セルロイド

瀬野しぐれ

晴天

 空の如く青い卓上に、雲のように白い球が跳ねまわる。

 世界最速の球技、それが『卓球』であった。


 2020年、北海道にもめでたく卒業を迎えた高校生が二人。赤原あかはらつかさ黒川くろかわ卓斗たくとである。彼らは小学校の頃からの親友で、高校までもが一緒だった。

 束には夢というものが無く卒業後も適当な仕事に就こうという考えしか無かったが、卓斗にはある夢があった。

 それは『卓球で名を残すこと』である。

 卓斗の家は兄弟両親、果ては祖父母までもが卓球経験者という所謂卓球一家だ。しかも祖母に関しては自前の卓球クラブまで運営しており、卓斗もその教え子であった。

 小学生の頃から卓球をしていた彼は見る見るうちに頭角を現し、中学・高校では大会の入賞常連者となっていた。

 


「卒業してから言うのも難だけど、束には将来の夢とか無いわけ?」

「俺は別に、就職して死ぬまで飯食ってられればそれでいいよ」


 味気の無い返事にため息をつく。

 卓斗にとって束は心配の要因であり、ちょっとした夢でもあった。

 いつか彼と一緒に卓球をしてみたい、そう思っていたものの束には全てにおいてやる気というものが感じられない、それどころか生きていけるのかさえも不安材料になっていた。


「束さ、スポーツとか興味ある?」

「俺はスポーツが嫌いだって何度も言ってるだろ。疲れるし、もう就職だしやる機会なんてねーよ」

「機会があればやるの?」

「訂正、あってもやらねーよ」


 ぶっきらぼうな束の態度に首を垂れる。

 実はこれまでも何度かスポーツに誘っていたがその都度フラれていたのだ。今回も何食わぬ顔でナチュラルに誘ってみたものの、いつもと寸分たがわぬ断りの言葉にちょっとした失望感を味わっていた。


「あ、悪い。俺これからバイトに制服返しに行かなきゃならねーから、また今度な」

「え? ちょっと束、僕たちが帰れるのこれで最後――」


 ――瞬間、束の背後で轟音が響く。

 思わず振り返るとそこに卓斗の姿は無く、あるのはフロントがぐしゃぐしゃに歪んだ自動車と無残に投げ出されたスクールバッグだけだった。


「お、おい卓斗? おい、返事しろ卓斗!」


 急いで車の前部へと叫びながら駆け寄るが返事は無い、それどころか生命の気配すらも感じられなかった。

 急いで鞄からスマホを取り出し、119番通報をする。

 とにかく無事でいてくれ、そう願うことしか束には出来なかった。

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