Doll of wizard
◆◆◆
魔法人形である私は
魔法使いの魔力で動くことを許された
ただの彼らの武器だ
だけど、
“大切にされた物には魂が宿る”
この世界とは違う次現にある世界では
そう言われているらしい…
でも、この世界では心を持った魔法人形は認められない。
ただ私は願った…
蓮都が笑ってくれることを
「私は蓮都の笑った顔が大好きです」
◆◆◆
魔法界、漆黒の暗闇を満月の光が照らす旧都市の廃墟。
とある建物の中、ビリビリに破れて色あせて古びた布にくるまって寝ているのは魔法人形である風乃だ。
「今日はお前も疲れただろ?」
少し彼女から離れた場所。崩れかけた、窓際の壁に寄り掛かりながら風乃を労る魔法使いの青年、蓮都。
壊れた窓から入る月明かりが影をつくり、彼の表情を隠している。
「今日の追手はまいたから、また明日から戦いだ...ちゃんと動けよ、風乃」
そう言うと蓮都は感知系の結界を周りに張り巡らせて仮眠を取るために瞳を閉じた。
「……………」
少ししてもぞっと動いた風乃。かけていた布を握り締めてそっと蓮都の様子を伺い、心配そうな顔をしている…。
普通の魔法人形ならば、こんな表情はできる訳がない。
(蓮都も疲れてるのに…)
風乃が感情を持つ人形になってから、どれくらいの時間が経つだろう。
いつの間にか、蓮都と入れ代わるように少しずつ想いが紡げるようになり…魔法人形にはできないはずの表情の変化。
(今の蓮都には、感情を持ってしまった私は重荷だよね…?私は蓮都に…)
風乃は魔法人形にあるまじき感情…泣きたい気持ちを押さえて、明日にそなえて眠りにつく。
また明日も大切な、主である蓮都のために“武器”として動かなくてはならないのだから。
ちゃんと自分の主を守るために戦うから、どうか蓮都が傷付きませんように。
「れん、と…」
まるで祈りのような優しい寝言…その想いは、ちゃんと蓮都に届くだろうか。
時間と共に窓から入る月明かりが伸び、風乃の顔を照らしていた。
◆◆◆
次の日。風乃達は日が上る前に旧都市の廃墟から移動して今は緑豊かな神の住まう森に来ていた。
「蓮都、
今歩くこの獣道を右に外れると、そこには血の気の多い鬼(といわれる魔法使い)の一族が支配している泉があるのだ。そのためほとんど誰も寄り付かない。
風乃達みたいな者には休むのに良い場所である…その鬼達と“友達”であれば。
「そんな時間は無い。分かっているだろう、風乃」
急ぐぞと言うように、蓮都は歩くスピードを上げた。
風乃は水騎に会えなくて少し残念だという思いと、蓮都に少しでも休んでほしいという思いを顔に出さないように必死に感情を隠す。
「はい、わかりました…」
蓮都は風乃を振り返る事も無く、周りを注視しながら先に行ってしまった。
風乃は蓮都にバレずにすんだと胸を撫で下ろして主のあとを急いで追い掛けた。
すると突然身を屈めて周りを警戒する蓮都。風乃も主に続いて身を屈めた。
(斜め右の前方に敵、一組の気配…)
蓮都の鋭い瞳のその方向を見れば、戦いにおいて風乃は主の考えている事が解る。
敵を倒すのは魔法人形の役目だ。
風乃は蓮都を伺い、命令の合図を待った。
「任せる、行け」
主の命令を聞くと、風乃はうなずいて敵のもとへと走る。シャキンッと音をたてて、自分の武器である鉄扇・舞風を構えて先制攻撃、大風をふるった。
「あの魔法人形、主を守りきった…少しは楽しめそう」
大風で木々を薙ぎ倒した風乃は空中に浮かび、不敵に笑っている。
そして上から丸見えの敵、主である青年と少女型の魔法人形へと再び攻撃を仕掛ける。
「弐の攻、風切り」
今度は先ほどよりも、有効範囲を狭めてピンポイントで2つの鋭い風が敵を切り裂く_____。
◆◆◆
最後にとどめだと云うように、風乃は空中から鉄扇・舞風の持つ攻撃の最大魔法を発動する。
「風の鎖で捕らえ、精神の地獄に引きずり込もう。我が死神となりて風の鎌を降り下ろす」
風乃の詠唱により、主である蓮都の魔力が魔法人形である風乃に注がれて鉄扇・舞風を包み込んで形が鎌へと変わる。
「魔衣、死神の鎌・舞風」
傷だらけで地に伏せている敵に、容赦無く風乃は鎌を降り下ろした。
その表情は何処か哀しそうで、魔法人形の顔とかけ離れていた。
◆◆◆
「行くぞ、風乃」
敵を倒した風乃が蓮都のところへ戻ると、彼はそのまま歩いて先へ進んで行ってしまった。
逆光で彼の表情は見えなかったが、蓮都もまた敵を倒した事に心を傷めているのが伝わる…今この瞬間、魔法人形でしかない、魔法使いの武器でしかない自分が何もできない事がとてももどかしい。
「蓮都…」
まるで生きているような、うつ向いて泣きたそうな表情をしている風乃。
気が付けば、蓮都を追い掛ける事を忘れてしまっていた。
「泣くな!」
え…?と思った時には目の前に蓮都がいて、抱き締められていた。
「今の俺じゃ、風乃を守りきれない」
どんなに風乃が気付かれないようにしていても、蓮都はそれに気付いていたのだ。
風乃が彼のためを思い、隠してきた魔法人形にあるまじき感情と…そして、この涙。
「ごめんなさい、蓮都…」
ぎゅっと蓮都が風乃を抱き締める腕に力がこもり、そして彼の右手が風乃の頭の後ろへ回された。
「この魔法界から離れよう…そうすればもう少しマシになるはずだから」
個々の魔力で世界を越える事は、魔法界では違法行為に当たる。
それがバレれば今よりも確実に敵が増える。
それでも_____
「蓮都が笑える世界があるなら…私は、あなたの武器ですから」
風乃が蓮都を見上げてニコッと微笑む…瞳から一筋の涙が頬を伝い落ちた。
(私は、蓮都の笑った顔が見たい…)
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