第58話 陸上自衛隊


 大歓声の中。

 眼下に望むメインスタジアムでは、続く第五試合が行われていた。


 対戦者は濃紺の髪をポニーテールに結った、手足の長いスタイル抜群の少女。

 概念格:遅延の紋章者、滝澤遥たきざわはるか


 そして、毛先が真紅に染まったオレンジの髪をサイドテールに結った快活な少女。

 自然格:火炎の紋章者、日向夏目ひゅうがなつめ


 トーナメント出場者十二名の中でも三人しかいない女性選手同士の対決ということもあり、盛り上がりも一入ひとしおだ。

 

 そして、共に同じ組織の教育担当者に育てられた者という共通点も持つ。


「まぁ、それが俺達ってわけよ」


 そう、言葉を発したのは、茶色に染めた髪をアップバングにした好青年。

 突然、特務課第五班が観覧していた席に加わってきて、眼下で戦う少女達の紹介を行った不審者だ。


「いや、不審者って酷いなぁ。お兄さんはただの爽やか好青年だよん」

「爽やか好青年はそんな怪しい口調しないから。あと、地の文を読むな」


 身を捻って座席の後ろにいる不審者へメタなツッコミを入れた八神は、ジトっとした怪しい人物を見る目で睨む。

 そこで、不審者の横に見知った人物がいることに気づいた。


「あれ、高槻さん?」

「はい、高槻たかつきあきらです。ただ、私のことはアキラとお呼びください。養父も陸自に所属していますので」


 その人物とは、柳生やぎゅう寿光としみつとの模擬戦を組んだ際に少しだけ話した陸上自衛隊三等陸佐、高槻暁であった。


「そういえばそうだったね。じゃあ改めて「ちくわ大明神」よろしく、アキラさん。……誰だ今の?」

「拙者でござるよ」


 そう、声を発したのはアキラの横に座る艶のある金髪が目元を隠すほどに伸ばした青年だった。

 

「やぁやぁ! 音にこそ聞け! 近くば寄って目にも見よ! 我こそは!! 陸上自衛隊二等陸佐の快男児!! 狭間はざま楼流ろうりゅうなりぃ!! な〜んてね、シシシ」


 ふざけ倒した大音声による名乗りを行った彼の名は狭間楼流。

 “加速”の紋章を宿した紋章武具を操る、弱冠二十五歳にして二等陸佐にまで上り詰めた秀才だ。

 そして、概念格:ちくわ大明神の紋章者でもある。

 

 彼の悪ふざけ満載の名乗りは酔っ払い達には大好評だったようで、若干二名静とルミはバカみたいにはしゃいでいる。

 そして、狭間の横に座るアキラは常ならばハイライトも消えた無表情だというのに、変わらず無表情ではあるものの、キラキラと瞳を輝かせて彼を見つめていた。

 

(そういえばこの人に冗談とか教えてもらったって言ってたっけ)


 “師匠は選んだ方がいいよ”という言葉は流石にお節介が過ぎるので心の内にしまう。

 ただ、その内心までは隠せず、微妙な表情を浮かべてしまう。

 そんな彼女の微妙な反応もなんのその。

 狭間は身を乗り出して八神の手を取ると、勝手に握手を始める。


「いやぁ、拙者八神殿の大ファンなんでござるよぉ! お会いできて光栄でござる!! やっぱり実物は写真よりも良いでござるなぁ。 美人! そしてなによりナイススメルでござる!!」

「セクハラで逮捕するよ?」


 “ジョーダンでござるよぉ! シシシ!”と、真っ白な歯を見せて笑う狭間。

 そんな彼の横で“流石師匠!”とアキラは眼を輝かせてメモを取っていた。

 やっぱりこれ教育的にお節介焼いた方がいいような……。


「ちょっとちょっと! 二人ともキャラが濃いよ! お兄さんが忘れられちゃってるから!」

「結局誰なの?」


 “おお、そういえばここにきてまだ自己紹介もできてないよ”と白々しい涙を浮かべて自己紹介を始める。


「お兄さんの名は普羅ふらみなと。あそこで戦ってる夏目ちゃんの教育担当者だよ」


 陸上自衛隊所属、一等陸佐。

 座席に立てかけている槍は彼の得物だ。

 ショートソードを刃として接続したようなその槍は、紋章武具である。

 偉人格:ヘクトールの紋章を宿す槍だ。

 彼はその槍と、自身の概念格:摩擦の紋章を用いた防衛戦を得意とする戦士だ。

 そして、彼自身も述べたように、現在スタジアムで戦闘を行なっている日向夏目の教育担当者でもある。


「そういえば最初に言ってたっけ。それでたしか、滝澤さんの教育担当者がアキラさんと狭間さんなんだよね」

「うむ! 滝澤殿の指南を務めたのは拙者だ。戦い方が似通っていたので、教えやすかったが……」


 そこで、狭間は少し言い淀む。

 髪に隠れた瞳でスタジアムにて繰り広げられる試合を見る。

 その戦況を見て、観念したかのように吐き捨てる。


「どうにも時間が足らなかった。日向殿には勝てんな」


 その言葉に、視線をスタジアムの方へ戻す八神。

 視線の先では、日向が放った巨大な炎の拳を、滝澤は一刀の下に斬り伏せていた。

 次いで、日向は舞い散る火の粉を無数のクナイに形状変化させて迫り来る滝澤を迎撃するが、それも全て居合いによって斬り伏せられる。

 そして、紋章を発動して動きを遅らせた隙に素早い居合い切りが日向を切り裂く。


 見る限りでは、どうも滝澤が推しているようにも見える。

 しかし、そこであることに気づいた。


「滝澤さんの手……」


 彼女の手は酷い火傷を負っていた。

 何か手痛い攻撃を受けてしまったからではない。


 日向夏目。

 彼女自身が超高温の炎そのものだからだ。

 攻撃を当てるために近づいただけでその熱によって手が、身体が、焼かれてしまうのだ。


 戦いが長引けば長引くほどその傷は深まっていき、最早彼女の手は刀を握るのも辛いほどの火傷を負ってしまっている


 たとえ“超克”が使えようと、

 炎を切るための“超克”。

 手を護るための“超克”。

 両方を同時に行使することはまだ未熟な彼女にはできない芸当であった。


「彼女に拙者のような紋章武具があれば、“超克”を複数用途同時展開できるようになるほどの鍛錬期間があれば、結果はまた異なったかもしれない。事実、戦闘センスだけならば彼女のそれは日向殿を軽く上回る」


 日向夏目の戦闘センスが低いわけではない。

 滝澤遥の戦闘センスが高過ぎるという話だ。


 紋章高専の生徒はその多くが高専に入学するまで、幼少期の時分より鍛錬を行なっている。

 私有地で紋章術を鍛え、道場で武術を習う。

 そのように、夢へ向かって努力していた者が大半である。


 けれど、滝澤遥は違う。

 紋章高専に入学したのも、中学からの友達である日向夏目と一緒の学校に行きたい。

 ただ、その想いだけで受けたに過ぎない。


 当然、日向を始めとした他の紋章高専入学志望者と違い、幼い頃から鍛錬をしていなかった彼女は受かるとは思っていなかった。

 僅かな可能性に掛けた記念受験でしかなかったのだ。


 だが、その結果は合格。

 それも、入試を主席で合格したのだ。

 高専受験を決めた中学三年の夏から鍛錬を始めた彼女が。


 だが、才能だけで勝てる程甘い世界ではない。

 日向夏目はその才能の差を、これまで積み上げた努力によって覆した。


 スタジアムでは、遂に火傷によって刀を握ることもできなくなった滝澤は刀を落としてしまう。

 その隙を逃さなかった日向は、炎を噴射して加速した勢いのままに首を掴んで地面に押し倒すと、降参を迫った。

 両手の感覚は最早なく、得物も落としてしまった。

 ここからの逆転の目はないと悟った彼女は、大人しく降参し、第五試合は終わりを告げた。


「残念。負けちゃった」

「うむ。しかし、良い試合であった。お互いにとって良い経験となっただろう」

「そうだな。正直、来年は勝負がどう転ぶか分からないな」


 “今のうちにツバつけとこうか”と、爽やかな笑顔の裏が垣間見えて、八神はゾッとする。

 爽やかな笑顔を浮かべた胡散臭い不審者だと思っていたが、その裏には戦場の裏で暗躍する強かな側面が潜んでいた。

 “羊の皮を被った狼とは彼のようなことを言うのだろうな”と彼女は思う。


「班長はツバつけとかなくていいんですか?」

「僕は遠慮しとこうかなぁ。そういうのは当人の自主性に任せたい派だからね」


 八神の問いに、ソロモンはいつも通りの柔和な笑みでそう返す。

 そして、普羅の方へ向いて、


「だから、ってわけでもないけど。普羅くん、勧誘は最低限にね。彼女から選択の余地を奪うような真似をしたときは、分かるよね」


 八神の席からは彼の表情を伺うことはできなかったが、その声色はいつにない真剣なものであった。


「分かった。分かりましたよ。彼女は後輩の弟子なんだ。元よりアンタが危惧するような手を講じるつもりもありませんよ」


 両手を上げてひらひらと振って降参の意を示す。


「それならいいんだよ。君は少々暗躍に慣れ過ぎているからね。その毒牙は敵に向けこそすれ、まだ幼い少女に向けるべきものじゃない」

「ええ、分かってますよ。ご心配なく」


 正直言えば、普羅は滝澤遥を言葉巧みに誘導して陸上自衛隊に入隊させる気でいた。

 けれど、その気は最早失せた。

 ソロモンは全てを見通しているかのように、日本各地で何が起こっているのかを把握している怪物だ。

 どのようにして把握しているのかは謎だが、仮に先のような彼女の選択肢を奪うような方法で勧誘などすれば、たちまちバレて手痛い仕置きを食らってしまうことだろうことは明らかだ。


 それに、そんな面倒事を起こさずとも、狭間の弟子なのだから少なからず影響を受けている。

 陸上自衛隊へ志願してくれやすくなる下地はできているのだから、態々リスクを犯す必要もないだろうと判断したため、潔く手を引いたのだ。


 “それよりも”と普羅は続けてスタジアムの方を指差す。

 彼が指し示した方を見ると、どうやら第六試合。

 つまり、第一回戦最終試合が始まるろうとしていたようだ。


「今は試合を楽しみましょうや。難しいことは今日は置いといて、ね」


 “物騒な言動を始めたのは君だろうに”と呆れながらもソロモンはその言葉に乗っかって観戦に戻る。


 スタジアムで対峙する一方は、柳生寿光。

 それに対するは水上みずかみ叶恵かなえ

 薄く青みを帯びた銀髪のショートヘアの少女だ。

 紋章は動物格幻想種:スライムの紋章。

 得物は特にないようで、素手で対峙している。


「勝つのは柳生で決まりでしょうけど、彼女、どこまでやれますかねぇ」


 頬杖をついてスタジアムを覗く彼の瞳は鋭い。

 その値踏みをするような瞳は彼女の姿を映す。


 しかし、どうにも読めない。

 洞察力には自信があり、立ち姿を見れば大体の強さは把握できる。

 その洞察力通りならば、彼女の強さは十二名のトーナメント出場者の中で最弱。

 彼の経験に裏打ちされた洞察眼は冷徹なまでにそう告げている。


 けれど、どうにも違うように感じる。

 違和感があるのだ。

 最弱が向かい合う相手は前大会優勝者。

 つまりは、最強だ。 

 にもかかわらず、彼女には一切の恐れも、諦めもない。

 故に、彼女には自身でも読み取れない何かがあると考え、皆の意見も聞いてみることにしたのだ。


「こういうことは言いたくないけど、一矢報いたらいい方じゃないかな」


 そう答えたのは八神だ。

 未来を見たわけではないが、彼女も普羅と同様の意見だった。

 かと言って、彼女の持つ違和感は気になる。

 しかし、それを踏まえた上でも実力差は歴然。

 精々が一矢報いたら良い方だと考えた。


「俺はそうは思わん。この試合、どちらが勝つかは最後まで分からんぞ」


 それに対して別の意見を出したのは凍雲だ。

 凍雲の未来予知に等しい、経験に裏打ちされた演算能力は彼女の強さも見抜いていた。

 彼女の持つ違和感。

 それは捜査班アンダーグラウンドが持つ、自身を偽る者特有のものであった。

 つまり、彼女はその強さを意図的に隠している。


 その隠された力までは凍雲も立ち姿だけでは読み切ることはできなかったが、その隠蔽能力の高さからかなりのレベルであることは察した。

 それこそ、前大会優勝者にも匹敵するほどであると。


「じゃあ、私は水上が勝つ方に紫姫の魂を賭ける!」

「私は凍雲の魂を賭ける!」


 酔っ払い二人が勝手に人の魂を賭けやがった。

 ピキッとコメカミに血管を浮き上がらせた八神は“フォスフォロって光剣で消し飛ばしていいですか?”とソロモンに尋ねる。


 “その時の彼女はとても綺麗な笑みだったが、目が全く笑ってなくて怖かった”、とは後のソロモンの談だ。


 酔っ払いはソロモンが相手をすることで丸く収まった所で、遂に試合開始のアナウンスが響く。


 一回戦第六試合。

 その幕が遂に開ける。

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