第49話 酒=受難
「おう、どこ行ってたんだよ。もう午前の競技終わっちまったぜ」
「許せ。少し野暮用があってな」
メサイアと別れた後。
関係者用観覧席に訪れた朝陽を特務課第一班のメンバーが出迎えた。
彼の名は
黒髪黒目の純日本人らしい爽やかな好青年だ。
身体はかなり鍛えあげられており、その肉体美は彼の着るカッターシャツの上からでもよく分かるほどだ。
「野暮用……ね。お前さんが言葉を
「……そうだったか? 気にするな。少し立ち話に興じていただけだ」
「まぁ、平和の象徴とも称されるお前さんならファンにも捕まっちまうか」
“ハハハハ!”と爽やかに笑いながら久貝は朝陽の背を叩く。
「そんなことよりお腹空いた!! 早くご飯食べに行こうよ!!」
そうして談笑する彼らにご飯の催促をするのは、同じく第一班の班員である
灰色のウルフカットで吊り目がちな少女。
その性格は無邪気で奔放。
幼児がそのまま大きくなったような少女であった。
彼女の肩からは腰へ交差する形で鎖が巻かれている。
両腕にも鎖が巻かれて、手首に付けた金属製の腕輪に拘束具のように接続されている。
その鎖をジャラジャラと鳴らしながら“はーやーくー”と朝陽の服を引っ張って駄々を捏ねていた。
彼女は七夜覇闘祭が楽しみすぎて昨夜眠れず、今朝は寝坊してしまった。
そのため、朝食を食べられず腹ペコなのだ。
「そう急かさずとも昼餉にするとも」
駄々を捏ねる北原の頭を優しく撫でて宥めるのは着物を着た男性。
その背には刀身だけで九〇センチメートル、柄を含めると一三〇センチメートルにも及ぶ長刀を携える。
紫紺の長髪を頸で結えた雅な美青年。
彼の名は
【剣聖】の異名を取る世界最強の大剣豪。
史上最強の紋章者であるあの朝陽昇陽と唯一なんの条件も無しに、その実力のみで並び立つ男である。
「お昼はお肉食べたい! 焼肉行こ!」
「昼から焼肉とはヘビーだなぁ」
「良いではないか。育ち盛りの子供はたーんと食べねばな」
「そうだな。異論はない」
「それじゃぁ焼肉屋へレッツゴー!!」
そうして、一行は会場を後にして仮設飲食店が立ち並ぶ一角へと足を運んだ。
メインスタジアムの程近くに位置する広大な敷地内には、七夜覇闘祭の為だけに全国各地の飲食店が仮設店舗を設営して美食を提供していた。
但し、誰でも出店できるわけではない。
日本どころか世界でも有数の注目度を誇る祭りなのだ。
数多の観光客が国内外問わず訪れるのだから、必然的に、ここに出店した店舗は有名となる。
そのため、名声を得たいと、参加を名乗り出る店舗は後を絶たない。
故に、
出店できるのは七夜覇闘祭の数ヵ月前に催されたトーナメントで勝ち抜いた、各料理部門の優勝者、準優勝者のみである。
それ故に、洋食、和食、イタリアン、フレンチ、中華、インド料理等多種多様な種類が集いながら、そのどれもが日本最高峰の美食揃いなのである。
加えて、大会運営から補助金が出る為、全体的に値段も下がっている。
そのため、普段は中々手を出せないフレンチや寿司といった高級食にも手を出せるのだ。
この美食フェスティバルも七夜覇闘祭の魅力の一つである。
「おう! 第五班じゃねぇか! 奇遇だなぁ」
「あらぁ、相変わらずイケメンさんね久貝ちゃん」
北原に引っ張られる形で入った焼肉店で通された席の隣には第五班のメンバーが先客としていた。
マシュは中々会う機会のない第一班(それもイケメン)にあえて嬉しいようで、クネクネと身体をくねらせながら嬉しそうにしてる。
「お肉貰い!!」
「あぁ!! それ私が育ててたやつ!! 返せクソガキ!!!」
良い感じの焼き加減に育てられたロース肉を北原は人の物だということなどお構いなしでぶん捕り、頬張る。
お肉を取られた静は立ち上がって北原の口をこじ開けようとする。
しかし、八神に無理矢理押さえつけらえて彼女が育てたロース肉を口に放り込まれた。
ついでとばかりにジョッキに入ったビールを口に注ぎこんでやると、満足したようで落ち着いて席に戻った。
「ごめんね。ウチの酔っ払いが」
「いやいや、こちらこそすまんな。後でしっかり言い聞かせて置くとするさ」
二人の保護者役である八神と柳洞寺が互いに謝ると、“お互い苦労してるのだな”と察して笑い合う。
そうこうしているうちに、第一班のメンバーも席について注文を取ることにした。
「こっからここまで全部!!」
「食べられるならいいけどよ、流石に全部は無理だろ? とりあえず好きなの選んで頼んだらどうだ? 足りなかったらまた後で頼んでやるからよ」
「じゃあ上ロースと上カルビと上ハラミとミックスホルモン!」
「了解、んじゃ他のみんなはそれぞれ適当に頼んでくれな」
そうして注文を済ませ、届いた肉を焼いて舌鼓をうちながら隣の第五班も交えて談笑していると、次第に話題はトーナメントに備えて鍛え上げた紋章高専の生徒たちの話に移っていた。
「それで、どうだ。生徒の育成具合は」
「どうだ、どうだ!」
久貝が口火を切ると、北原がそれに追従する。
朝陽や柳洞寺と言った他のメンツも気になるのか肉を食べながらも視線は八神と凍雲の方へと向いている。
「私の方は完璧だよ。“超克”もある程度の練度になったし、紋章術に関してはかなり上達したと思う」
風早の身体に憑依して“超克”を用いた戦闘を経験したことで感覚を掴み、精神世界の修行で“超克”の理論と経験を染みつかせた。
それらが合一することで、こと“超克”に関しては他の生徒の一歩先を行くのではないかという完成度だ。
紋章術に関しても先の憑依経験が功を奏したのか、あれ以後みるみる上達していった。
今では速度においては特務課でも通用するレベルにまでなった。
「正直言って優勝は頂いたかな」
「貴様の未来視も大したことはないな」
「ハァ!? 私の弟子が優勝できないとでも? ていうか未来視なんてつまらないことするわけないでしょ。私はただ愛弟子を信じてるだけだしぃ」
ビールを片手に眉間に皺を寄せて突っかかる八神の顔面を押しのけて距離を取ると、
「悪いが優勝するのは吉良赫司だ。奴には“超克”はもちろん、俺の射撃技術と演算理論を叩き込んだ。最早奴の射撃から逃れることは叶わん」
「当・た・り・ま・せ・ん〜。なんなら開幕速攻で目視すらできずに撃沈します〜」
「ハハハハハ! 仲が良いなぁお二人さん。流石バディ。息ピッタリだな!」
久貝がパンパン、と手を叩いて仲裁に入りながら二人の仲の良さを讃える。
かえって火に油を注いでしまっているのだが、それに反応するよりも前にとんでもない爆弾が久貝に追従する形で発言した北原の口から発される。
「仲良し夫婦!!」
「北原さん、それだけはないから」
大抵のことは許す八神であるが、その発言だけは耐えられなかったのか幼児のように笑う北原の頬を掴んで凄む。
優しげなお姉さんが一転して鬼の形相となり怖かったのか、北原は涙目になりながらブンブンと首が取れるのではないかという勢いで首肯する。
“反省できて偉いぞ”と北原の頭を撫でるも、先程の八神の恐ろしさが残っているのかピュッと柳洞寺の背に隠れてしまう。
「ハッハッハ! 別に隠れんでも良かろうて。彼女はもう怒ってないから怖がらずとも良い」
「もう……怒って……ない……?」
溢れんばかりの涙を目尻に溜めて怖がる北原。
そんな彼女を見ていると、八神の罪悪感が凄まじく刺激されてこっちが辛くなる。
肉体年齢は十九歳で十分大人なのだ。
だが、精神年齢がそれに伴っていないが故に、何故だか大人気もなく幼児を泣かせてしまったかのような感覚に陥るのだ。
「ごめんね。もう怒ってないから大丈夫だよ」
そう言って優しく微笑みかけながら頭を撫でると、今度は受け入れてくれて気持ちよさそうに目を細めていた。
「しかし、何故そうも嫌がるのだ? 其方が拒絶するから落ち込んでおるぞ」
「落ち込んではいない」
柳洞寺が指差す方を見ると確かにいつも通りの無表情な凍雲だが、その眉尻は少し下がっており、落ち込んでいるようだった。
「別に凍雲が嫌いなわけじゃないよ。ただ、夫婦っていうのは互いを好き合う特別な関係でしょ。ある種神聖なものでもあるから、それで揶揄って欲しくないだけ。凍雲とはバディであってそういう色恋的な関係でもないしね」
「ほほう、存外乙女チックなのだな其方は」
目を背け、頬を赤らめながら恥ずかしそうに理由を述べる八神。
そんな彼女の今時珍しいくらいピュアな価値観に感心して柳洞寺がうなづく。
「そうなのよぉ〜! ウチの八神ちゃんったらツンデレで乙女チックでカワイイでしょぉ〜」
「アハハハハハ! そうそう! 私の後輩は世界一ィィィーーーーッ!」
柳洞寺の言葉に乗るようにマシュが同意する。
静は既に酒に飲まれてしまっているのか、顔を真っ赤にしてグデングデンの状態で八神にのしかかりながら雄叫びをあげる。
「お、乙女チックなのは百歩譲って認めるけど! 私は! ツンデレじゃ! なーーーーッい!!」
八神にのしかかるように抱きつく静に便乗して、酔っ払ったルミや、なんか楽しそうという理由で抱きついてきた北原たちに揉みくちゃにされながら八神は否定の声を上げる。
まぁ、誰もが微笑ましい目で見てまともに取り合わないのだが。
「どさくさに紛れてセクハラしてんじゃねぇ!! この酔っ払いどもがぁーーーーーッ!!」
その後も酔っ払いたちの大騒ぎは午後の競技が始まる直前まで続いたのであった。
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