戻しつつ、すれちがさいに私をチラっと見た車の運転手にもうわけなさでいっぱいになった。


 そういえば、大学生の頃友人に勧められて読んだライトノベルにこんなシチュエーションがあったなぁ‥と、ふと思った。

 社畜しゃちく生活につかれた主人公が、うっかり赤信号なのに横断歩道おうだんほどうを渡り始めて、トラックにはねられて死亡。そして異世界に転生てんせいして夢と冒険にあふれる生活を送る…。

 トラックにはねられるのは痛そうで嫌だけど。

「私も…異世界転生てんせいしたいな…」

 思わず声に出していた。

 誰かに聞かれていたら恥ずかしい!

 あわててあたりを見回したが、深夜なのが幸いして誰にも聞かれた様子はなかった。

 ああ、もう…こういうの何だっけ…そうだ、厨二病ちゅうにびょうとか言うのよね。24歳にもなって厨二病ちゅうにびょうはないわぁ…。

 

 さぁ、この信号を渡れば駅だ。

 大丈夫、電車は間に合う。

 で…んしゃ…は…えっ!?

 突然のことに私は戸惑とまどい、足を止めた。

 景色がぐにゃりとゆがんだと思った次の瞬間、目にうつる景色が黒く塗りつぶされていったのだ。

 私はお世辞せじにも体力があるほうではない。

 中学生の時は生徒集会で貧血ひんけつをおこし、保健室に運ばれたこともあった。

 その時の感覚によく似ている。


 やばい。これはやばい。

 もしかして過労かろう

 後頭部の先から頭の中身を引っ張られるような気持ちの悪い感覚。そして私の意識は次第しだいに遠のいていった。


 5分なのか1時間なのか、経過けいかした時間は全く分からなかったが、少しずつ黒く塗りつぶされた景色が元に戻ってきた。

 どうやら立ったまま意識を失ったらしい。転倒てんとうしなかったのは僥倖ぎょうこうだ。打ち所が悪ければ大怪我おおけがだってあり得る。

 ホッとした次の瞬間、私はギョッ!とした。


――私が、いる・・・?


 そう、私が目の前にいるのだ。それもアスファルトの上に横たわって。  

 突然のことに頭が混乱する。

「私が?え?でも私はここに?じゃあ、?」

 混乱が収まらない。


「ちょっと!大丈夫ですか!?」

 たおれている方の私に気づいた女性がけ寄ってくる。

 私と同じくらいの年齢だろうか。

 リクルートスーツをそのまま着ているところを見ると、どこかの会社の新入社員さんかもしれない。

「あ、あの…」

 私は恐る恐る女性に声をかけた。…だが反応がない。

「あの!!」

 今度は普段出さないような大きな声を出して呼びかける。だが、これも反応がなかった。

 女性は倒れている方の私の肩をゆすっている。

 そして、口元くちもと付近に耳をせた。何を確かめているのだろう…?

 あ、呼吸しているかいなかの確認しているのかな?

 

 女性の顔を覗き込もうとした次の瞬間、彼女はおもむろに立ち上がった。

 いけない!

 このままだとぶつかる!

「え!?」

 目を閉じて身構みがまえたが、あろうことかのだ。


「そ…そんな!?」

 私は生まれて初めて驚愕きょうがくした。

 いや、もしかして状況的じょうきょうてきには死んで初めてと言うべきなのか。

 じゃなくて!

 落ち着け、私。

 これっていわゆる、よくあるアレだよね…?

 死んじゃって肉体から霊体れいたいが出ていくという。


「ないわぁ!」

 こんなベタな展開ないわぁ!

 夢なら冷めて欲しい。

 うそだと言って欲しい。

 だって、高校生は勉強に明け暮れて、大学生は資格しかく試験しけんとバイトと研究室の日々で、社会人になってからはひたすら仕事して…。

 私はまだ人生を楽しんだという記憶がない。こ、こ、恋人だって。まぁこれは、私に会う相手がいな…。

 いやいやいや、そうじゃなくって!


 あぁ…今進めているプロジェクトはどうなるんだろう…

 プレゼンの資料、無駄むだになっちゃったな…

 みんな悲しむかな…。ううん、それはないなぁ。きっと「この大事な時に死にやがって」とか、「あのの仕事が回ってきて迷惑」とか言われちゃうんだろうな。

 天国ではパパとママに会えるかな…

 会えたらいいな…

 あれ?今の賃貸ちんたいアパートの契約けいやくってどうな…

 

 色々な思いが生まれては消えていく。


 いつの間にか私は駅前の街から、白くて何もない世界に移動していた。


――やぁ。こえるかい?

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