第1746話「興味深い講義」
〈エウルブギュギュアの献花台〉の第五階層はエルフたちが住んでいた地上街だ。かつては白い廃墟が並ぶ寂寥感あふれるエリアだったのだが、すっかり調査開拓団による開発も進み、近代的な街並みが完成している。
現在では第四階層の地下街、第六階層の天空街も合わせてシード02EX-スサノオとしても知られている。地上街には中央制御塔も存在し、管理者となったオトヒメはそこで日々の業務を行っていた。
『はーい、それじゃあ時空間構造学概論、初級編第一回講義を始めるヨー』
そんな中央制御塔のすぐ隣に建設された、というか俺のテントを接収して開発した洋館の一室。すり鉢状に席が並び、その中央に巨大な黒板を備えた教壇を置く大講義室。そこでオトヒメが教鞭を取っていた。
「はええ。結構参加者は多いんだね」
「時空間構造学は物質系スキル三種にも関連する学問らしいからな。検証班や考察班は初級編、中級編、上級編、発展編、応用編それぞれ200回の講義を受けてるらしい」
「はええ……」
受講生はおおよそ六十人前後といったところか。巨大な講義室では閑散とした雰囲気は拭えないが、ほとんどの生徒は真剣な表情だ。
〈エウルブギュギュアの献花台〉は、もともと第零期先行調査開拓団の時空間構造部門研究所という施設だった。そこの総責任者でもあったオトヒメは、この分野では右に出る者がいないほどの専門家である。
そもそも彼女は人に教えるのが好きな性質のようで、いつからかこうして時空間構造学に関する講義を開いていた。その道の第一人者が直々に解説をしてくれるという夢のような講義で、初回はこの大講義室が埋まって立ち見が出るほどの人気だったらしい。
『初回ということで、今回は軽めに二時間だけでイントロダクションをするからネ』
――まあ、その道の第一人者が教えるだけあって、一通り学ぼうとすると全1,000回の膨大な講義になるのだが。教科書も指定されたものがあるが、それぞれ5冊、かつ1冊が数十万ビットという高額である。
初回講義では立ち見が軒並み倒れ、強制ログアウトした者も続出したらしい。
今回の時空間構造学概論初級編は、教壇のオトヒメも何度も繰り返してきたはずだ。それでも彼女は初めて人に話すような新鮮な表情で天地開闢の時代から説明を始めた。
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『は、はえええ……? はえ? はえやぁ……?」
二時間の初回講義が終わったころ、シフォンは湯気を立たせて机に突っ伏していた。なかなか興味深い内容だったのだが、彼女には少し難しかったようだ。この程度で根を上げてるようだと、大学に行ったら苦労するんじゃないか?
『なるほど、つまりは愛ということですね』
同行していたT-3も真面目に聴講していたようだが、最後にはそんな結論の一言で片付ける。何でもかんでも愛と言えば押し通れると思ってるんじゃないだろうな。
講義終了の声を受けて、受講していた調査開拓員たちはゾンビのようなうめき声を漏らしながら引き上げていく。オトヒメはさっぱりとした顔で資料の束をまとめ、教壇から降りている。
「おーい、オトヒメ!」
『あれ? レッジじゃない。お久しぶりダネ』
急いで階段を駆け降りて呼び止める。他の管理者たちと同じタイプ-フェアリー機体の少女だが、理知的な印象を抱かせる眼鏡を掛けている。俺の存在に気が付いたオトヒメはすっと目を細めて出迎えてくれた。
「そういえば随分会ってなかったか。講義、すごく興味深かったぞ」
『そっかそっか! それは良かった。それで、何か分からないところでも?』
質問はなんでも歓迎するよ、とオトヒメ。やはり彼女は生徒想いの教師のようだ。
せっかくなので色々と聞きたいこともあるのだが、それよりも本題に入らなければ。
「この星の大気圏を脱したいんだが、どうにも空間的な異常があるらしくてな。そこについて知見を分けてもらいたいんだ」
『……ナルホド』
単刀直入な質問に、オトヒメはすっと目を細める。友好的な笑顔というよりは、深淵に触れた喜びのような、そんな表情だ。
『それについては、イロイロと前提知識が必要になるネ。本当なら、応用編まで受講してもらいたいんだケド……』
「申し訳ないが、そんな暇はなさそうなんだ」
『ウンウン。それなら、確認テストをしようか』
講義を受けて、テストに合格すれば、晴れて単位取得だ。
しかしこちらの事情を慮って、オトヒメは特例を出してくれた。
『初級編、中級編、上級編、発展編、応用編。それぞれのテストに合格したら、その質問に答えてあげよう』
それは彼女なりの譲歩なのだろう。
すでにテキストはあるのだから。自力で読解できれば問題はない。
「……もしかして、二時間の講義受けた意味ないんじゃ」
隣でシフォンが何かに気付き始めたが、もう既に遅いのであった。
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◇時空間構造学概論テキスト(初級)
管理者オトヒメによって執筆された、時空間構造学に関する初歩的な内容を扱った概説書。初学者に向けて書かれた比較的平易な内容であり、時空間構造学に興味を持った者に最適。一般教養として全調査開拓員に配布する計画も立てられている。
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