第66話 鮮血の徒花
「良い加減出てきたらどうですか!? 時間が経てば経つほど不利になるのは貴方ですよ!」
破壊の限りを尽くし、戦場を地獄絵図へと変える程の暴威を振り撒いても尚、姿を見せない吉良に焦りが募る。
現状、追い詰めている立場なのは日向だ。
しかし、彼女は吉良の強さを知っている。
彼が誰よりも狡猾であることを。
彼が誰よりも用意周到な男であることを。
彼が、誰よりも努力家であることを。
彼女は知っている。
だからこそ、彼女は恐れる。
自身の預かり知らぬ所で、策を練っていることを。
知らぬ間に取り返しのつかぬ状況にまで追い詰められていることを。
故に、彼女は消耗も度外視で高出力の技を連発して、周囲の摩天楼を軒並み焼き尽くした。
そんな時だった。
「よぉ、焦ってるね。日向ちゃん。チェックメイトをかけにきたぜ」
声が聞こえた。
振り向くと、摩天楼の屋上。
ヘリポートに堂々と立つ
その姿を目にした途端、両手両足から莫大な炎を放出して音の壁など容易く越える。
瞬きの間に手の届く範囲まで辿り着いた日向は容赦なくその速度を乗せた拳を叩きつける。
吉良は右腕を犠牲にその一撃を防ぐが、コンクリートすら容易に破壊する一撃は三階層分ぶち抜いて彼を叩き落とす。
次いで、更に炎を放出して加速した彼女は、彼が行動を起こす前にトドメを刺すべく追撃する。
先の倍以上の威力を秘めた灼熱の拳を叩きつける。
「
彼女の渾身の一撃。
摩天楼など容易く消し飛ばす最大最強の一撃。
しかし、その一撃を吉良は右腕を犠牲に受け止める。
先の一撃で既に折れていた右腕。
それを自身の血液で外骨格と筋繊維を作り出し、無理矢理動かしたのだ。
衝撃は武術による円運動によって限りなく逃し、炎熱は自身の血液によって全て封じ込めた。
だが、その代償として右腕を貫かれ、逃しきれなかった衝撃で骨も肉も吹き飛んだ。
それどころか右脇腹も衝撃で吹き飛び、右側の肋骨は外気に晒されている。
それでも、僅かに残った右腕の原型は、血液が補強する形で彼女の腕を絡め取った。
凄まじい激痛を歯を食いしばり、気合と根性だけで耐えきって、血液操作に意識を集中させる。
「言ったろ。チェックメイトをかけにきたって」
身体を抉られ、内側から焼かれる激痛に耐えながら、彼はその意識を予め仕掛けていた罠に向ける。
すると、周囲から赤い糸が伸びて彼女を
「これは、血液の糸!?」
それは全て彼自身の血液だった。
彼は他人の血液は目視しなければ操作できないが、自身の血液ならば目視せずとも遠隔操作すら可能だ。
故に、このビルに
彼女が摩天楼群を破壊し回って、周囲を火の海へと変えていたのは有利な環境を構築する為だけでない。
その裏には、知らぬ間に策を練られることへの焦りが潜んでいることを彼は気づいていた。
そして、そんな彼女の前に姿を表せて挑発すれば、焦りから彼女は遠距離攻撃ではなく、得意の近距離攻撃を選択することが読めていた。
だからこそ、わざと自分の身を晒して囮にしたのだ。
そして、それだけでない。
利き腕である右腕を犠牲にすることで、策を発動する前に決定打を与えられたと思わせ、油断を誘ったのだ。
それらが功を奏して、ビルの仕掛けにも気づかず、彼女はまんまと罠にかかった。
「これで、チェックメイトだ」
一つの銃声と共に一発の凶弾が彼女の額を穿つ。
その直前で、凶弾は蒸発した。
「私は負けられない。はるちゃんとの約束を果たす為に」
彼女を拘束する血液の糸から赤い蒸気が立ち上り始める。
「何より、私自身が勝ちたいから!!」
彼女を戒める
莫大な熱量は周囲の金属どころか、コンクリートさえも融解させていく。
当然、それだけの熱量を至近距離で浴びせられた吉良はその全身を焼かれる。
それだけでない。
彼の右腕は彼女の右腕と融合するような形で拘束していたのだ。
身体の内側から焼かれる途轍もない痛みに彼の視界はチカチカと明滅する。
(やっぱ強ぇなぁ。まざまざと才能の差を見せつけられてるようだよ。でもよ、勝利への執念にかけちゃぁ負けるつもりはないぜ)
悲鳴を上げて少しでも痛みを紛らわせたいが、歯を食いしばって耐える。
外からの炎熱は皮膚の下で保護する血液の膜によって防げる。
しかし、息など吸い込んでしまえば加熱された外気によって一瞬にして内側から焼き尽くされてしまうからだ。
「今度こそ、これで終わりだぁぁぁああああああああああああああ!!!」
彼女の熱量は益々増していく。
皮膚の下に構築した血液膜による最後の抵抗ごと焼き尽くさんとする。
けれど、既に策は成った。
勝負は、彼女がこのビルの中に入った時には着いていたのだ。
——花開け、
「——ゴプッ」
周囲の全てを溶解させていた炎熱が突如鎮火する。
彼女に外傷はない。
けれど、その胸を押さえ、その口からは多量の血液が噴き出す。
「言っただろう。チェックメイトだって」
彼がビル内に仕込んでいたものは血液の糸だけではない。
霧状にした血液を空気中に散布していたのだ。
そして、霧状になった血液は拘束された日向の体内に潜り込み、心臓を内側から突き破るように鮮血の徒花が花開いたのだ。
(ああ、ごめん。はるちゃん。負けちゃったよ)
——ああ、勝ちたかったなぁ。
敗北を受け止め、彼女はその身を彼に委ねる。
敗北してしまったのは悔しい。
親友との約束を守れなかったのは残念だ。
けれど、全てを出し切った彼女の表情は、とても晴れやかなものだった。
「まったく、先輩の威厳を保つのも楽じゃ、ねぇ……な」
倒れる彼女の身を受け止めた所で力尽きた彼は、日向を抱き抱えたまま、己をクッションにして柱へもたれかかる。
『二回戦最終試合! 勝者、吉良赫司!!』
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