第10話:いざフィールドへ。
「ふむ。GMコールする前でよかった」
三人の姿が見えなくなると、ふいにエルフさんが呟いた。
「あ、今回はしてないんですか」
「んむ。セクハラ行為にまではいってなかったしな」
セクハラ……あぁ、さっきは抱き疲れてたりしたっけか。
うっ……思い出しただけでも吐き気がする。
「しかしまぁ……うーむ。子猫ちゃんではなかったのか」
「寧ろボク、犬ですけど」
「わんコロか。私は猫派なのだがな」
「ボクは犬派です」
「そうか」
「そうです」
ボクたちは町並みを眺めながら、そんな不毛な会話をした。
それにしても、よっぽど高い所が好きなんだろうなぁ。また壁の上だもん。
壁……あ、そうだ!
「エルフさん。どの道を行ったら町を出れるか、教えてくれませんか?」
高い所から見ていたんだから、どの道がどこに繋がるのか、解るんじゃないかな?
「んむ。全ての道はどこかに繋がっているのだよ!」
「聞いたボクが馬鹿でした」
はは。よく考えたらこの人、町の入り口が解らなくて壁の上を歩き回ってた人なんだ。
つまりこの人――
「方向音痴でしょう!」
「何故解った!?」
やっぱり。
うーん、でも壁の上って観点はいいと思うんだ。
そうだ、自分で上って道を調べればいいんじゃないか。
「よぉし。壁に上るぞ」
「ほほぉ。君も解っているではないか」
エルフさんが上る理由と、ボクが上る理由は大きく異なると思う。当然のように後ろから付いてくるエルフさんに、敢えてそれは口にしない。
壁に沿って歩くと、直ぐに階段を発見した。
上っていくと、予想外な光景がそこにはあった。
壁の上になんて、誰も居ないと思っていたのに。
まばらだけど、歩いている人は何人もいた。
ボ、ボクと同じように、道を確かめる為に上ってる人だよね?
まさかエルフさんみたいに、そこに高所がある限りとか……更に飛び降りる為とか、ないよね?
「それでわんコロくん。君は町を出る道順を探す為にここまで上ってきたわけだが」
「その通りですよ。間違っても高い所が好きだからとかじゃないですから」
「はっはっは。それでだなわんコロくん。君、チュートリアルは受けたかね?」
「受けましたよ。レベルも2になりましたし、戦闘の仕方も習いました。だからフィールドにでて冒険をしようと思っていたんですけど」
そこで邪魔が入り、今はエルフさんと一緒に壁の上――と。
エルフさんは腕組みをして考え込んでいるようだ。
ボク、何かおかしな事でも言っただろうか?
「君、チュートリアルを受けたのなら、システムメニューに『地図』というのが合ったのを見ただろう?」
「あー、はい。冒険の舞台になるこの世界の地図だって説明は受けましたよ。エリアごとに細かいマップも表示できるとかなんと……あれ?」
地図を表示すると、まずは世界地図みたいなのが表示される。その大部分は雲のイラストで覆い隠されているけれど。
更に地図には、国境線みたいな線でエリア分けされていて、エリアをタップするとその部分だけのズームマップに切り替わる。
ボク自身が居る場所には、羽根ペンのようなアイコンで表示されているので、道に迷ったらそれを見ながら移動すればいいと声が――教えてくれていたんだったぁぁ。
「気づいたようだね。そう、町中でもマップを開いて歩けば、普通は迷う事は無いのだよ。はーっはっはっはっは」
「それを知っていながら、あなたは迷ってたじゃないですかぁー」
「
「あなたは普通じゃないんですか!」
「んむ」
断言してるよ!
もういいや。地図見ながら歩こう。
腕時計を押してメニューから地図を呼び出す。エリア選択をして――あぁ、町も一つのエリア扱いなんだ。ちゃんと町のマップが出てきた。
えーっと……。
「あ、壁の上を歩いた方が移動は楽かも」
上り損にはならなさそうだ。
あっちこっち角を曲がったりしないぶん、壁の上のほうが直線的に進めて距離も短くて済みそう。
壁の上を歩いている人の中にも、真っ直ぐ出口に向って歩く人が居る。
「エルフさん、こっちですよ」
出口に向って指を指すけれど、エルフさんは真逆の方角を見ていた。
そっちに何があるのだろうと思ったけど、塔を迂回して出口とは反対方向に歩く人が。
「向こう側にも何かあるんですかね?」
「まぁあるだろうな。あと別の出口も」
「別の出口?」
「マップを見たまえ。最初に入って来た門は、マップの下側にあるだろう」
「えぇ、南ですね」
「マップを上の方にずらしてみて見たまえ」
「北ですね」
軽くフリックするようにしてマップを動かす。
あ、確かに塔の真北にも出口があるな。
「ボクたちが最初に飛行船で降りてきたのは町の南側ですね」
「私は飛行船でここまで来た訳ではないので知らんよ」
……そうだった。この人、飛行船から飛び降りたんだった。
「北にもモンスターがいるのかな?」
「そりゃあいるだろう」
町の外のフィールドマップを表示する。このフィールドエリア中央が町だ。
同じフィールドエリアなら、生息モンスターもあまり変わらないのだろうか。
そういえば、マップの左上にエリア名と数字が書かれてるけど、この数字ってなんだろう? チュートリアルでも説明が無かったな。
「あの、エルフさん」
「なんだねわんコロ君」
子猫ちゃんからわんコロ君で定着しちゃったよ……。まぁ子猫ちゃんよりはいいか。
「マップの左上にある数字って、なんだか解りますか?」
「ん? チュートリアルで説明されなかったのかね?」
「されませんでした。っていうか、チュートリアル受けてないんですね」
「受けたさ。戦闘講義だけな。他はまぁ既存のVRやMMOと似たようなものだろうし、スキップした」
あぁ、やっぱりそうなんだ。だから受けたい講義の選択方式だったんだな。
「そうか。説明が無かったのか。初心者には解らない事ではあるな。んむ、この数字はな、このエリアに生息するモンスターのレベル、あるいはプレイヤーの適性レベルを現しているのだ」
「そうなんですか。えっとエリア名『リプラノ平原』1〜8ってことは、レベル1から8のモンスターが生息しているか、そのレベル帯のプレイヤーの適性狩場ってことですか」
「んむ。まぁモンスターのレベルが1から8だとしても、適性レベルも同じように書かれるがな」
確かに。レベル8のモンスターを狩る適性レベルが10とか20なんてことは有り得ないだろうし、寧ろそれより一つか二つ低いぐらいでもいい。
南だろうが北だろうが、一応は同じ適性マップだし。北に向うのは何か理由があるのだろうか?
「南に行く人のほうが圧倒的に多いのに、北に行く利点ってあるんですかね?」
「そりゃあ君。今君自身が言ったではないか」
「え? ボクが?」
南に行く人のほうが圧倒的に多い……北に行く利点……なんだろう?
解らないので首を捻ってエルフさんを見てみる。
「解らないか。仕方ない。まったく同じ物を売っているお店が二軒あったとしよう。一軒は行列が出来ていて、もう一軒には行列が出来ていない。どっちの店に入るかね?」
「え。そりゃあ行列の出来てないお店ですが」
「んむ。今南のフィールドは、まさに大行列中だ。飛行船で到着したプレイヤーがそのままフィールドに雪崩れ込んでいるのもあるだろうしな」
「あ……。北は人が少ないんだ。えっと、お店で売っている物の例えがモンスターなら、北は狩り放題ってことですか!?」
エルフさんがにっこり微笑む。
とても残念なエルフさんだけど、顔は凄く綺麗だから微笑まれるとドキっとするな。
「まぁじきに北も混雑するだろうがね」
「うわっ。じゃあ早く移動しなきゃ。行きましょうっ」
「あー……まぁいいか。では参ろう『スピードアップ』」
エルフさんの指先からキラキラした光が出て来てボクを包む。もう一度同じ言葉を発してキラキラした光を、今度はエルフさん本人を包む。
「ま、魔法ですか!?」
「んむ。移動速度や攻撃速度を上昇させる魔法だ。といってもレベル1なので攻撃速度に関しては微々たるものだが。あと効果時間も三分しかない。さぁ、走れ!」
「あ、はい!」
こうしてボクたちは壁の上を北に向って走り出した。
何故かエルフさんは楽しそうに笑いながら――ではあるが。
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