第31話 生存者は……


 突如遥か高空。

 成層圏の更に向こう側。

 衛星軌道上から照射された破滅の光によって、デリットアジトは地下を含めて全て消失した。


 そして、その余波で付近に待機してサポートを行なっていたマシュと糸魚川いといがわ、下部組織のサポートメンバーが乗車していた指揮統制車両も吹き飛ばされて横転していた。


「——ッッ! ……みんな、無事!?」


 吹き飛ばされた車両内で揉みくちゃにされたマシュは頭部の軽い流血をハンカチで抑え、周囲の無事を確認する。

 声掛けに反応した下部組織の人員は、一様に打撲や軽い流血はあれど大事はないようだ。


 次に、八神ら実働部隊の安否確認をしようと車内の機材をみやる。

 だが、先の衝撃でその殆どがダメになってしまっていた。


「——ッッ!! しょうがない。……みんなは機材の復旧を! ひじりはみんなの護衛をお願い!!」


 マシュはそう叫ぶと、衝撃で歪んで開かなくなった車両のドアを蹴破って外へ飛び出す。


「待ってマシュ! 危険だよ! まだ敵が外にいるかもしれない!!」

「だからこそ行かなくちゃいけないのよ! 動けるアタシが助けにいかなくちゃいけないの!!」


 糸魚川いといがわの静止の声を振り切ってマシュは走り出す。

 デリットのアジトに降り注いだ超高エネルギー反応の熱量は、かつて計測した史上最強の紋章者である朝陽の渾身の一撃をも上回っていた。

 そんなものを防ぐなど、天羽あもう班長ですら難しい。

 正直言って生存は絶望的だ。


 だけど、信じている。

 冷静に考えれば生存の余地などない。

 実働部隊最強である天羽班長ですら、あのエネルギー兵器を防ぐことはできない。


 あの場には空間転移で回避できる可能性がある八神もいた。

 しかし、バイタルチェックで計測していた限りでは空間転移できるほどの魔力は残っていなかった。

 エネルギー反応から照射までがあまりに早過ぎて紋章絶技を行使する暇すらなかった。

 絶望的な結果を導く要素など掃いて捨てるほどある。


 だけど、それを覆すのが紋章者だ。


(みんなは生きている。……絶対に、生きてる!!)

 

 そう、自身に言い聞かせるように信じてひた走るマシュ。

 その視界の先にアジトの跡地。

 つまり、先の光学衛星兵器によって穿たれた暗黒が視界に広がる。


 そこに生存者はいない。


 ただ、底の見えない穴と、衝撃波で薙ぎ倒されたビルの残骸だけがそこに佇む。


 生きていると思っていた。

 絶望的な要素しかなくても、彼らならばボロボロになりながらも元気な姿を見せてくれると思っていた。


 あの天羽班長ならば。

 底知れない実力者の土御門つちみかどならば。

 未来すら見通す凍雲いてぐもならば。

 ポンコツながら神がかった技巧を持つじんならば。

 器用で機転が効くルークならば。

 諦めの悪い八神やがみならば。


 なんだかんだ方法を見つけて生きていると思っていたのだ。

 だが、現実は非情であった。


 生存者ゼロ。


 絶望的な結果を前に、マシュの膝から力が抜けてその場にへたり込んで呆然とする。


 そこに、空から一つの影がマシュの前へ降り立つ。


 それは黒い龍のような、鋭角的なパワードスーツを着用していたシェリルを想起させる人物であった。

 基本フォルムは彼女同様、鋭角的な黒龍を模した龍の亜人のような姿。

 だが、彼女とは異なり、その身をパワードスーツが包んでいるのではない。

 機械と地肌の境界線がないところを見るに、少なくとも彼は純粋な人間ではないようだった。


 また、ミシェルとの相違点としては翼が挙げられる。

 彼女のパワードスーツ“ジルニトラ”は、黒い鱗に覆われたような一枚の翼であった。

 それに対して、彼の翼は無数の黒い結晶が集まって形成されているかのような翼である。

 翼の根本からは左右二対の布のようなものが伸びており、そこには幾つもの紋章が刻まれている。

 そして、その機体の胸部にはHSを斜線で消した表記があった。

 そのマークはデリットで用いられていたものだ。

 しかし、それは元々はある都市国家の一派閥が用いていたマークである。

 その都市国家の名は——


「……アトランティス!!」

「貴様らに恨みはないが、知識を流出させる訳にはいかないのでな。恨むならば愚かなるデリットとやらを恨め」


 “それももう消えたがな”

 感情を一切感じさせないフラットな声色で呟く彼は作業的に知識流出源の焼却を実行すべく、その腕に搭載された焼却砲にエネルギーを充填する。

 絶望により崩れた心身の中で進む怒涛の展開に、頭では抵抗しなければいけないと分かっているのに、身体がそれに追いつかない。

 

 マシュは、抵抗はおろか、身じろぎすらままならない。

 されど、情け容赦なく彼の腕からは人一人を焼却するには過剰な熱量が放出される。


 その直前。

 頭上にエネルギー反応を検知する。

 同時に、危機感知が反応した彼は焼却砲をそのまま頭上から襲い来る襲撃者へと放出する。


 莫大な熱エネルギーは襲撃者を容易く飲み込む。

 だが、襲撃者は人の身を塵一つ残さず焼き尽くすに足る熱エネルギーの中を切り裂いて、彼の右腕を切り落とした。


 追撃を避けるためにバックステップで距離を取った彼の視界に襲撃者の姿が映り、驚愕する。


「バカな。何故、貴様がそこにいる」


 フラットだった声色を僅かに崩して驚愕する彼の前には、ある女性の姿があった。

 あでやかな茶髪を風になびかせ、身の丈程もある十字架を思わせる長大な剣を地面に突き刺すその女性の名は——


「天羽……班長……」

「ほら、いつまで座り込んでいるんだい?」


 現れたのは天羽華澄。あもうかすみ

 特務課第二班班長の優美なる女性だった。

 彼女はへたり込んでいたマシュの手を引っ張って立ち上がらせる。


「アルテミスの星間砲撃を受けて生きていられるはずがない」

「そうだね。私以外は全員死んだよ」


 天羽は淡々と絶望的な現実を見せる。

 衛星兵器アルテミスが砲撃を放った時。

 その前兆をマシュが観測するよりも前に、天羽の特別な眼は宇宙空間のエネルギー反応を感知していた。

 そして、アジト内の全員のスペック、残魔力をかんがみて即座に冷徹な決断を下したのだ。

 即ち、全員を見捨てると。


 仲間を見捨てる決断を下した彼女は、サンドバックにしていたエンドレスの紋章を切り取って魔力の塊に変換すると、即座に退避を選択した。


 そうすることで、仲間の命と引き換えにアルテミスの星間砲撃から難を逃れることができたのだ。


「そんな……、いえ、……貴女だけでも無事で良かったです」


 仲間を見捨てて逃げ出した天羽にほんの一瞬いきどおりを覚える。

 だが、それが最善で、それしか選択肢がなかったのだと思い直し、彼女だけでも生き残ってくれたことを喜ぶ。

 しかし、その言葉に天羽はほんの少し悲しげに眉を寄せる。


「そんな悲しい事言わないでよ。私はみんなを見捨てる決断を下したけど、見捨てたままにするだなんて言ってないよ」


 そういうと、天羽は懐から光り輝く魔力塊を取り出す。

 絶望を希望に変える奇跡を起こす為に。


「紋章絶技:生冥流転せいめいるてん


 エンドレスから取り出した紋章六画分の魔力全てを消費した紋章絶技。

 そのまばゆくも温かい光が辺りの空間を優しく包み込む。

 生命の息吹を感じさせるその光は、周囲に満ちた余剰エネルギーだけで身体に力をみなぎらせ、荒れ果てた地上に草木を芽吹かせた。


 そして、温かい光が晴れたそこには、アルテミスの砲撃によって跡形も無く消失したはずの土御門、凍雲、静、八神、ルークたち五人の姿があった。


 意識なく横たわる彼女らの裸体を隠す為に麻製の簡易な衣服を纏わせるように構築した天羽。

 彼女は地面から生やしたつるを器用に扱って、六人の身柄を自身の背後にいるマシュに任せる。


「マシュ、彼女たちをお願いね」

 

 背後で奇跡を目の当たりにして呆然とするマシュに笑みを向けた天羽は、視線を眼前の敵に向け直す。


「で、どうするんだい? ここで私と交戦しても君に勝ち目はない。後の外交関係を悪化させるだけだと思うけど」


 本来ならば、デリットのアジトごと特務課のメンバーも全員消し去ることで情報を抹消するつもりだった。

 証言者を残さないことで、アトランティスの足が着くこともなかったはずだ。


 だが、アルテミスで消し去ったはずの実働部隊には生き残りがいた。

 そして、その者によって消し去った者も蘇生されてしまった。


 ここで実力行使に出ても敗北は必至。

 彼女の言う通り、口封じのできない現状では更に外交の場を不利にするだけだろう。

 戦争をするにも、今はまだその時ではない。


「……撤退する」

 

 感情を感じさせないフラットな声色で、己が利となる合理的判断を下した彼は空間に手をかざして、光すら飲み込む暗闇を展開する。


 それを見たマシュは不意打ちを警戒する。

 しかし、彼は自身に向けられる警戒の色を意に介さず暗闇の先へと消えていった。

 その後、暗闇は音もなく空間に溶けるかのように消え去っていった。

 

「何とかみんな生きて帰れそうだね」


 ホッと安堵の溜息を漏らしたのは先程、啖呵を切っていた天羽だった。

 実は彼女の魔力はその殆どが尽きてしまっており、あのまま戦っていれば勝つ事はできるが町一つを犠牲にしなければいけないところだったのだ。

 

「問題を一先ず解決したと思ったら、また新たな問題が浮上しましたけどねぇ。知っていましたか? あんなものが宙に浮かんでいるだなんて」


 デリットは壊滅した。

 彼女らの知る所ではないが、デリットの海外支部も全てアトランティスによって壊滅させられている。

 故に、最早彼らが再起することはない。


 だが、それと引き換えにしても余りある問題が表出した。

 ビル一つを地下施設ごと消失させ、その余波だけで半径五〇〇メートル圏内の建物を吹き飛ばす光学兵器を搭載した人工衛星アルテミス。

 その存在は知られていないかっただけで、以前から存在していたのかもしれない。

 だが、それが表に出てきてしまった以上、いまさら無視など到底できない。

 

 アルテミスの砲撃はレート7に相当する実力者である天羽華澄ですら防ぐ事が困難な程の超高エネルギー。

 つまり、一度ひとたび照射されてしまえば迎撃も防御も困難極める戦略兵器で四六時中狙われているようなものなのだ。

 これを無視して安息の日々を送れる程、太い神経の持ち主などいるものか。


「それに関しては今のところ問題ないよ。朝陽がいる限り奴等が戦争を吹っかけてくることはない」


 朝陽昇陽。

 人類史上最強の紋章者である彼が日本にいるからこそ、未然に防げている争いなど枚挙にいとまが無い。

 アトランティスとの争いに関してもそうだ。

 仮に日本へ攻め込めば彼を敵に回す事となる。

 そして彼の相手など同じレート7でも厳しい。

 彼に対抗しうるレート7でも上位の力を持つ実力者などそうそういないのだ。

 あのアトランティスですら、時間稼ぎは出来ても打倒は不可能だろう。


「それに、仮に向こうが急にやる気出してきてアルテミスで奇襲を仕掛けてきても、バトルドームに私がいれば迎撃できる」


 今回迎撃できなかったのは迎撃に必要なエネルギーを調達できなかったからだ。

 彼女の紋章術を用いれば周囲に満ちたエネルギーを活用することができる。

 ただし、アルテミスの砲撃を打ち消す程のエネルギーを周囲から徴収ちょうしゅうしてしまえば、エネルギーを吸い取られた周囲は数十年の間草木の生えない、死の大地と化してしまうのだ。


 だからこそ、彼女はアルテミスの砲撃の迎撃を諦めて、エンドレスの紋章を用いた死後の蘇生を選択した。

 殺さずに捕縛するという命令に反してエンドレスを殺すことになるが、仲間の命と日本国土の維持を考えればこれが最善だと判断したのだ。

 

 しかし、バトルドームは天羽華澄が全力を振るえるように龍脈を収束させ、龍脈の収束地である龍穴りゅうけつを人工的に作り出した土地の上に建つ特殊な土地である。


 そこでなら彼女は龍穴から星のエネルギーをノーリスクでほぼ無尽蔵に引き出すことができる。

 魔力に不自由することはなくなり、人類史上最強と謳われる朝陽昇陽と同等の力を振るうことができるのだ。


 つまり、底の見えない穴を開けて直径一キロメートル圏内の建物を余波だけで吹き飛ばすアルテミスの砲撃ですら迎撃可能なのだ。

 

「だから当分の間。……少なくともアルテミスをどうにかするまで、私は対アルテミス用にバトルドームで待機ってことになるだろうけどね」

「外交官、いや、ここまでの話となると首相の腕の見せ所って話になるのでしょうかね」

「順当な話ならそうなるけど、もしかしたらもっと裏の何かが話をつけるのかもしれないね」


 “ま、そこまで行くと最早陰謀論みたいな話になっちゃうから、真相は私達現場の人間には死んでもわからないことだけどね”。

 そう話を締め括った天羽は自動車よりも少し大きい、淡い光を放つ鳥を生み出す。

 そして、その鳥に未だ意識を取り戻さない八神らを乗せる。


「それじゃ、彼女たちは責任持ってバトルドームへ搬送するから後始末は任せてもいいかな?」

「分かりました。被害状況の確認と待機させてるメンバーへの指示は任せてください」

「お願いするよ。流石に私も疲れたからね」


 天羽は意識を失っている五人を乗せる鳥に同乗してバトルドームへと飛び立った。


「さて、この大穴の空いた責任は誰が取ることになるのかしら……」


 人間の悪しき習性責任の押し付けの貧乏くじを引くのは誰なのか。

 可哀想な誰かさんに同情しながら、まずは報・連・相の為に待機させていた糸魚川いといがわらの方へ踵を向けるのであった。

 

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