第21話 すれ違う想い

 PM16:50

 デリットのアジトへ向かう特殊装甲車両の中には運転席に糸魚川いといがわ、助手席にマシュ。

 後部スペースに凍雲いてぐも八神やがみじんの武闘派メンバーが向かい合うように座って作戦確認を行なっていた。

 班長であるソロモンは別任務に就いているルミのオペレーターとして別行動をとっている為、今作戦における第五班の指揮は凍雲がとっていた。


「主目的はデリット首領、鮫島咬牙さめじまこうがの捕縛と地下研究施設の破壊。鮫島はオフィスビルの最上階にいることが分かっている。故に二手に分かれる必要があり、我々第五班は地下研究施設の破壊に専念する。鮫島の捕縛は第二班の役回りだ。気にする必要はない」

 

 作戦概要を話す凍雲に、静かにうなづく一同。

 それを確認して個々の役割確認について話を続ける。


糸魚川いといがわはマシュの護衛。俺と八神はマシュにセキュリティを解除してもらいながら順当に地下へ潜っていく。じんは先行して通気口から地下へ潜って撹乱かくらんと定時連絡が途絶えたルークの救出を頼む。ただ、無理は禁物だ。単独である以上、手助けはできない。危険だと思ったらすぐに退け」

「了解。無理せず適当に荒らしとくよ」


 ニヒッと笑みを浮かべる静にうなづきで返す。


「オフィスビル周辺は万が一に備えて、住民の避難を完了させている。一般警察により周辺警備も万全だ。ここで確実に潰すぞ!」

「「おう!」」



    ◇



 PM17:10

 デリット本拠地である東京都千代田区ちよだく大手町おおてまちにあるオフィスビルに到着し、突入してから一〇分。

 マシュのハッキングによって次々とセキュリティを解除して、順調に進んでいた八神と凍雲。

 だが、突如として襲った地震かと思うような大きな揺れが施設全体を揺さぶる。


「今のは地震?」

「その可能性もあるが地震にしては揺れが短かった。もしかしたら地上で何かあったのかもしれないな」

「戻りたい気持ちもあるけど、地上には第二班がいるんだし大丈夫だよね」

「ああ。第二班は特務課の中でも最も対応力に優れた万能な班だ。何があろうと問題ない」


 “そうだよね”と心配する気持ちを心中に仕舞い込み、二人は先を急ぐことにした。


『二人とも安心して、さっきの揺れはデリットの生物兵器によるものだけど、今は天羽あもう班長が相手をしてるから問題なし。鮫島とその護衛に関しても土御門ちゃんが対処してて捕縛は時間の問題って感じだから大丈夫よ』

 

 マシュからの通信が入る。

 あれほどの揺れが生物兵器によるものだと聞いて驚くが、天羽班長が相手をしていると聞いて安心する。

 八神は天羽が実際に戦う様子を見たことはないが、ソロモンから班長の強さはレート7に相当すると聞いている。

 つまりは個人で国家戦力に数えられるほどの、世界でも有数の強者であるということだ。


「ありがとうマシュ。お陰で作戦に集中できる」


 八神は心の中に僅かに残っていた懸念事項を解消してくれたマシュに感謝を述べる。


『いいわよ。心の持ち用は戦況を左右する重要なファクターでもあるもの。ザザ——二人とも右にあるドアから部屋に入って』


 一瞬ノイズが走った後に続いたマシュの言葉に従って二人は扉を開けて中に入る。

 部屋中を光るラインが縦横無尽に走っているだけでこれといった物品は他にない。

 この部屋に何があるのかと思っていると、突如として八神の姿が消えた。


「八神!! おい、マシュ、どうなっている!」

『ザザ—ザザ凍雲ザザ—ントロールザザザばわれたザザ——八神ちゃザザ最下層ザザザザザザザザ————ブツン』


 ノイズ混じりの通信を最後に通信は途絶えてしまった。

 チッと舌打ちをした凍雲は冷静な思考で次の行動に移ることにした。


 なんということはない。

 八神が最下層にいることはマシュが最後に伝えてくれた。

 オペレートがないため、セキュリティを解除して穏便に突き進むという方策は消えたが、それならそれで迎撃システムごと粉砕して正面突破するだけだ。

 多少荒っぽくなるが、床をぶち抜いて地下を目指そうと考えていたその時。


 部屋中を縦横無尽に走る光のラインがまたたくと、いつのまにか部屋には一人の女性が立っていた。

 転送されてきた風圧で黄色みがかった金髪のボブカットが揺れる。

 切れ長の翡翠ひすいの視線は凍雲を鋭利に突き刺す。

 黒い龍を想起させる鋭角的なパワードスーツを装着した女性——シェリル——が眼前に立ち塞がる。


「お前は邪魔だ。早々に排除してくれる」

「こちらも先程急ぎの用ができたばかりなんだ。瞬殺させてもらう」

 

 パワードスーツから紫電を散らす女性と白煙が如き絶対零度の冷気を纏う冬将軍の戦いが、始まろうとしていた。



    ◇



 PM17:15。

 オフィスビル地上部隊。

 鮫島の捕縛に向かった第二班班長天羽華澄あもうかすみ土御門晴明つちみかどはるあきは突如現れた怪物に分断され、二手に分かれていた。


 ・

 ・

 ・


 PM17:10

 鮫島の元を目指して階段を駆け上がる二人の前に、壁を粉砕して、現れたるは異形の生物。

 蒼く燃える長髪を揺らし、背部からは同じく蒼く燃える翼が伸びる。

 真紅の瞳は鮮血に塗れたように不気味で、瞳孔は蛇のように縦に割れていた。

 全身は黒い龍鱗に覆われており、尾骶骨びていこつからは龍の鋭い尾が生えていた。

 

 怪物はそのままの勢いで天羽を殴り飛ばして、十二階から地上一階まで全ての階層をぶち抜いて叩き落とした。


「——ッッ! ハハハハハハ! やるじゃないか。動物格の幻想種——いや、それだけじゃない。……混ざり物・・・・だね」


 十一層もの床をぶち抜き、地震かと思うような衝撃を響かせて叩きつけられた天羽。

 だが、瓦礫すら吹き飛んだクレーターの中から立ち上がった彼女の身には傷一つ存在しない。

 久しぶりに手応えのありそうな敵を前に、高揚を隠せない天羽あもう

 されど、冷静な思考はそのままに、無線で土御門つちみかどに連絡を取る。


「こちら天羽、私は無事だから、土御門はそのまま鮫島の捕縛に専念しなさい」

『了解』


 地上一階に降り立ち、僅かに理性を残した眼でゆったりと怪物は近づいてくる。


「話はできるのかな?」


 通信を切断した彼女は背に担ぐように携帯していた身の丈ほどもある長大な剣を抜く。

 彼女の持つそれはまるで十字架のようで、神聖さすら感じさせる業物わざものであった。


「……話……しナい。オマエ、敵。……破壊すル」


 垂れた前髪の隙間から覗く、鋭い深紅の眼に殺意を宿す怪物。

 怪物は蒼く燃え盛る翼や頭髪とは異なる赤黒い炎の剣を形作り、構える。

 そして、音さえも置き去りにする速度で襲いかかってきた。


「もっとお喋りを愉しもうよ。でないと——」


 天羽の姿が消えた瞬間。

 十字架を想わせるロングソードを振り抜いた天羽の背後で、怪物の身体は五十の肉片に斬り刻まれて地に崩れ落ちた。


「すぐに終わってしまうじゃないか」



    ◇



 天羽が生物兵器との交戦を始めた同時刻。

 八神は転送先であった地下研究施設最下層で、白を基調としたワンピースに身を包む一人の少女と対面していた。


 その少女は八神自身と瓜二つであり対照的だった。

 腰まで届く金色の髪にやや鋭さを感じさせる八神とは対照的な、優しげな印象を与える垂れ気味のまなじり

 体型に関しても、八神と瓜二つであり、ほっそりとしたくびれ、スラッと伸びた長い脚というモデルのようなスタイルである。

 ただし、胸はなだらかで慎ましやかなものをお持ちであった。

 

「こんにちは。L-01。いえ、今は八神紫姫やがみしきという名があるのでしたね。……羨ましいですね」

「そういう貴女あなたは私の後継機ってことでいいの?」

「はい。L-02が個体識別番号ですが、そんな無機質な呼称は嫌いですので……、そうですね……、ミカと、そうお呼びください」


 L-02という呼称は心底嫌いであるようだ。

 朗らかな笑みを絶やさない彼女が唯一、その呼称を口にする時は眉間に皺を寄せていた。


「デリットに忠義を尽くす訳ではありませんが、貴女あなたの封印を解かせていただきます。貴女を殺さずに封印を解き、紋章を捧げろというのが私に下された命令ですので」


 ミカと名乗った少女は依然、笑顔を浮かべたままだ。

 けれど、その眼には諦観とも取れる悲しみの情が浮かんでいた。


 その感情の動きを敏感に感じ取った八神は、“何故彼女は従っているのか?” という当然の疑問に至る。

 彼女自身が言っていたデリットに忠義はないという言葉に嘘はないことは彼女の目を見れば分かる。

 ならば、彼女が従わざるを得ない理由があるはずなのだ。


「デリットに忠義を尽くしてるなら、人の身にて天に至ることを目的としてる訳だから私の封印を解きたがるのは分かる。でも、貴女にそんな義理はないんでしょ? どうして奴らの言いなりになってるの?」

「そうですね。正直組織などさっさと壊滅してしまえばいいとすら思っていますよ」


 八神と瓜二つな少女、ミカは悲壮感を感じさせる笑みを浮かべる。

 そして、おもむろに自身のこめかみをコツコツと指さす。


「ここに爆弾が入ってます」


 その言葉に八神は目を見開く。

 激しいいきどおりに、言葉すら出てこず、知らず知らず血が滲むほど拳を握り込んでいた。


「命令に逆らえば起爆してしまうので、逆らえないのですよ。魔力に反応して起爆するようにもなっているので、紋章術で無効化することもできません。だから、貴女を殺したくもない私の前には死の道しかないのですよ。組織に逆らって死ぬか。それとも、命令を果たして貴女の糧となって死ぬか」


 聞けば聞くほど彼女の悲惨な末路に憤り、拳に入った力は血を滴らせるに至った。


「どうせ死ぬのなら。私は貴女の力になって死にたいのです。そうして——」


 ミカは先の悲壮感を感じさせない、痛々しい程に朗らかな笑みを浮かべる。

 彼女の瞳に潜んでいた諦観とも取れる悲しみの情さえも、笑顔の仮面に包み隠されてしまう。


 ミカは、八神と瓜二つな純白の三対の翼と光輪を背に顕現させ、右手に黄金に燃え盛る剣を現出させる。

 は鞘から抜かれし剣。

 世界で最も有名な天使にして、あらゆる天使の頂点に立つ存在。

 神に戦いを挑んだ、かつての天使長ルシフェルの弟にして、太陽を司る大天使ミカエルが所持する燃え盛る焔の剣。

 彼女の紋章は偉人格幻想種:ミカエルの紋章。

 紋章画数は八神が奪われた画数と同じ六画。


 つまり、彼女は八神の封印を解き、己自身の紋章を八神へ与えることで十二画の紋章を取り戻させた上で、調伏ちょうふくの儀を完遂させる為だけに用意された存在であるということだ。


「——私が生きた証を残したいのです」


 八神は気持ちを落ち着け、握り込んだ拳を解く。

 彼女をこんな目にあわせているデリットにははらわたが煮え繰り返る程のいきどおりを感じる。

 己が紋章を奪われるだなんてヘマをしたばかりに、彼女に過酷な運命をいてしまった自分自身にも、殺したい程憤りを感じる。

 

 だけど、彼女を救うにはこの気持ちは不要だ。

 怒りは爆発的な燃料にはなるが、同時に判断を鈍らせる。

 だからこそ、この熱は心の内で燃やし、思考は平静を保つ。


 八神は紋章術で傷を治癒した右手に“否姫”いなひめを、左手に“村正”むらまさを握りしめ構える。


「私は貴女を諦めない。必ず救ってみせるから!」

 

 彼女の本質を表すかのような純白の翼と黄金に輝く光輪を背に、眼前の少女を救うべく運命に立ち向かう。


 救う手立てなどない。


 頭では不可能だと理解できてしまっている。


 彼女の言う通り、覚醒して調伏の儀を完遂することで、彼女が生きた証を残すことこそが唯一の救いなのではないかと思ってしまっている自分もいる。


 でも、どうしても諦められない。

 会ったばかりで、少し話しただけでも彼女が心優しい少女であることがよく分かった。

 自分に似た容姿の彼女を妹のように思ってしまった。


 だから……。


 だから……!!


「……本当に、優しい人。……でも、どうか私のことだけは諦めてください。貴女が私のことを救いたいように、私も貴女のことを救いたいのです」


——来たる災厄の未来のためにも。


 そう、八神には聞こえないかすかな言葉を放ったミカは、自身を救おうとしてくれるヒーローを救うべく立ち向かう。

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