第16話 特務課の天使はバズる
修行二日目。
場所は毎度お馴染みシュミレーションルーム。
前回と同様、砂漠に設定された環境下で二人は模擬戦闘を行なっていた。
形勢は
紋章者としての練度だけならば互角だが、技巧面で圧倒的に上回る静が終始戦況を握っていた。
「ハァッ!」
「甘い!」
砂嵐に紛れる静の実態を正確に拳で捉えた八神。
それを感覚で察知していた静は拳を掴んで捻り上げ、身体の内側に巻き込むように密着した状態から背部による当て身——
砂漠という不安定な足場など関係ない。
砂の大地を爆散させる程の
ゼロ距離から大砲を浴びたかのような衝撃を受けた八神は、内臓が破壊される感覚を最後に意識がブラックアウトした。
修行四日目。
環境設定:平原(雨)
今日の二人はバケツをひっくり返したかのような雨の中、近接戦闘を繰り広げていた。
八神は
だが、そこに焦りなどはない。
そんな邪魔にしかならないものは真っ先に斬り捨てている。
胸中にあるのは、常にどう勝つかという研ぎ澄まされた戦闘思考のみ。
数百、数千、数万。
幾度撃ち合ったか分からぬほどの高速戦闘の末、先に
ほんの僅かに刀を握る力が弱まった隙を突かれて刀を弾かれ、そのまま
八神は苦し紛れに頭突きを試みるも、合わせるように放たれた頭突きで
修行七日目。
環境設定:
目を閉じ、耳を澄ます。
吹き荒れる風が竹を揺らし、葉が擦れる
だが、その中に混じるある一定の法則性を持った音を感じ取った。
「そこ」
八神は感覚に従い、刀を振るう。
刀は静の実体を正確に捉えるものの、刀身の側面を手の甲で撫でるように逸らされる。
そして、そのまま反撃の肘打ち——
「燕返し!」
だが、それを予測していた八神は既に一歩後方へ退いていた。
互いの射程範囲外から、振りおろした勢いを反転させて切り上げる。
通常ならば射程範囲外故に、当然当たらない。
しかし、彼女が振るうは八振りの紋章武具が一つ。
『伸縮』の紋章を宿す
雷のように鋭く、瞬時に
あまりに早い伸縮速度。
音速以上の速度域が知覚できる彼女ですら、伸張する刀身を知覚することはできなかった。
それでも身体が反射的に空気となり、霧散することで辛うじて回避した。
息吐く間も無く、死の予感がその身を襲う。
静は冷や汗がブワッと噴き上がるのを自覚しながら、即座に両腕に魔力を回して防御体勢を取る。
「
三の太刀は即座に放たれた。
大地震を引き起こす振動波を纏った『
その一撃は大地の尽くを粉砕し、地殻すらもひっくり返す。
環境を塗り替える程の馬鹿げた威力の一撃は、さしもの彼女でも受け流しきれなかった。
両腕が粉砕し、左足は膝から先が千切れ、臓器も無事なものを探す方が難しい程の瀕死状態。
だが、彼女は先輩として負けられないという意地。
ただそれだけで身体を動かす。
巻き上げられた地殻の断片が降り注ぐ中、両足を空気に変化させ、交互に爆発させることで高速で駆け抜ける。
だが、八神の攻撃はまだ終わっていなかった。
直感のままに放たれた
それだけで発動条件は整った。
八神は
そして、間断なく。
動けなくなった静の首を地平線の彼方まで伸びた長大な刀身が切り裂いて幕を閉じた。
◇
八神が
その間、静と幾度も交戦することで常時無念無想の境地を継続することが可能にはなった。
されど、練度においては未だ静の方が上な為、敗北と勝利を繰り返していた。
因みに勝率はやや静が上回っているものの、成長速度が凄まじく先輩としての威厳を保つ為、内心は必死である。
書類仕事の方は八神が終わらせた方が遥かに早いということで、本来なら印鑑だけは本人に押させる手筈であったが、今ではそれすらも静の印鑑を借り受けて八神が押している始末。
そして、二人分の作業を行っても静に真っ当に仕事をしてもらうより、遥かに早く仕事が片付けられていく。
そんな悲しい現実を前に、当の本人たる静は後輩の有能ぶりを感心しながら、スマホ片手にSNSへと書き込みを行っていた。
「ねぇ、SNSに画像上げてもいい?」
「自分から申し出てて言うのはあれだけど、後輩に仕事押し付けてSNSする気持ちってどんな気持ち? ……まぁいいけど」
「ああ、人には向き不向きがあるのねって感じ」
そう言うと、彼女は“私の後輩マジ有能♪ 絶対誰にもあげないもんねー(♡´艸`)ニヒヒ♡*゜” という文面と共に書類仕事をこなしている八神を隠し撮りしていた写真をSNSに上げた。
すると、発信してから数秒でコメント欄には、
『え、後輩ちゃん可愛すぎ……』
『可愛いじゃなくてかわいい』
『後輩ちゃんを僕にください!!』
『可愛くて有能って最高かよ』
『推せる』
『後輩に仕事任せてSNSしてる先輩、うん、ドイヒー』
『これはクズ——おっと誰か来たようだ』
『ぬふ! ……hshsしたいですぞ!』
『通報しました』
『でも先輩ちゃんも美人だからこれはこれで新たな百合の形としてイケるのでは?』
『クズ×健気、映画化まったなし』
『事務作業中の真剣な表情の後輩ちゃん美しかわいい』
との書き込みが殺到してめちゃくちゃバズった。
“見て見て!
それを見た八神は、“これってプライバシーポリシー的にセーフなのかな? ……アウトだろうなぁ”、と思いながらも別に困るわけでもなかったので“へぇ、流石私。さすわたー”、と適当に返して書類仕事を終わらせた。
「そんなことより。書類仕事も終わったんで今日も修行相手よろしく」
そう言って立ち上がって静の目に視線を合わせると、静は明後日の方を向きながら“あー”、と意味のない声を漏らす。
「今日の修行はなしってことd——ってわぁっ!! 待って! 落ち着いて!! ちゃんと事情話すから! とりあえず聞いて!? ね! ね!」
凄まじい殺気を放ち、瞳孔全開で両手に『村正』と『無辺』を構えた八神。
当然である。
一体何の為に面倒な書類仕事を肩代わりしてやったと思っているのやら。
“ステイ! ステェイ!!” と殺意の衝動に駆られる八神へなんとか静止を呼びかけることに成功した静は、事情の説明を行うことができた。
カクカク シカジカ オイシイ ケーキ オゴルカラ ユルシテ ツカーサイ
◇
「で、その会わせたい人物って誰?」
八神ら特務課第五班が誇る美少女二名は特務課本部がある
静の話す事情とは、八神と因縁深い【デリット】に潜入している人物から情報提供があるから会わせたいとのことだった。
静はその形の良い小さな口に広がる、ナッツの小気味良い食感と風味豊かで上品な味わいを感じる。
続いて、心を落ち着けるような香りを放つハーブティーで喉を潤した静は、八神へ言葉を返す。
「会わせたい人っていうのは
主に国内外問わず、日本を害する可能性のある国家、秘密結社、犯罪組織などへの諜報活動を行う組織である。
その性質上、
「
“直接会っては素性がバレて諜報活動に支障をきたしてしまうのでは?” と考えた八神がそう尋ねると、
「相手は私たちを遥かに凌駕する科学技術を誇るアトランティスから分裂した組織。直接会うみたいな原始的な手段でないと逆に探知されちゃうのよ。それに会うと言っても普通に会うわけじゃないからその点は大丈夫。会えば分かるわ」
ケーキの最後の一口をゆっくりと味わって、余韻をティーカップに残ったハーブティーで流す。
ほぅっ、とハーブティーの香りを楽しむように息を吐いた。
そんな静の向かいで同じくケーキの最後の一口を食べた八神は“ところで”、と前置きして周囲に目をやる。
「めちゃくちゃ注目浴びてるけど本当に会って大丈夫なの?」
ざわ……ざわ……
なぁ、あの娘って今SNSで話題の……
うわ、スッゲェかわいい……
わぁ、綺麗な金髪……
絹糸みたいにサラサラツヤツヤしてる……
画像より綺麗って凄いなぁ……
ちくわ大明神……
どうせ加工だろって思ってたけど……
誰だ今の……
クズ上司ちゃんも超綺麗……
ぬふー、良きかほりですぞhshs……
お巡りさんあいつです……
やめるンゴ! オラはまだ何も……
「…………ごめんなさい。店を出たら全力でまきましょうか」
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