第4話 凍結の紋章者

「どうやら、一度様子見に入ったようだな」

 

 凍雲は見晴らしの良い所でジッとしているのも悪手だと考え、近くのビルへ入る。

 ただ、このままビル内へ入ればもし、八神に見られていたらどこに場所を移したかがバレてしまう。

 なので、目眩しを行うことにした。


霧煙る冬ホワイトアウト


 右手に氷塵を創造し、魔力で圧縮を掛ける。

 それを上へ放り投げると、圧力が消えたことで自由となった氷塵は真っ白な煙となって周囲一帯へと爆発的な広がりを見せた。


 その勢いは高層階の窓ガラスをも破る威力。

 半径一キロメートル圏内は建物の内部を含めて、全てが白煙に飲みこまれた。


 白煙に紛れて付近にあった三階建ての小さなオフィスビルに入ると、社長室の豪奢な椅子に腰掛けて索敵に専念する。


 この白煙は先程の戦いでも八神が警戒していた氷塵だ。

 つまり彼は目眩しと同時に索敵も行っているのだ。

 だが、


「……いない?」


 半径一キロメートル圏内を飲み込んだ氷塵は例え蟻一匹すら見逃さない。

 人一人など直ぐに見つかるはずだ。


 けれど、ソナーにはネズミや虫などのオブジェクトとして設置された生物の反応はあるが、人間の反応が一つもない。

 爆風に乗った氷塵は隅から隅まで行き渡り、例え屋内に潜んでいようと見つけるはずだが……。


「この短時間で射程圏外まで逃れられるとは思えない。……いや、待て。確か聖書でルシフェルは蛇に化けてイブを唆したという話があったはず。ということは、人以外に変身することも可能と考えた方がいいな」


 ルシフェルは旧約聖書にて、天を追放された後に善悪の知識の実を食べるよう蛇に化けてイブを唆した。

 この説話は正確にはルシフェルではない。

 天を追放され、堕天した後、名をルシファー又はサタンと改めた神の敵対者としての側面に基づくものだ。

 しかし、ルシフェルの紋章として振るう力としては充分拡大解釈の範囲内であると言えよう。


「なら、射程圏内全ての生体反応を凍結させるまでだ」


 街に潜む動物型NPCに紛れたと考えた凍雲は、射程圏内全ての生体反応を凍結させるべく、街を飲み込んでいる白煙に意識を集中させる。

 路上、建物内、地下に至るまで全ての生体反応を対象として、氷塵を媒介とした紋章術を発動する。


手向けるは弔いの氷華ダイヤモンド・ダスト


 NPCに付着した氷塵が花開く。

 無数の氷華に包まれ、その全てが一寸の狂いなく凍結する。


 事態が動いたのはその次の瞬間だった。


 社長室を含むオフィスビルの三階部分が真下からの眩い光線によって吹き飛ばされた。

 戦闘開始時から常時全身を魔力で強化していた為、辛うじて致命傷は防げたものの、全身に軽い火傷を負ってしまう。


 凍雲は来るであろう、下からの追撃に備えて両腕に氷の鎧を纏って身体の前で交差する。

 彼の読み通り、追撃のアッパーカットが交差した両腕にヒットする。

 大きなダメージは無いが、その勢いで上空へと押し上げられてしまう。


「貴様! 一体どこにいた!?」

「蛇に変身して水道管を通って給湯室に忍び込んだんだよ。流石に水道管の中までは氷塵による監視の目は届かなかったでしょ」


 目論みが成功した八神は喜色を浮かべて口角を上げる。

 そのまま追撃として、交差する両腕へと蹴上げを叩き込む。

 その後、幾度も打撃を加えて更に更に上空へと押し上げていく。


 これこそが彼女が考えた凍雲の攻略法だ。

 地上では広域破壊を除けば、彼女が実践したように水道管のような外気に触れにくいスペースを移動することでしか氷塵を掻い潜る方法はない。


 だが、それでは奇襲はできても決定打は与えられない。

 暗殺者のように奇襲だけで勝負を決められるのならそれで充分だろう。

 しかし、彼女の戦闘スタイルは正面からの近接戦闘。


 奇襲はあくまで手段の一つでしかない。

 それを必殺の決め手とするほどには彼女の練度は至っていないのだ。

 故に、彼女は戦闘環境そのものを変えることにした。

 周囲に配慮しなければならない市街地から、配慮するもののない大空へと。


 けれど、それをそう易々と許す彼ではない。


 「凍結解凍、Full burst」


 瞬間、彼らの周囲で無数の衝撃波が炸裂した。

 彼は戦闘中凍結させていた衝撃を全て自身の周囲へと滞空させていたのだ。

 あまりに密接した状態であったため、自身を巻き込む形で発動せざるを得なかったが、傷を負う代償に距離を離すことには成功した。

 

 しかし、奥の手を隠していたのは彼だけではなかった。


「突き抜けろ! 飛翔せし天の翼刃アーレス

「——ッッ!!」

 

 先まで潜んでいたビルの跡地から無数の羽が鳥の群体のように高速で飛来し、凍雲を飲み込んだ。

 羽の群体には凍雲の身体を切り裂くことほどの攻撃性はない。

 しかし、服に引っかかることで無理矢理彼を上空へと連れて行く。


「ここなら、全力で戦える!」


 上空一〇〇〇メートルまで打ち上げた八神は、翼で飛翔した勢いそのままに光り輝く槍を投合した。

 大気を焼いてオレンジの軌跡を描きながら突き進む光の槍は、凍雲の交差する両腕へと直撃する。

 瞬間、眼を焼く程の極光を伴った大爆発が大空を焼き尽くした。


「全力で戦えるのは貴様だけではない」


 声と共に極光を引き裂いて氷の三叉槍が飛来する。

 八神はそれを難なく翼で払い除けた。


 天を飲み込んだ極光が晴れる。

 その中から現れた彼の姿は、先の様相から一変していた。


 スーツに身を包んでいた身体は、龍を模した刺々しい印象を与える氷の鎧に覆われていた。

 臀部からは刃のように鋭い尾。

 背部からは柔らかな羽毛の印象を与える八神の翼と対を為すかのような、龍が如き鋭利で硬質的な翼が一対。


「加減はなしだ」


 龍を模した鎧兜から鋭い眼光を覗かせる凍雲の言葉に、八神は何も言わずただ好戦的な笑みをもって返した。


 上空一〇〇〇メートル。

 先の街並みが遥か下に霞む大空の大舞台。

 光を齎す至高の天使。

 全てを凍てつかせる龍騎士。

 両者による戦いの決着が今、着かんとしていた。

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