第124話 後夜祭〜秘めたる言の葉は夜空の華に紛れ〜
戦いの終わりを祝福するかのように、夜空には煌びやかな宝石が如く星が瞬いていた。
八神は未だ無限の存在格としての全能性の完全解放を行った反動が抜け切っておらず、よろよろと松葉杖を支えに歩くのが精一杯だ。
それでも、彼女にはどうしても病院の屋上へと来なければならない理由があった。
その答えは、眼下に臨む景色にある。
ボロボロになったバトルドームには数多くのテントが張られて、七夜覇闘祭で集まった料理人たちが屋台を開いていた。
屋台は料理だけでなく、射的や金魚掬いなど祭りの定番とも言える屋台が数多く展開されていた。
そして、中央部に空けられたスペースではキャンプファイヤーが行われて、恋人や仲の良い友人同士で思い思いに語らい、無事に生存できた喜びを分かち合っていた。
これこそが、八神の見たかった光景。
彼女は大切な友を、弟子を、仲間を護る為に戦った。
そしてそれは、肉体的な意味で護れれば良いという話ではない。
彼女が護りたいのは、その心も含めた全てなのだ。
だからこそ、彼女は怪我を押してでも、ここへ来たのだ。
この光景をその眼に刻み込み、己が親友の行いで消えぬ傷を負った者は誰一人いなかったのだと安堵する風早に会うために。
「みんな無事で良かったね」
「……八神さん」
手すりにもたれかかるようにして眼下に望む人々の笑い語らう姿を見ていた風早は、一度八神へ視線を向けるが、すぐにまた眼下へと視線を戻す。
親友として、仲間の力を借りながらも蘆屋道満を止めてみせた彼は、そんな偉業を成したとは思えない、力無い笑みを浮かべていた。
「僕は……何もできませんでした」
そして、風早は徐に話し始める。
「大切な幼馴染を助けることもできず、無二の親友を止めることができたのだって、八神さんやみんながお膳立てしてくれたからこそです。ましてや、大会を通して絆を紡いだ友達を危険な眼に晒してしまった。この事件に巻き込まれた民間人が誰一人死者を出すことなく無事だったのだって、結局は蘆屋が気を配っていたからだった」
ポツリ、ポツリと本音を溢す彼の言葉を八神は隣で静かに耳を傾ける。
「僕にはこの光景を護り抜くだけの力がなかった。それが、……たまらなく悔しかったです」
ぎゅぅっと、風早は知らず、手すりを掴む手に力が入る。
「自分一人でできることなんてたかが知れてる。そんなことは百も承知ですが、それでも僕はこの手で梨花ちゃんを助けたかったし、芦屋を止めたかった。事件に関わりのない人々だって、誰一人余すことなく救いたかった」
そんなことは、たとえプロの戦闘集団である特務課であろうと不可能なことだ。
事実として、もしも蘆屋道満が民間人に危害を及ぼすような悪党であったのならば、多大な死者を出していたことは想像に難くない。
しかし、彼が目指すのは最早現実にある特務課に留まらない。
特務課の誰もが理想とする、国家の守護者として全て余すことなく護り抜くヒーローだ。
故に、彼は妥協しない。
全てを護り通すヒーローとなる為に、彼はその胸に抱く覚悟を言葉にする。
「だから、今度は僕がこの光景を護れるくらい強くなります。誰一人涙を流すことのない、この理想を護り抜けるくらい強くなってみせるんです」
そう、静かなる覚悟を口にした彼の横顔は何処か大人びて見えた。
初めて会ってからまだそう時間も経っていないというのに、最初の自信なさげな彼の姿はもうそこにはない。
胸に秘める覚悟を口にして、確固たる意志をその眼に刻み込む姿は、立派な一人の男であった。
(君はもう十分強くなったよ。不甲斐なかったのは、……私たち大人だ)
彼の言う通り、今回の事件が無事に終息したのは
それどころか、敵に配慮された上でなお、未だ護るべき存在である高専生に頼らざるを得なかった。
だから、悔しかったのは八神も同じであった。
護るべき大切な存在である愛弟子や高専生すらきちんと護りきれなかったことを八神は悔いていた。
けれど、彼女がその感情を表に出すことはない。
風早は師である八神を目標として頼り、信じている。
だからこそ、彼に示す姿は己の未熟さを悔やむ情けない姿ではなく、自信を持ってその背を押してやる姿でなければならない。
「風早くんなら大丈夫。その素敵な理想を抱く限り、君は今よりももっともっと強くなれるよ」
八神は彼の背をそっと叩くと、彼へと笑みを向ける。
同時、打ち上げられた花火に彩られたその笑みは言葉にならないほど魅力的で、風早は言葉を失って見惚れてしまった。
「あ、花火だ。そっか、七夜覇闘祭本戦は中止になったけど、後夜祭は開催されるんだっけ」
リズミカルに次々と夜空を彩る紅蓮の花々。
鮮やかな空模様に心躍らせる八神の隣で、少年から青年へと成長する途上である彼はその胸の内に秘めた言葉を口にする。
「僕が強くなったその時……、改めて言葉にしますね」
夜空を煌びやかに飾る花火の爆音に紛れるように、彼は今はまだ内に秘める言の葉を口にした。
「世界でただ一人、貴女だけを心の底から愛しています」
淡く、けれど確固とした想いの丈は彼女の耳に今はまだ届くことなく、夜空に咲き誇る花々に紛れた。
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