第20話 予定調和



 八神とじんの二人は第二班がオフィスとして使っているフロアへ来ていた。


 応接室に通された二人はソファーに座る。

 テーブルを挟んだ対面には、くだんの人物である土御門つちみかど晴明はるあきと第二班班長である天羽あもう華澄かすみが座っている。


 土御門は肩くらいまで届く長めのおかっぱ頭。

 後ろ髪が腰まで届く流麗な黒髪をうなじで縛っている。

 中性的ではあるが、精悍せいかんさも併せ持つその顔立ちはさぞモテることだろう。

 服装は制服であるスーツなどガン無視。

 狩衣かりぎぬ烏帽子えぼしという、まるで陰陽師のような服に身を包む。

 えりには日輪を背にわしが翼を広げている紋章が刻まれた特務課職員のバッジを着けていた。


 特務課は個性豊かなメンツが多いとはいえ、公的な組織だ。

 制服であるスーツ着用の義務(多少の改造は可)がある。

 “なのに何故?” と疑問に思いちらっと聞いてみたところ、どうやら彼の紋章術の関係上、制服よりも狩衣かりぎぬの方が都合が良い為、特例で認められているようだ。


 そんな目立つ彼の横に座る天羽華澄あもうかすみは切れ長の瞳が凛々りりしさを感じさせる女性だった。

 ピシッとスーツを着こなした茶髪ロングの美人さんだ。

 鋭い瞳は一見近寄り難さを感じさせるが、彼女の柔和で気さくな雰囲気がそういったイメージを払拭している。

 ちなみにお胸は豊かだ。


 男性である土御門を除いておっぱいどもに囲まれてしまい、心がやさぐれたジンは一瞬にしてお茶請けとして出されたカステラを全員分食い散らかしてしまう。

 空気を読める男、土御門晴明はそんな彼女をそっと視界から外して話題に入ることにした。


「まずははじめまして。僕の名前は土御門晴明つちみかどはるあき。平安最強の陰陽師、安倍晴明あべのせいめいの子孫にして、偉人格:安倍晴明の紋章を宿す紋章者や。よろしゅうな」


 親しみやすい柔和な笑顔を浮かべて挨拶する土御門。

 西の出身者なのだろうか、その言葉には関西の訛りがあった。


「第五班班員、八神紫姫だよ。よろしく」


 八神も軽く会釈して簡単な自己紹介を行った。

 静は顔見知りなので自己紹介は不要だと判断したのか、独り占めしたカステラをモグモグと頬張っていた。


「私は天羽華澄あもうかすみ。第二班班長にして——いや、紋章は機密事項だったか。まぁ、その内見る機会もあると思うよ」


 見た目通りの少し低めでクールな印象の声に反して、茶目っ気を見せる彼女は右手を差し出して八神と握手をした。


「それで、聞きたいことがあるってう話やけど何が聞きたいん?」

「実は——」


 八神は先程パトリックと話した内容を二人に伝える。


「それで、パトリックが言うには土御門こそが封印の術者である可能性が極めて高いとのことだったから来たの」

「んー、……そっか。まぁぶっちゃけると術者は僕でうてるよ」

「なら——」

「でも封印は解かれへんし緩めることもできひんで」


 土御門は八神が言葉を発する前に要件を察して結論を述べた。


「僕が術者やって名乗り出んかったのも、君の紋章の覚醒が封印されてることを知らせんかったのも、封印に気づかへん暗示を解かんかったのも、現状どうしようもないからで全部片付けられる話なんよ」


 土御門は紅茶を一口飲み、喉を潤すと続きを語る。


「だってそうやろ? 覚醒した人格、ルシファーが暴走するから現状の君の実力じゃ少しも封印を緩めることはできんし、封印を調節できへん以上紋章が封印されてることも暗示かけてることも僕が術者やって名乗り出るのも全部意味あれへんからね」


 “ルシファーをくだせるだけの実力になったら明かすつもりやったんよ”、と話したところで彼はしれっとじんのやけ食いから護っていたカステラを頬張る。


「でも、現状どうしようもないってことは将来的にはどうにかなるってことじゃないかな?」


 土御門のげんに気落ちしていた八神。

 そんな時、天羽あもうから助け舟が出される。


「意地悪してないで教えてあげなよ」


 メッと眉間を人差し指で小突かれた土御門は“敵わんなぁ”と苦笑しつつ話し始める。


「天羽班長が言うてはる通り、将来的には解決方法がある。というのも君、覚えてるか知らんけど研究所から逃げ出す時に紋章画数を半分奪われてるんよ」

「はぁ? 紋章をまるごと奪うならまだしも、紋章画数だけ奪うなんて……いや、強奪とかの概念格がいれば可能かしら」


 土御門の言葉にジン怪訝けげんな反応を見せる。

 紋章を奪うなら、紋章が刻まれている部位を抉り取るのが常道じょうどうだ。

 だから、半分だけ奪うという奇妙なやり口に紋章者による犯行を疑ったのだが、土御門はその仮説を否定する。


「いやいや、そんな都合良い話やない。事態はもっと最悪や」

「どういうこと?」

「強奪やとか剥奪はくだつやとか、そういう紋章者の仕業ならそいつを逮捕パクれば終いやけど、八神くんが紋章画数奪われたんはデリットの……いや、正確にはその大元である超科学都市アトランティスによって生み出された紋章抽出技術によるもんなんや」


 土御門の話によると、アトランティスでは数年前には既に紋章者から紋章画数を抽出する技術が確立されていた。

 そして、その技術が確立した後に独立したデリットも当然この技術を保有していた。

 それによって、八神は逃亡する際に紋章画数を半分奪われてしまったとのことだった。

 土御門の言う“もっと最悪”というのは、普遍的ふへんてきな技術であるため、原因療法が不可能だからだ。


「でも、それなら今もデリットアジトの何処かで私の紋章は保管されてるってこと?」

「もしくは、既に何かしらの形で利用されてるかやな」


 紋章画は貴重なものだ。

 それも、大事なProject Lの成功個体の紋章画だ。

 丁重に保管されている可能性は高い。

 だが、他の成功個体に移譲いじょうされているケースや、紋章武具に加工されているケースだって捨てきれないのだ。

 

「なら、どっちにしろデリットを潰せば解決するわけか。そうしたら奪われた紋章画数が返ってきて、ルシファーも調伏ちょうふくできるし」


 保管されているにせよ、流用されているにせよ、デリットを壊滅させれば、奪われた紋章画を取り込んで元の十二画に戻ることができる。

 そうなれば、ルシファーの調伏だって現実味を帯びてくるというものだ。


(そう簡単な話でもなさそうやけど……。これに関してはなんとも言えんな)


 八神が紋章を取り戻した所で、ルシファーを調伏できるとは土御門には思えなかった。

 成長した今の彼女に紋章画数が元に戻れば可能性が増すのは確かだ。

 しかし、彼女がルシファーを制御しきれない問題は彼女の実力や紋章画数とは別の所にあるのではないか、と土御門は考えていた。

 とはいえ、それはただの勘でしかない。

 確証を得ない以上まだ口に出す段階ではないと判断して、彼は口を噤むことにした。


「でも、どうしてデリットは紫姫しきの紋章を半分だけ奪ったのかしら。紋章を奪えるなら全部奪って新しい肉体を作ってそこに刻めばいいでしょうに」


 静の弁はもっともだ。

 人の身にて天に至ることを目的とされたProject L。

 ルシフェルというこれ以上にないであろう紋章にこそ意味があるのなら、反旗をひるがえした反抗的な個体など紋章を奪い、処分すればいい。

 その後、新しい個体に刻んでしまった方が効率的であろう。

 通常なら紋章を移植しても司る概念は移譲されないが、クローン技術を応用して作成できる魂を持たない肉体に紋章を移譲して発現させるテクノロジーなどアトランティスでなくとも既に実現されているのだから。


「まるで、紋章じゃなくて、紫姫自身にこそ意味を見出していて、いずれ帰ってくるように仕組んでいるように感じるのよね」


 静はそう考えるが、決定打となるものがない以上、推測の域は出ない。

 その言葉に土御門も同意を示す。


「デリットに関して現状分かってるのはアジトの場所だけ。Project Lのことに関しては、八神くんが知り得る以上の情報はないから、そのあたりは分からへんけど、紋章じゃなくて八神くんにこそ意味を見出してるって言うのは確実やろうね。まぁ、正確にはルシフェルの紋章が八神くんに宿ってることに意味を見出してるようやけど」


 土御門が考え込んだタイミングで、天羽は一度話を区切ることにした。


「そのあたりに関してはデリットを殲滅した後ゆっくりと吐かせよう。丁度、作戦の方も決まったみたいだよ。本日一七:〇〇より第五班、第二班の共同作戦でアジトを強襲する。といっても、個人の任務もあるから現在いるメンバーだけ。つまり第五班からは凍雲、静、八神、糸魚川いといがわ、マシュの五人。第二班からは私と土御門の二人だけだよ」

 

 スマホのメール画面を見て作戦概要を話した天羽は、最後にアジトの場所を告げる。


「強襲地点は東京都千代田区大手町ちよだくおおてまちにあるオフィスビル」



    ◇



「キミのことは信用していたのだが、残念だよ」


 荒れ果てたオフィスビルの最上階。

 そこには血塗れで地に伏せるルークと無傷の鮫島が立っていた。


「どうして戻ってきた? 逃げおおせれば命は助かったろうに」


 地に伏せるルークの頭を踏みつけて見下しながら問いかける。


「がふっ……。ハァ……、あんたなら、オレが逃げた瞬間、ハァ……、無差別テロでもして……八神ちゃんを誘い出すだろ? もう、そういう段階にまできちまってる……もんな。ハァ……だから、そうさせないために……、足止めとして戻ってきて、やったんだよ」


 血を吐き、息も絶え絶えの重傷。

 しかし、その瞳は一切の曇りなく鮫島を射抜いていた。

 

「なるほど。確かに君を相手にするのは少々骨だった。電磁波のせいで部下に指示すら出せなかったのは手痛いロスだ。……大した男だ。命を掛けて有象無象の命を救うとは」


 鮫島は倒れ伏せるルークを部屋の隅まで蹴り飛ばす。

 辛うじて原型が残っていた棚を粉砕して吹き飛んだルークを視界から外すと、荒れ果てた室内で尚、無傷なガラス張りの壁に歩み寄り、外の景色を眺める。


 眼下で光が見えたと感じた次の瞬間、ガラス張りの壁は爆炎に呑まれた。

 しかし、そこにはかすり傷一つない綺麗なガラス張りの壁が依然として存在していた。


 眼下には幾つかの特殊装甲車両と少数の特務課職員がいた。

 その中には特徴的な黄金の瞳と長髪を持つ女性もいた。

 エネルギー波を放った茶髪のロングヘアーの女性は攻撃が通じていないことを確認するや否や、他メンバーと共に内部へ突入していった。

 他大部分は周辺の警戒に移るようで、辺りに散開していく。


如何いかがなさいますか?」


 彼女は音もなく傍らにいた。

 黄色味がかった金髪のボブカットに、切れ長の翡翠ひすいの瞳。

 黒い龍のような鋭角的なパワードスーツを装着した女性——シェリル——が鮫島に尋ねる。


「そこの傭兵は保存庫にしまわせておけ。自然格は貴重だ。後ほど紋章を抽出する。君は迎撃部隊と共に特務課の殲滅を。出し惜しみはなしだ。全戦力を迎撃に回せ。……それと、予定通り彼女にはアレをぶつけろ」

「ハッ」


 端的に返事を返した彼女は部屋を退室した。


「さて、多少不具合は生じたが大筋は予定通りだ。楽しみに待っているよ。人の身にて天上に至るものよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る