第128話 恋のスタートライン


 日輪は中天を過ぎ去り、夕焼けに燃ゆる海辺には、炭が燃える独特の香りが漂う。

 やはり、ビーチ遊びの締めといえばこれしかないだろう。


「八神さん、お肉焼くの変わりましょうか?」

「いいよいいよ! 今日の主役は風早くん達なんだから、調理はお姉さん達に任せなさい!」


 ビーチ遊びを堪能した一行は浜辺に集まり、BBQを楽しんでいた。

 大所帯ということもあり、複数台のBBQセットを用いて同時並行で肉や野菜を焼いていく八神たち。

 流石にあのペンギン着ぐるみ水着では調理しづらかったのか、今は中に来ていた真紅のホルターネックビキニ姿にスタイルチェンジしていた。

 火元に囲まれて汗もかくため、髪型も涼しげなポニーテールに纏めている。


「八神、釣ってきた魚はどうする?」


 牛タン、ハラミ、ロース、カルビと種々折々な肉を焼いては浅井や瀬戸に配膳をお願いしていると、釣りから帰ってきた凍雲が声を掛けてきた。


「小魚は唐揚げにするから鱗と内臓をとって別のバケツに分けておいて。大きめの魚は刺身にして出してもらっていいかな?」

「分かった。ウォルター、数が多いから手伝ってくれ」

「りょーかい」

「じゃあ、私はサッパリお口直しできるものを作ろうかしら」


 料理長八神による指示の下、割り振られた役割を果たすべく包丁を握る凍雲とウォルター。

 同じく釣り組であったマシュはクーラーボックスから野菜を取り出し、冷やしトマトや冷奴といった副菜を手掛けることにした。

 

(ファ○チキください)


 そんな時、八神の脳内へ無駄にイケボな声が語りかけてきた。


「ファ○チキ欲しいならコンビニまで走ってこい馬鹿野郎」

「クゥ〜! 辛辣だなぁ」


 脳内へ直接語りかけてきた人物へ振り返ると、くだんの人物は背後に位置していたBBQセットで焼かれた焼き鳥を頬張っていた。


 彼こそはアメリカ最強の紋章者であるルーカス・ガルシア。

 超能力者として名を馳せた旧ソ連の偉人であるニーナ・クラギーナの紋章者であり、アメリカ陸軍特殊部隊『グリーンベレー』に所属する軍人だ。

 真ん中分けの金髪にスカイブルーの瞳。

 少しばかりイタズラっ気はあるものの、柔和な表情を崩さない親しみを持てる好青年だ。

 

「挨拶もなしに食事に参加するのは礼儀がなってないぞ。ルーカス」

「挨拶ならしたさ! ファミチキくださいってね!」

「それは挨拶になどならんと何度言えば分かるんだ」


 ルーカスの毎度直らない(直す気がない)悪癖に重いため息を吐くのは、彼の幼馴染であり、彼が所属する『グリーンベレー』における上官のメイベル・ロバーツ。

 肩甲骨の辺りまで伸ばした美しい金髪をうなじで括った、碧眼の女性だ。

 女性にしては高身長で、黒のビキニに彩られたその身にはしなやかな筋肉が発達している。


「うちのバカがすまないな。食材を提供するから私たちもご相伴に預かっても構わないだろうか?」

「構わないけど、監獄の警備はいいの?」


 彼らはアメリカの紋章者による危機感知を利用した調査で特定した事件の一つである、ハワイ地下大監獄の一斉脱獄に対処する為に派遣された人員だ。

 だからこそ、こんな所で道草を食っていていいのか? と疑問に思った八神だったが……。


「問題ない。我々の任務は万が一脱獄が発生してしまった際の対処と外部からの侵入者を防ぐことだからな。こうして午後から監獄を巡る予定の彼らを見て回るのも仕事の内という訳だ」


 彼女の言う通り、午後は高専生らを伴って監獄を巡る予定であった。

 アメリカからの報告によれば“今日は何も問題なし。 事が起こるのは明日だ”とのことだったので、比較的安全が確保されている今日の内に勉強の為、監獄を巡ることにしていたのだ。


「オレは美味そうな香りが漂ってきたから吸い寄せられただけだけどね」


 メイベルの拳がルーカスの脇腹にめり込むが、彼は“痛い痛い”と笑顔でいなすだけで全く堪えた様子はなかった。


「なるほど。私たちの中に脱獄の幇助ほうじょを企む者が潜んでいないか見定めてるって訳だ」


 脱獄が発生する要因としては主に二つ。

 一つは警備や設備の不全といった内部要因による発生。

 もう一つが外部からの助けといった外部要因による発生。

 前者は警備システムを見直し、人員も強化したため対策済み。

 故に、今日の午後から監獄ツアーを予定している八神ら一行を見定めることで後者の懸念を潰そうという訳だ。


「気を悪くしたのなら申し訳ない。ただ、こちらも仕事なのでどうか容認していただきたい」

「大丈夫だよ。そのあたりは私たち特務課も、その卵である高専生たちも理解してるから好きに見てもらって構わないよ。高専生達も、アメリカ最強の紋章者なんていう有名人と触れ合えるなんて嬉しいだろうしね」

「それはありがたい。……ほら、特務課メンバーの方は既に見定めただろ・・・・・・? 高専生に混じるぞ」

「ほーい」


 メイベルに促されるまま、ルーカスは取り皿に山盛りの肉を盛って口には焼き鳥串を咥えたまま高専生達のもとへ向かった。


(見定めるような視線なんて全く感じなかったのにいつの間に……)


 いつのまにか見定め終えていたルーカスに八神が内心で驚いていると、その声に反応した人物がいた。

 

(貴様が未熟なだけだ。奴は貴様に語りかける前から読心回路テレパスで各員の脳内を覗き見ていたぞ)


 声の主は彼女の精神世界に住まう住人その一であるルシファー。

 彼は初めからルーカスの存在にも、彼が思考や記憶を覗いていることも、そのことに班長クラス意外誰も知覚できていないことにも気づいていた。


(気づいてたならなんで教えてくれなかったのさ)


 記憶や思考を読まれてもやましいことなど何もないが、それでも気持ちの良いものではない。

 あくまで容認したのは人となりをコミュニケーションの中で観察することまでだ。

 もしも気づいていたのなら警備のためとは言え、断固として拒否したものだ。


(貴様自身が気づかなければ成長には繋がらんからだ。常に気を張っておけ未熟者)

(手厳しいなぁ……)



    ◇



「んん〜!! やっぱり八神さんの手料理が一番美味しい!!」


 風早かざはやはトーナメント戦で仲良くなった宍戸ししど吉良きら柳生やぎゅう染谷そめやらトーナメント出場メンバーと共に食事を取っていた。

 当然、その輪の中には彼の幼馴染である雨戸梨花あまどりかも混じっているのだが、彼女は彼の横で少々膨れっ面になっていた。


(私だって料理できるのに……!!)


 故郷の片田舎で暮らしていた頃、風早には何度か手料理を振る舞ったことがある。

 当然、その時も彼はとても喜んで美味しそうに食べてはくれた。

 けれど、本人にその気はないにせよ、無意識の内に比べられて負けたとなると悔しい気持ちになる。

 ましてや……、


(これだけ多彩な料理を出せる上にその全てで負けを認めざるを得ないなんて……!!)


 八神が出した料理は何もBBQで焼いた肉や野菜だけではない。

 BBQセットをコンロ代わりにして、唐揚げや出汁巻き卵、アヒージョなどを作っていた。

 その他にも、凍雲らが釣ってきた魚に塩胡椒、数種類のスパイスで下拵えをし、遠火でじっくりと火を通した焼き魚だってとてつもなく美味しかった。

 皮はパリパリで、中の身はふっくらしているばかりか、絶妙なスパイス加減によって鼻から抜ける香りも最高としか言いようがなかった。


「ぐぬぬ……」

(おや、何か困りごとかなレディ)


 悔しいながらも食べる手が止まらずリスのように頬を膨らませながら唸っていると、突然頭の中に声が響いた。

 周囲を見渡してみるが、右隣には風早、左隣には日向ひゅうが、対面には柳生、そして彼を挟むように滝澤と染谷が席についており、どれも声の主とは思えなかった。


(ハッハッハ!! 見渡してもオレはそこにいないよ。今のオレは誰にも認識できない妖精さんだからね!)

「妖精……さん?」

「……ん? どうしたの梨花ちゃん?」


 雨戸が小さくこぼした呟きが聞こえたのか、風早が小首を傾げて尋ねてくる。


「あ、ううん! なんでもないよ」

「そう?」


 特に危機感を感じるような声でもなかったため、そう伝えると彼は再び食事へと戻った。


(オレと話す時は心の中で話してくれればいいよ。それだけでオレには伝わるからね)

(こんな風でいいの? 通じてる?)

(そうそう、上手上手!)


 頭の中に響く声は陽気で爽やかな、親しみ溢れる声だった。

 だからか、雨戸も気付かぬうちに警戒心を緩めて友人のように接し始めていた。


(ふむふむ、恋敵が美人で優しく強く、たまに抜けていて親しみがあり、それでいて料理まで上手いから困っていたんだね。ハッハッハ!! なんだその完璧超人は!!)


 雨戸の記憶から盗み見た恋敵のポテンシャルがあまりに高すぎて妖精さん(仮)さえ笑う他になかった。


(ナチュラルに記憶読まないで欲しいんだけど!?)

(心の中で話せる時点で薄々は気づいていただろう? まぁ、妖精さんだから気にしないでくれ。乙女の秘密は墓場まで持っていくとも)


 幾ら親しみを覚える妖精さん(仮)と言えども記憶を、ましてや自身の秘めたる想いを読まれるのは気分が良くない。

 とはいえ、彼が言うように雨戸自身予測していたことではあるので、今回ばかりはため息を吐いて流すのであった。


(それで、相談に乗ってくれるってことでいいんだよね?)

(Of course! と言ってもアドバイスは単純明快だけどね!)

(単純明快?)


 恋のライバルと一方的に認識している八神に勝る点などほとんどないと己自身でも理解できてしまっている。

 だからこそ悩んでいるというのに、会って間もない妖精さん(仮)に何が分かったと言うのだろうか?


(そうだよ。キミはまずキミ自身に自信を持つことから始めるべきだ)


 その言葉を投げかけられて、雨戸は気づいた。

 知らず知らずの内に己と八神を比較して、勝手に負けを認めて、勝手に自分を下に見ていた。

 だけど、それは違う。


(比較してしまうのは人間の性だけどさ、恋愛に決まった基準なんてないんだぜ! つまり、誰が下で誰が上かなんてないんだ)


 戦闘力という意味で、雨戸よりも八神の方が強いのは確かだ。

 料理の腕前という意味でも同じく。

 しかし、それは恋愛において優劣を生み出すようなものではない。


 料理一つとっても、一流の料理人の香り高く精巧な料理よりも、親しみが持てる地元の料理が好きな者もいる。

 

 容姿一つとっても、煌びやかなハリウッド女優よりも、クラスにいる女の子の方が綺麗だと言う者もいる。


 つまり、人間の好みなんて千差万別であり、何かで劣っているから恋愛で敗北するなんて道理は存在し得ないのだ。

 何より大事なのは、己の良さを理解して高めることにこそあるのだ。


(キミは知らず、魅力的に映るその完璧超人と比べるあまり自信を失ってしまってるんだ。だけど、そんなことじゃ本当に負けてしまうよ? 恋愛はね、自分こそが相手に最も相応しいっていう自信を持つことがスタートラインなのさ!)


 眩く輝く恋敵の光に負けて暗闇に走っても、その先に待つのは諦念だけだ。

 そんなことではスタートラインにさえ立てていない。

 

 自分自身が相手に最も相応しい。

 愛しの彼と最も幸せになれるのは私だ。

 そういった確固たる自信を持って初めてスタートラインに立つ事ができる。

 そこから、『相応しい自分』になるために自身を磨いて、更なる自信をつけて、それを繰り返して繰り返して、……愛する人と添い遂げるという未来を手にするのだ。


(キミは魅力的なレディなんだから自信を持つべきだ。そして、自分が思う理想の自分を目指して己を磨き、愛しい相手と添い遂げる理想の未来を手にするんだ!!)


 彼の言葉で、勇気が湧いた。

 知らず失っていた自信を取り戻すことができた。


 ここからだ。


 雨戸梨花という少女の恋は、ここから本当の意味で始まったのだ。


(……ありがとう。妖精さん。そうだよね。心で負けちゃったら何も始まらない! 私は私らしく、私の良さを磨いて勝負する!!)

(いいね! その粋だレディ!! 健闘を祈るよ!!)


 一人の少女に勇気と自信という魔法を与えた妖精さんはその言葉を最後に旅立っていった。



   ◇



「キザに決めすぎだとは思うけど、珍しく良いことをしたな。褒めてやるぞ」

「……!! いやぁ、ハハハ! 実体験を語っただけさ!」




_____________________


後書き


いつも読んでくれてありがとうございます♪

申し訳ないですが、次週7/22の更新はお休みさせて頂きます。

次次週の7/29からまた更新しますので、よろしくお願いします!!

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