第27話 九番目の龍を薙ぐ




「ソロモン七十二柱の悪魔序列第十位『ブエル』を仮想召喚」


 ルシファーの眼前に星のような形をした五本足の悪魔が虚空より染み出すように現出する。

  それを知覚した時には、二人の上半身は次元ごと切り裂かれ、砕け散っていた。



    ◇



 その未来を見た八神は即座に対策を講じる。


「ソロモン七十二柱の悪魔序列第十位『ブエル』を仮想召喚」

「天の位階第六位能天使より、第四天の守護者『シャムシエル』を仮想召喚」


 ルシファーと同時に詠唱を終える。

 ルシファーの眼前には五本足の星のような悪魔。

 八神の眼前には真円をかたどる光の門が現出する。

 『神の強き太陽』を名に冠するその天使は生物らしい姿をとらない。

 その姿はまさに小さな太陽そのものである。


 『シャムシエル』がその権能を発揮する。

 放たれた指向性を持った太陽光は、レーザーが如く『ブエル』の次元切断概念すらもその光で焼き尽くして尚止まらない。

 当然、その背後にいたルシファーも秒速三〇万キロメートルで迫る死の光によって瞬時に灰塵と帰すのが道理ではある。

 だが、無限の存在へと回帰したルシファーにその程度の攻撃は通用しない。

 太陽の熱量をそのまま浴びているに等しいというのに、彼の肉体には一切の影響を与えられていなかった。

 

「地に縛れ。主の災厄を知らせる深紅石しんくせきよ」


 地を幾多にも枝分かれする深紅のラインが走る。

 地を這い、まるで根を張るようにルシファーの足に伝う。

 瞬間、激痛が迸る。

 

(本来危機察知のためにある術式の感知感度を一点強化することで、激痛によって足止めする術式に転用したか……!!)


 危機察知。

 つまり、本来は対象者に益を与える術式が故に、無限の存在であるルシファーにも術式効果は通用してしまう。

 そして、彼はその痛みによって僅かな隙を作ってしまった。


 当然、その隙を逃す筈がない。

 ミカは鞘から抜かれた剣を袈裟斬りに振るう。

 回避不能。

 防御不能の決定的な一撃。


 ……その筈だった。


 袈裟斬りに振われた防御不能の斬撃は指二本でつまみ取られてしまう。


「良い連携だった。……だが、無限の存在へと回帰した俺様に有限の概念は届かんよ」

「そんなッ!!?」


 不可視の衝撃がミカを襲う。

 布を水に浸すように、全身を均一な衝撃が襲うという不可思議極まりない攻撃によりミカは吹き飛ばされる。

 追撃の術式を組んでいた八神も距離が離れ、動いた様子もなかったにもかかわらず顔面を蹴り飛ばされるという、説明できない攻撃で吹き飛ばされる。


く立ち上がらねば死ぬぞ」


 言葉と同時。

 二人に不可視の絨毯爆撃が襲う。

 未来を見ていた八神はミカと共に空間転移で回避する。

 だが、八神に見えていたものが彼に見えぬはずもない。

 未来を見たルシファーは彼女らの転移先に重圧をかける。


「グァッ!!」

「——ッッ!」


 空間そのものに押さえつけられるかのような、全方位からの重圧に抑えつけられる二人。

 地に沈められながらも、即座にアイコンタクトを取る。


『私に気にせず回避してください!』


 八神の脳内に直接言葉が叩きつけられる。

 逡巡しゅんじゅんする間などない。

 その言葉に彼女の策があると信じた八神は、空間転移で回避行動に移る。


 城の遥か上空二〇〇〇メートル地点。

 無限の魔力にものを言わせた莫大なエネルギーを投槍の形に留めた、赫黒く輝く光の槍を天魔が構えていた。


愚者を裁く深淵の投槍アナテマ・ソリフェレウム


 ズバァンっっ!!


 あまりの投擲力に大気が悲鳴をあげる。

 投擲とうてきの余波だけでもあらゆる生命を死に至らしめる破滅の投槍は亜光速にすら達し、寸分違わずミカに直撃する。


 寸前で鞘から抜かれた剣を盾に防御する。

 しかし、愚者を裁く深淵の投槍アナテマ・ソリフェレウムは敵対存在を刺し貫き、滅ぼす二段階の工程を有する技。

 鞘から抜かれた剣を刺し貫いた赫黒く輝く光の槍はその身を一層輝かせる。


 ズォォオオオオオオン!!!!


 ノイシュヴァンシュタイン城を想起させる豪華絢爛な王城全てが赫黒い炎によって飲み込まれる。

 爆炎は天高く昇る。

 核爆発よりもなお強力な衝撃波と熱波が、理想郷と化した大地を死の荒野へと変えていく。

 

 その様子を滞空して眺めるルシファーに、音もなく背後から日本刀による斬撃が迫る。

 未来を見た八神は空間転移で攻撃を交わしながら背後に回っていたのだ。


 しかし、ルシファーもまた未来が見える者。

 獄炎の光輪を物質化して刃を防ぐ。

 同時に、光輪から炎の棘を無数に伸ばして反撃する。

 けれど、無数の炎の針に刺し貫かれながらも、八神の口元は弧を描いていた。


「私はその光輪を『否定』する」


 その日本刀は十二画の紋章となり、全能の力を取り戻した彼女が再現した紋章武具『否姫』だった。


 『存在否定』アン・イグジステンス

 彼女が用いた技は本来紋章一画を消費して発動できる紋章絶技に分類されるものだった。

 本来ならばこの技は存在を永遠に否定し続けるという強力無比なものだ。

 それを彼女は十二画もの莫大な魔力をもって、僅か数秒だけ否定するという具合に劣化しているとはいえ、紋章画数の消費なしで発動してみせた。


 『存在否定』アン・イグジステンスによって、力の象徴でもある光輪を失ったルシファーは無限としての存在から有限にまで堕とされる。


「フッ。俺様の見る未来を越えるか」

「私たちは一人じゃないからね」


 正義の秤が揺れる。

 ルシファーの全身に火傷、裂傷が無数に刻まれ、血を噴き出す。


「ガフッ!?」


 ルシファーは突如刻まれた瀕死の重傷に目を見開く。

 即座に術者を察した彼は、愚者を裁く深淵の投槍アナテマ・ソリフェレウムの着弾点を見る。

 豪華絢爛な王城跡地には底の見えない大穴が空いていた。

 その周囲は、数十キロメートルに渡ってクレーターが刻まれている。

 そのクレーター部分に下半身を土砂に埋めたミカがいた。


「どこまでも俺様をたかぶらせてくれる女だ……!!」


 彼女の身体は目に見える部分だけでも火傷、裂傷などが至る所に刻まれていた。

 怪我を負っていない箇所を探す方が難しい、瀕死の重傷だ。


 だが、これこそが彼女自身が考えた策。

 八神がルシファーの無限を討ち破ってくれると信じて、自身はあえて攻撃を受けることで重傷を負う。

 そして、有限の存在となったルシファーと自身の損傷具合を調和させることで、決定的な隙を作ったのだ。

 我が身を犠牲にして圧倒的格上に一矢報いた彼女の奮闘に心底高揚し、致命的な場面であるにもかかわらず、その顔には笑みが浮かんでいた。


「さぁ、もう一度敗北の味を噛み締めなさい」


 地に半身を埋めながらミカは上空の決着を見届ける。


「私たちの勝利をその身に刻め!! 闇を照らす魁となれ、明星の剣フォスフォロス

「——その輝き、しかと見届けた」


 天すらも引き裂く長大な光の剣によって、天魔ルシファーは袈裟斬りに斬り裂かれた。

 ルシファーは切り裂かれる瞬間すらも最後まで余裕の笑みを崩さなかった。

 彼の天と魔を統べる覇王としての矜持か。

 その身に刻まれた傲慢さ大罪故か。

 それは彼のみぞ知ることだが、一つだけ確かなことがある。


 天魔ルシファーは最期の瞬間まで誉高き王であった。



______________________________________________

解説


【無限の存在】

 某無下限呪術と六眼の抱き合わせ呪術師と同一のものではない。

 どちらかというととあるの魔神に近く、存在そのものが無限であるため、損傷(減少)することがない。

 例を出して言うと、無限に存在するりんごを一つ消費したところですぐに増加量が消費量を補うため、総体としては無限個に変わりはない。

 という感じ。


 ちなみに鞘から抜かれた剣の斬撃は効かない。

 けれど、刺突は本来の効力通り一瞬で灰燼に帰すことはないが、不治の傷を刻む程度には効果有り。

 無限の存在だろうと、ある一点が永続的に消失し続ければ、総体的に見ても空白ができるからね。

つまり……“やめろ、その攻撃は俺様に効く”


【魔術】

 紋章術と同意。

 詳しくはもうちょっと(あと一章分か二章分くらい)先の本編で解説。


【術式】

 魔術の内容。

 魔術を構成するプログラム。


【深淵の獣】

 深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ。というニーチェの格言から着想。

 本来は対象者のドッペルゲンガーを創り出して自滅させる技。

 それをルシファーは自身に行使した上でドッペルゲンガーに自身の魂の半分を割譲することで強制的に支配下に置いた。

 術式を書き換えて従えることもできたが、それだと1/1スケールのつよつよルシファーがもう一人爆誕してしまい、相手にならないので態々魂を割譲して実力を半分に下げた。

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