第7話 特務課第五班



 緑豊かで、噴水を中心に葉脈のように伸びる水路が体感、視覚双方から清涼感を与える公園。

 桜舞い散る遊歩道。

 それらを超えたすぐ先にある複数のビルとドームで構成された公安特務課特別庁施設群。

 通称バトルドームの施設の一つ。

 特務課職員が事務所として使う第一ビル。

 その高層階にある特務課第五班の事務所に八神、凍雲を始めとした特務課第五班のメンバーが揃っていた。


「では紹介するね。こちらが本日より僕達特務課第五班の仲間となる八神紫姫やがみしきさんだよ。みんな仲良くしてあげてね」

「よろしく」


 スーツのポケットに手を突っ込みながら適当に挨拶する八神。

 そんな彼女を、ソロモンと挟むように立っていた凍雲いてぐもが後頭部を叩いてツッコミを入れた。


「痛いなぁ! 私何もボケてないんだけど!?」

「初顔合わせくらい丁寧にやれ。愛想良く振舞うこともできんのか貴様は」

「ハッ! 常に仏頂面な貴方に言われたくないし! せめてその眼光だけでも柔和になるようメイクしてあげようか?」

「不要だ。俺はこの目つきを気に入っている」

「そういうこと言ってんじゃないわこの顔面永久凍土! 天然属性まで追加ですってか!?」

「俺は天然では——」

「ハイハイ、それくらいにしようか」


 ソロモンは呆れた表情で手を叩き、流れるように始まった二人のじゃれ合いを止めた。


「では、続いて僕達から彼女への自己紹介と移ろうか。凍雲くん、君は彼女とは既に知己ちきの間柄とも呼べる関係性を築いてるけど一応簡単にだけお願いできるかな」


 そう言ってソロモンは指名した凍雲を掌で指して促した。

 凍雲は色素の薄い氷のような碧眼を覆う眼鏡をクイっと整える。

 その右手には雪の結晶のような紋章が刻まれている。


「はい。特務課第五班所属、凍雲冬真だ。紋章は概念格:凍結の紋章。日本人とロシア人のハーフで、好きな食べ物はシチューとパンの組み合わせだ」


 と、簡単な自己紹介を済ませると、対面にいた女性を指名した。

 女性にしては長身で、流麗な紺色の長髪をポニーテールにした美女。

 切れ長の瞳には臉譜れんぷと呼ばれる魔除けの意味を持つ紅いアイラインが引かれており、耳には金の耳飾りが煌めく。

 改造したと思われるチャイナドレス風のスーツのスリットから覗く、あでやかな太腿には風を抽象したような紋章が刻まれている。

 そんな彼女は滔々とうとうと自己紹介を始めた。


「私は蕭静シャオ・ジンよ。血筋と生まれは中国だけど、物心つく前から日本で育ったから日本語はペラペラだし、逆に中国語は話せないわ。紋章は自然格:大空の紋章。好きな食べ物はお寿司よ。よろしくね」


 はい、じゃあ次どうぞ、とジンは隣にいた小柄な少女にバトンタッチした。

 少女(といっても社会人である以上成人はしている)はつややかな銀髪を背中の半ばくらいまで伸ばしている。

 アメジストを想わせる紫の瞳。

 一四〇センチメートルにも満たない小柄な体格も合わせって、その姿は妖精のようであった。

 スーツの上から白いファー付きコートを羽織り、フードを被っている。

 フードから時折見える紫の瞳。

 その右の目にはまるで照準のような紋章があった。


「ルミ・ラウタヴァーラ。紋章は偉人格:シモ・ヘイヘの紋章。出身はフィンランド。私はジンと違って日本語、フィンランド語、スウェーデン語、英語が話せるクァドリンガルだから。それと、よく若く見られるけど今年で22歳。JSでもJCでもないんだから。……好きな食べ物はビーフストロガノフ」


 なんだか嫌な思い出を思い出してしまったのか、後半段々声が小さくなり、仕舞いにはブツブツと自分の世界へ没入してしまった。


 “飴ちゃんいらないし”、“迷子じゃないし” 、“小学校も中学校もとうに卒業してるし”、“ロリコンきもい”と、悲壮感溢れる小言が聞こえてきた所でこれはバトンタッチ無理だな、と苦笑いで悟った隣の女性(男性?)は少女には触れず、自己紹介に移った。


 彼を一言で表すならば一九〇センチメートル越えの長身なオカマだ。

 空色の瞳。

 桜色の右前髪が長く、左サイドはヘアピンで留めた髪型。

 女性的になり過ぎないように施された薄化粧。

 そんな彼の容姿からは、女性になりたいという気持ちよりも、オカマであることに誇りを持っているという印象が見受けられた。


「アタシ、本名はあんまり好きじゃないから親しみを込めてマシュって呼んでくれると嬉しいわ。紋章は概念格:色彩の紋章。出身は日本よ。元々デザイナーをしてたから欲しい服とかあったら気軽に言って頂戴ね。ネイルとかもできるから。ちなみに好きな食べ物はビールに合うものね」


 “じゃあお次どうぞ”、とマシュは隣の小柄な青年の背をポンと叩いて促す。

 外側にはねた白髪が特徴の小柄な青年は、遂に自分の番が来たことに若干、少々……それなりにテンパりながら自己紹介を始めた。


「え、えっと、ぼくは糸魚川いといがわ ひじりと申します! 紋章は偉人格幻想種:ノアの紋章です。出身は日本です。高卒で警察官になって直ぐに紋章の有用性を買われて特務課入りしたので皆さんよりも若干若くてまだ二十歳ですが、分からないことがあれば気軽に聞いてください! ただ、ぼくは運び屋で戦闘は苦手なので、任務の時は守ってくださいね! お願いしますね!! ……あ、好きな食べ物はベビーカステラです」


 と、おどおどとしながらもなんとか自己紹介が終えられたのを見届けたソロモンは、最後に自身の自己紹介を始めた。


「で、僕がこの特務課第五班班長のソロモンだよ。紋章は偉人格:ソロモンの紋章。なんと僕の名前と同じ偉人の紋章なんだ。ほんと凄い偶然だよねぇ。あ、それと僕も戦闘は苦手だから基本的には作戦を立てたり、指揮を執ったりと裏方に回ることが多くなると思うけど、改めてよろしくね。……ちなみに好きな食べ物はスイーツ全般かな」

「なんでみんな好きな食べ物だけ絶対言うの? 決まり? それとも制約でも課されてるの?」


 “呪い的なもの?”と首を傾げる八神をスルーして通常業務の案内へとシフトしていく。


「まず、パトロールや特定の犯罪者、犯罪組織の取締りといった外での活動時はツーマンセルでの行動が原則。不測の事態でも応援を呼べるようにね。で、肝心の君のパートナーなんだけど……」

「どうせこいつじゃないんですか?」


 と、ソロモンが切り出す前に嫌そうな表情を隠さずにピッと親指で横にいる表情筋御臨終丸凍雲を指さした。

 それを見て、なんとも言えない曖昧な笑みで誤魔化したソロモンが“うん、まぁ、そうなるんだよね”、と返した。


「俺では不満か」


 相変わらず感情の読めない無表情で氷のような眼差しを向ける。

 そこにはなんの感情も映っていないことから単に目つきが悪いだけで、彼女のあからさまに嫌そうな態度に腹を立てた訳ではないことがわかる。


「……別に。不満ってわけじゃない。堅物なとことか、天然入ってるとことか、お節介極まりないとことか、気に入らない所は沢山あるけど嫌いなわけじゃないし」


 と、八神が口を尖らせてそっぽを向きながら答えるとなにやら黄色い声(?) が聞こえてきた。


「キャー!! アタシツンデレって初めてみたわぁ! あれよね! 確かにさっき言ったのはホントに気に入らない所だけど、嫌いじゃないってことはそれ以外に良い所いっぱい知っててどっちかというと好感抱いてるってことなのよね! ね!!」


 とマシュが自身の身体を抱きしめてクネクネと身を捩らせながら自身の考察を述べる。

 すると、図星だったのか顔を真っ赤にした八神が“違う! 確かに尊敬するところとかはあるけど、別に好感なんて抱いてないし! 少なくとも私はツンデレじゃない!! 絶対違うからな!!”、と必死に弁明をするので、その様を見た一同は一様に彼女はツンデレであると確信した。

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