第2話 鱗病
Ⅱ
「……で?結局、犯人はキラークロック(DCコミック「バットマン」に登場するヴィランの一人。奇病によって全身が鱗で覆われており、鰐のような歯を持っている大男)ってことで、おっけい?」
「いや、あそこまでモンスターじゃなかった……なんだっけなあ……」
ベッドの傍らにいる太りめの体系をしている黒人からの質問に、俺はあの時にみた光景を思い出していた。呑気にコミックを読みながら俺に語り掛けるのは、同僚のガービー・イメイジ。ベッドで横にされているのは、俺だ。
「アレだ、お前が前貸してくれた日本の漫画の……あ、ディオだ!」
「あー“ディエゴ(荒木飛呂彦著「ジョジョの奇妙な冒険SBR」に登場するキャラ。自身、あるいは触れた生物を恐竜にする能力を持つ騎手)”だな!恐竜になる奴だろ?」
「そうそれ!」
朧気ながら、俺達は昨夜の人質事件の犯人について語っていたのだ。正確に言えば、俺からパトカーを奪いやがっただけでなく、こうして俺を病院送りにしやったクソ野郎だ。
「ふーむ……もう二日くらい休んどくか?お前やっぱ疲れてるわ……」
「勘弁してくれよガービー……」
「じゃあ、アレか?上司に正直に『ジョジョに出てくるディエゴに襲われました』っていうのか?ディエゴはバイクじゃなくて馬で逃げるに決まってるだろ!って返されるのがオチだぞ?最悪の場合は、そのまま頭の病院行きだって打診されるかもしれない。それに……只でさえ、上はお前が無茶したことに頭抱えてるのに、問題増やしたら……」
「え、おい、今なんて言った?」
「お前、その場で勝手に奴を追ったろ?それが原因でパトカー盗まれて、挙句逃げられたってのが」
「おいおいおい!そりゃあないだろ!」
現場にいなかった連中に好き勝手言われるのは流石に不愉快だった。
「あれは、あいつがいきなりバイクをぶつけてきたからであって、犯人が人間だったら……」
そういって、俺は一旦言葉を区切る。結局、犯人を人間じゃないなにかだと言ってるようなものだ。
「すまない、ガービー……ダメだな、冷静にならないと……落ち着きたいんだ……飲み物買ってきてくれないか?なんでもいい、冷たい奴を頼む。あとで払うからさ」
「んや、いいさ。手ぶらに見舞いに来ちまったし、今日は俺が奢るさ」
そういって、ガービーは病室から出て行った。それを見送ってから、俺は大きく溜息をついた。
「どこまでが本当なんだよ……なんだったんだ?」
昨夜のことであるはずなのに、確信が持てなくなっていた。本当に俺はあの怪物を見たのだろうか?コスチュームを見間違えたのではないか?
否、アレは見間違いではない。はっきりと顔を見たのだ。あの、怪物と称する以外ない、牙と思えない歯を、鱗で覆われた肌を、そして、あの人ではない目を……
問題は……あれが仮に鰐人間やら恐竜人間であるなら、なんだということだ。確かに、アレを人外の存在だと仮定すれば、警備員を持ち上げたままの跳躍などの超人的な行為にも説明はつく。説明はつくが、荒唐無稽過ぎる。オカルト雑誌「X-FILE」でなら特集を組むレベルだろうが、残念ながら、マーティンは刑事だ。自分の見たままを報告してどうなるか想像できないほど、馬鹿でもない。
「……あいつが人間だとしたら……」
俺は本日の新聞を探す。ベッドの上からぎりぎり手が届く場所に雑に放られていた朝刊を手に取り、今朝読んだときにちらりと目に入った記事を探す。この日のトップ記事……は違う。どこだ……あった。これだ。
『ワーナー保険会社で立て籠り事件発生……犯人は依然逃亡』
場所がキンググラントという都心から離れた田舎町だったこと、事件現場もワーナー保険会社の地方支部であったこと、死人がでてないことからか、記事の内容自体は大きくない。勿論、逃亡した犯人の特徴に「身体が鱗で覆われていた」など書いてもいない。
ただ、この記事の最後に気になることが書いてあったのを思い出したのだ。
『ワーナー保険会社は、数日前に顧客へ不当な契約を結ばせていた疑いで全ての支店へ立ち入り調査を受けており、特に『鱗病』患者の被害がその七割を占めていたなど、違法な営業が問題になっており、今回の事件も、一連の騒動に対する報復ではないかという声も出ている』
一つだけ……ほんの手掛かりにもならないようなものであるが、あの怪物の正体の一部かもしれないものに、心当たりがあった。
キンググラントという町、そして、あの鱗で覆われた身体……
あの男は『鱗病』なのではないか?それも、『鱗病』差別者を憎んでいるような……
一瞬だけそう考えて、俺は頭の中の妄言を即座に否定する。鱗病についてはニュースで見聞きしたことしか知らないが、流石にあれは異常な面はあれど“ただの皮膚病”だ。鰐もどきの怪物になる症状はない……
たぶん。そうだろうか?わからん……
それくらい、あの病はわからないことが多すぎるのだ。
『鱗病』と呼ばれる流行り病がキンググラントで流行したのは、今から七年前だったか。極めて伝染力の強い皮膚病だ……いや、アレを皮膚病と言い切っていいのか?それくらい、異常な病だった。
『鱗病』という名前の通り、感染したら数日のうちに激痛を伴う発熱症状が出て、その後すぐに皮膚が変質し、鱗状に変異する。通常は皮膚の変異が終わったら、あとは発熱症状が治まるまで安静にしていれば死には至らないが、皮膚の変異、硬直が身体の内部にまで侵攻したら話は別だ。『鱗病』が原因の死者のうち、半数以上は呼吸器官が硬直したために、呼吸困難に陥ったかららしい。
変異の前後に痛みを伴う発熱症状があることから、最初はインフルエンザの亜種かと疑われていたが、それは直ぐに否定された。
“感染経路”が特定されなかったからだ。
空気感染でもない、飛沫感染でもない、分かっているのはウイルス性の病であることぐらい。アメリカの医師たちが束になって研究をしていた間にも日に日にキンググラントを中心に感染者は増えていった。
流行の当時、俺はまだ警察にもなっていない学生だったが、新聞が、ワイドショーがこの田舎町で起こった
結局、ワクチン、特効薬自体が完成したことで騒動は一応の終息を迎えたが、『鱗病』は最悪の置き土産をこのキンググラントに残していった。
鱗病患者への、そしてキンググラントという町への差別だ。
『鱗病』のワクチンはあくまで感染の予防、特効薬も皮膚変質を防ぐだけの効果しかなく、鱗状になった身体を元通りにすることが出来なかった。つまり、傍から見れば一目で“感染者”がわかるわけだ。
『鱗病』の感染経路が不明だったことも相まって、流行当時から今もなお、根強い差別と偏見が鱗病感染者を苦しめている。
身体の鱗を見られて、職場を、学校を、家庭すら、『鱗病』の感染を恐れた人々から追い出された。そういう事件が多々あったらしい。感染経路が明確だったらここまで過敏な反応を人々はしなかっただろう。“どう接すれば感染しないのかわからない”から、人々は恐怖し、その根源を自分たちから遠ざけたのだ。
『鱗病』新規の感染者が出ていない現在ですら、キンググラントという町が忌み嫌われる原因となっている。
「はあ……」
そうだ……俺が一昨年前にここにわざわざ飛ばされたのも、些細なことで当時の上司と諍いを起こしたのがキッカケだったか……ガービーの言う通りだ、変に熱くなってその場で考えの足りない行動ばっかりしてた結果だ……落ち着け……落ち着け……
「大変だぞ!おい、起きてるか!」
買い物に行っていたはずのガービーがやかましく入室してきた。
「ああ!起きてる!病院だぞ!静かにしろ!」
「あ~すまない……いや、さっき自販機行ってたらさあ……ほれ!」
ガービーは俺にミネラルドリンクを手渡して、続ける。
「そしたら警部殿から電話があってよ」
「アラン警部!?」
俺達の直属の上司じゃねえか!
「そうそう。俺がまだ病院ついてないと思って電話かけたみたいでさあ、お前への伝言もらってよ~」
「俺に?」
「お前さん、明日からだけど例の立て籠もりの犯人追うの担当だってさ」
それは唐突な出来事であった……
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