第17話 ぬふ!良きスメルでしたぞ!by美少女ソムリエDEBU



 裏路地を駆け抜ける。

 八神が光を操作して作り出した幻影で惑わし、じんが空気の密度を操作して光を屈折させて透明化してやり過ごす。

 全力ダッシュにパルクール。

 果ては下水道を通ることでなんとか人々を撒くことに成功した二人は、下水道を抜けた先にあった東京ドーム二つ分程の広さに、数十メートルもの高さがある巨大な地下ホールに辿り着いていた。


 地下空間ではあるが、照明装置を起動させたため、ある程度の明かりは確保されている。

 ここは一般には公開されていない施設。

 災害や戦争といった緊急時の避難施設として設けられた地下空間であり、捜査班アンダーグラウンドの長と落ち合う場所でもあった。


「ハァ……ハァ……、やっと撒けた……」


 八神は両膝に手をついて乱れた息を整えていた。

 その額にはうっすらと汗が浮かんでいる。


「……ふぅ。なんでただの一般人があんなに追跡上手いのよ……。特務課の戦闘員の追跡ができるとか、もはや一般人じゃなくて逸般人いっぱんじんじゃないの」


 一足早く息を整えた静は袖で額の汗を拭いながら、先の出来事を振り返ってドン引きする。


「……ホントにね。特にあのhshsうるさかったDEBUが一番怖かった。……なんで幻影にも惑わされず、透明化しても変態機動で追いかけてこれたのか……」

「……悲しいモンスターのことは忘れましょう」

 

 二人の言うように逸般人いっぱんじんの猛追は凄まじかった。

 彼らはなんとか有名人である彼女らの写真を、あわよくば自身を含めたスリーショット写真を撮ってSNSにUPしようと路地裏まで追いかけてきたのだ。


 多くの一般人は特務課戦闘員である二人の動きについていけず脱落した。

 しかし、残った数人の執念と追跡能力が凄まじかった。

 金髪チャラ男、スーツ姿のオタクっぽいお姉さん、うすらハゲの中年、青髪パンチパーマのおばちゃん、……そして鼻息の荒いDEBU。


 残った数人も幻影で惑わしたり、透明化することでなんとか撒けた。

 けれど、美少女に脳を狂わされた悲しきDEBUだけは次元が違った。

 二人の動きにも、その体型からは考えられない変態的とも言える凄まじい身のこなしでついていく。


 幻影など即座に看破——“ぬふー、幻影で惑わそうともその美少女スメルは隠せてないでござるhshs”——。

 透明化しようとも一切の迷いなく、“ぬふふふふー、美少女ビジョン、美少女スメルを隠せてもその輝きまでは隠せてませぬぞぬふー⤴︎” と訳の分からない言葉を並べながら追跡してきた。


 あまりの追跡能力の高さ、そして純粋なまでの気持ち悪さに全身に鳥肌が立つ。

 内心、悲鳴をあげながら逃げていると、“ぬふ! 拙者、美少女に嫌悪されるのはばっちこいでござるが、怖がらせるのは不本意ですぞ。ごめんですぞ、お二方! 美少女成分はたっぷり堪能したので拙者これにて失礼しますぞ!!”と、後方からDEBUの声が聞こえて振り返る。

 そこにはもう誰の姿もなく、心の底から安堵して二人は目的地であった下水道へと侵入していったのだ。


 閑話休題。


 二人が息を整え終えたタイミングを見計らったかのように、バチッという電気が空気を焼く音と共に何者かが現れる。

 明かりがあるとはいえ薄暗いホールの奥から現れたのは、八神より少し年上くらいの女性。

 否、女性と見紛みまがうほど線が細く、されどしなやかな筋肉を発達させた美丈夫であった。


 赤色のシャツにぴったりとした黒のズボンは全体の印象を引き締めている。

 首にはプレート状のシルバーネックレス。

 右腕にはおそらく極細の鋼糸ワイヤーで編まれた、艶消しが施された黒い包帯状の金属が全体を覆うように巻かれている。

 腰で交差するように巻かれたベルトには、握り拳大の正方形の黒い金属塊が幾つかぶら下がっていた。


 周囲を迸る稲妻が彼の腰まで届く、長くつややかな金髪を照らし出し、暗闇で光る碧眼へきがんが三日月に歪む。

 楽しげに歪める表情は楽しい、嬉しいと言った正の感情の発露というよりは、ある種の威嚇のような意味合いを想わせる獰猛どうもうさを感じさせた。


「Hello! 情報にたがわぬ可愛い二人だね。ホント、殺すのが惜しくなってくるよ」

「——ルーク・スペンサー。世界でも有数の傭兵がなんでこんなとこに?」


 ルーク・スペンサー。

 たった一人で一つの戦争を勝利へ導いた経験を持つ世界有数の実力を持つ傭兵。

 そして、現在彼が抱える依頼は……


「いやぁ、そこの彼女を狙うお偉いさんがいてね……って依頼主あからさますぎて隠す必要もないだろうけど。まぁ、兎に角、彼女を渡しなってことだ。You_お分got_it?かり?


(また私絡みか……、情報源にはなるけどひっきりなしに来すぎでは? 暇か?)

 

 八神はうんざりした表情を隠そうともせず露骨に嫌な顔を浮かべる。

 おもむろに、こちらに歩み寄る傭兵にダメ元で尋ねる。


「私を狙うバカの居場所はどこ?」

「オレに勝てたら教えてあげる」

「ハッ、上等!」


 八神は三対の白翼と光輪を展開する。

 彼女が臨戦体勢に入った瞬間、目の前が眩く光った。

 突如放たれた閃光に眼を覆った次の瞬間、バリっという電気のような音が聞こえた頃には、既にジンは壁面まで蹴り飛ばされていた。


「静!!」


(こいつ、雷の紋章者……!? いや、それだけじゃない?)


 静が避けられなかったのは、雷に等しい速度だったから、ではない。

 無念無想に至り、極限以上に極めている静ならばどれだけ速かろうと予備動作を察知して対処することは可能だ。

 なのに反応できなかった理由が何かあるはずなのだ。


(戦いの中で見極める!)


 ルークに向かって加速するため、脚を踏み出そうと片足をあげた瞬間。

 その重心が不安定になる刹那の隙に、八神の全身を飲み込む程の雷撃が襲った。


 その一撃を八神は咄嗟に魔力放出を用いて、不安定な体勢ながらも当たる寸前でかわした。

 その隙に、ルークは腰につけた交差状のベルトに着いている正方形の金属塊を三つ取り外した。


放電冶金アーク・メルティング


 アーク放電によって融解して、液状化させた金属塊を電磁力で操作し、壁を背に倒れるじんを球状に取り囲んだ。


 熱せられた金属。

 それも融解するほどの熱量を持った金属がそう簡単に冷却されるはずはない。

 しかし、未知の金属を用いているのか、彼が電熱を納めた瞬間急速冷却され、瞬時に凝固して静を閉じ込めた。


Let’s_getさて、始め_started!ようか!


 僅か一秒の間に静を無力化したルークは雷電と化す。

 未だ体勢を整えられていない八神。

 声が聞こえた時には既に顔面を掴まれて、地面を砕く程の力で叩きつけられていた。


 だが、彼女もただやられるがままではない。

 叩きつけられた瞬間、反射的に翼で地面を打って衝撃を緩和する。

 そのまま無数の羽を飛ばして周囲一体を無差別に切り刻んだ。

 身体中に浅い切り傷を幾つか創りながらも、致命傷を避けた彼は一度距離を取って息を吐く。


「良い判断だね。いや、反応というべきか。……でも、まだまだだ。あんた自身の力は優れてるけど、紋章術の扱いが未熟過ぎる」


(違和感を感じる程にね。もしかして何かしらの制限、封印でも施されてるのか?)


 ルークは八神に感じた違和感を心中で考察するも、今は頭の片隅へと置いておくことにする。


「余計なお世話。自分がまだまだだなんてことはよく分かってる。だからこそ……」


 輝く光輪、翼から感じる神々しさとは対照的な貪欲な笑みを浮かべる少女。


「貴方を踏み台にして私はもっと強くなる!」


 同様に、全身を迸る稲妻が神々しさを感じさせるも、帯電する碧眼に彩られた猛獣を想わせる獰猛な笑みを浮かべる青年。


「期待してるぜBaby」


 神聖なる獣同士の戦いが幕を開いた。

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