第1734話「水の中で踊る者」
レティがハンマーを振り回し、トーカが首を切り回り、ラクトが氷漬けにする。ミートたちは原生生物の踊り食いバイキングを満喫し、シフォンが鳴く。
「はーっ! 久しぶりにタンクじゃなくて格闘家として楽しんだ気がするわね!」
そんな中、エイミーもまた拳を握り、鋼鉄の拳盾で敵を殴り飛ばしていた。防御機術による障壁も用いた独自の流派、〈鏡威流〉のテクニックを存分に使い、レティにも匹敵する大ダメージを叩き出している。
普段はレッジやラクトといった面々を守りながらの立ち振る舞いが多いだけに、そういった背後のことを考えずに殴る蹴るに専念するのは久々のことだ。彼女は爽快な笑顔で、茂みから飛び出してきた四つ足の陸棲魚を殴り飛ばした。
「ちょっとエイミー!? わ、私は非戦闘員なんですけど! 守って欲しいんですけど!」
そんなエイミーの側で青い顔をして竿を抱えているのは、なぜか着いてきてしまって後悔している真っ最中のアンである。主であるレティが出かけているということで駆けつけたはいいものの、
必死にエイミーの側についていき、なんとか生き残っているものの、少しでも流れ弾が掠めれば命の危機である。
「アンも楽しめばいいのよ。実は〈鎧魚の瀑布〉って釣りのスポットでもあるのよ?」
「そういう話はしてませんが!?」
桁違いの規模を誇る大瀑布があり、そこから豊富な水が流れ出している。そんなこの土地は川魚の釣り場としても有名である。上層から下層への行き方が分からなかった初期の頃、とある男がスケイルフィッシュと一緒に滝を飛び降りたのも皆がよく知る話だ。
「私はあなた達と違って、ただの非戦闘一般人なんです! お嬢様も何か言って――お嬢様!?」
「はははっ! アンも楽しめばいいんですよ。あなたもハンマー使いになりませんか?」
アンが目の当たりにしたのは、迫る巨大ダンゴムシを次々とかっ飛ばすレティの姿である。その隣には鏡写しのようなLettyの姿もある。二人して打ち出したダンゴムシはボールのように丸まり、シフォンが戦っているあたりに雨のように降り注いでいた。
「はわっ!? はわわあっ!? ちょ、レティ!? 何やってんの!?」
すわ裏切りかと悲鳴をあげるシフォンだが、怒りつつも着実に迎撃しているあたりに実力の高さが窺える。
「なんなんですか、この人達……。人間じゃない……」
「この程度で呆気に取られるなんて、メイドさんも案外普通の感性なんだねぇ」
「メイドは関係ないですが!?」
氷柱を飛ばすラクトに茶化され、アンは髪を逆立てる。そうこうしている間にも、ミートが他のマシラ達と共に原生生物の群れを丸呑みにしていった。
「おおーーい!」
そんな折、盛大に暴れ回る〈白鹿庵〉に声がかかる。アンが今度は何事かと振り返れば、黄色いヘルメットを被った〈ダマスカス組合〉の組合員が手を振っている。
「そろそろダムが完成しそうだ。そのあたりは水没するから、早くこっちへ!」
「えええっ!? お、お嬢様、早く逃げましょう!」
〈白鹿庵〉の活躍により、猛獣侵攻で暴走状態となった原生生物たちの隙を掻い潜りダムの建設が着実に進められていた。アーツも用いた急ピッチの突貫工事ながら、予算度外視のリソース投入によって、立派な壁が立ち上がっている。瀑布の先を阻むように築かれた壁は見る者を圧倒させる威風を放っていた。
「むむぅ、これからが面白いところなんですが」
「何がむむぅですか! ほら、早く行きますよ!」
渋るレティの手をグイグイと引っ張って、アンはダムの壁へと向かう。彼女達が梯子に手をかけた時、すでに滝壺から水が溢れ地面に及んでいた。
「うわーーーっ!? もう水が!! ほらお嬢様、早く早く!」
「ひゃわっ!? ちょ、アン、あんまりお尻触らないでくださいよ!」
「言ってる場合ですか!」
アンがグイグイと押し上げ、レティは梯子を登る。
そんなに急かすなら自分が先に行けばいいのに、と思いながらも、レティはそんなメイドの気持ちに笑みが漏れ出す。こんな時でも、彼女はあくまで自分を優先してくれるのだ。
「あっ! お嬢様、あそこ、ゴールデンフィッシュですよ! 幻の魚です!」
「アン……?」
梯子を登っていたアンが高い声を出す。
地面より水位が高くなったことで、滝壺の底に隠れていた魚が出てきたらしい。アンが目を輝かせ指差す先には、金色に輝く優美な魚がいた。
「お嬢様は先に避難してください。私はあの魚を釣り上げてから向かいます!」
「ちょっ、絶対無理ですって。ここ梯子ですよ!?」
「行けます、私の釣り魂なら」
「なんですかそれ!?」
レティも知らないアンがそこにいた。彼女は背中に背負っていた竿を手にかけると、片手で梯子を掴んだままそれを振り上げる。
「うおおおっ! 『ハイパーキャスト』ッ!」
「アン!?」
勇ましい声と共に針が投げられる。瀑布の水が堰き止められ、巨大なダムに水が溜まっていく中、アンが決死の覚悟で釣りを始めていた。
『あっ! 美味しそうなお魚!』
「ああーーーーーっ!?」
そして、幻のゴールデンフィッシュが餌に興味を示したちょうどその時、きのこを揺らして泳いでいたミートが魚に食いついた。
『もぐもぐ! むぅ? なんかトゲがあるなぁ』
「ミート! 離しなさい! ぺってしなさい!! あああああっ!」
無情にも、幻の魚は咀嚼され、針はぺっと吐き出された。レティは一瞬にして老け込んだアンを抱え、どう慰めるべきか悩みながら梯子を登るのだった。
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Tips
◇ゴールデンフィッシュ
〈鎧魚の瀑布〉に棲息する希少な魚。美しい黄金の鱗と長く薄いヒレが特徴で、美術的に高い価値が認められている。非常に警戒心が強く、普段は滝壺の底でじっとしていることが多い。また、釣りあげるにも繊細な技術が必要で、これを獲ることが一流の釣り師の条件であると言う者もいる。
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