第1689話「洗礼を越え」

「うぉおおおおおおおお――っとと!」

「はえんんっ!」


 イルフレッツに吹き飛ばされて、やって来たのは〈ホウライ〉の山の頂上付近から突き出した、荘厳な舞台だった。朱塗りの柱がずらりと並び、雷鳴の轟く暗雲のなかに聳えている。

 俺たちはその舞台の床板に転がるようにして降り立った。


「ここが霊山大社か?」

『正確にはその玄関口じゃ』

「うおっ!?」


 独り言に思いがけず返答があり、飛び上がって振り返る。そこには、幾分サイズを縮めたイルフレッツが浮かんでいた。相変わらず老爺のような声と口調だが、多少聞き取りやすくなっているような気がする。


『霊山大社は霊気の満ちる龍脈の上にある。ここに立つだけでも、多少は傷も癒えるのじゃ』


 俺の表情から内心を察してか、イルフレッツが解説をする。それを隣で聞いていたシフォンが耳を揺らし、周囲を見渡して頷いた。


「たしかに、エネルギーが集まってるね。ここならわたしも大狐に変身できそう」

『よく分からんが絶対やるな! ここは神聖な霊山大社じゃぞ。何を着いて早々に物騒なことを言っておる!』

「じょ、冗談だよぅ」


 ぷんぷんと怒る赤い蝶。正直威厳も何もないが、シフォンは素直に謝った。

 そうこうしている間にも俺たちと共にやってきた白月は、興味深そうに周囲を見渡し、ふんふんと鼻を鳴らしている。白神獣のこともよく分からんが、彼にとっても特別興味深い場所なのだろうか。


「それでレゥコ=リノガードはどこにいるんだ?」


 俺たちがはるばる霊山大社までやってきたのは、そこの主であるレゥコ=リノガードと会って話をするためだ。しかし大舞台は殺風景で、人どころか生物の気配すらない。そもそも雷鳴と豪雨が降り荒ぶ荒天で、正直立っているのもつらいくらいだ。

 イルフレッツはゆるやかに羽ばたきながら鼻を鳴らす。


『お主らのような外様が、そう簡単に謁見など叶うものか。たとえ列柱神殿の許状を揃えようと、試練に打ち勝たねば――』

「おじちゃーん。なんか大きい仁王像みたいなのがいたから叩いたら壊しちゃった!」

『ぬおおおおおおおっ!?』


 脅かすように語るイルフレッツが驚愕する。独断専行で舞台の奧へ向かっていたシフォンが、そこに待ち構えていた3メートルほどの巨大な仁王像をぶっ壊していた。


『大舞台の門番が、あっという間に!? あれは外部からの攻撃に完全な耐性を持つ金剛の守護者じゃぞ!?』

「あー、シフォンは基本パリィだからなぁ。カウンターダメージは入ったんだろ」

『はぁあああっ!?』

「わ、わたし何かやっちゃった……?」


 とにかく、第一関門はクリアしたらしい。順調に事が進むのはいいことだ。

 バツの悪そうな顔をしているシフォンの頭を撫でて褒め、俺たちは大舞台から続く巨大な社の内部へと踏み入った。


『ふんっ。たとえ金剛の守護者をまぐれで討ち倒したとて、内部は魑魅魍魎すら尻尾を巻いて逃げ出す完全な防御じゃ。ただの雑兵である御影の守護者であっても、生半可では――』

「はえあーーーーーっ!」


 廊下の奧から雪崩れ込んできたのは、黒い陣笠を目深に被った小柄な兵士たち。物量で圧倒する作戦なのだろうが、あいにくこっちには対群体特攻兵器シフォンがいる。彼女と衝突した地点から、まるでスクラッパーにガラクタを流し込んだかのように、小柄な守護者たちは消滅していく。

 イルフレッツは蝶の姿だが、彼があんぐりと口を開けている気がした。


『な、なんなんじゃ、あの娘は……。ここは三十人以上の巡礼者をまとめて撃退する想定の場所じゃぞ』

「こんだけ狭い廊下だと数の利も生かせないだろ。せめて大舞台で御影の守護者を出してくるんだったな」

『本来なら金剛の守護者を倒しきれぬ間に御影の守護者が大舞台に傾れ込んでくるんじゃよ!』


 もしそうなら、そもそもの想定が悪い。御影の守護者をもっと舞台に近いところで待機させておくべきだった。


「シフォン、なんとかなりそうか?」

「はえーーーーんっ!」

「じゃ、ちょっと加勢するか」


 シフォンも怒涛の勢いの群勢を抑えているが、押し返すまではいけていない。お前もイルフレッツと話してないで助けろと言われたので、槍とナイフを持つ。


「対群勢特攻はシフォンだけの十八番じゃないんだよな。――風牙流、二の技、『群狼』ッ!」


 突風が吹き、廊下を埋め尽くす黒い兵を一掃する。廊下が曲がっていたり障害物を置いたりしていたらもうちょっと面倒だったんだが、風通しのいい一本廊下で助かった。

 へろへろになっているシフォンを抱え、倒れた御影たちを踏まないように気をつけながら廊下を抜ける。


「さて、リノガードは……」

『ぬはははっ! 甘いのう、お主は! あれは雑兵と言ったじゃろう。ここからが本番、本丸! お主らは翠緑の守護者に喰われて死ぬのじゃ!』

「おっ、龍じゃないか。――『ドラゴンキラー』ッ!」

『ギョグルゥウアアアアアアッ!』


 廊下の奧、襖を開けた先に現れたのは、鮮やかなエメラルド色の鱗の美しい東洋龍。そう、龍である。槍はそもそも龍特攻が若干付いているし、『ドラゴンキラー』は更に強力な龍特攻を持つ。

 これは思い込むまでもない。龍はカモである。


『す、翠緑の守護者ーーーー!?』


 イルフレッツが何か叫んでいるが、俺とシフォンで瞬殺である。


「この先にリノガードがいるのか?」

『ぐ、ぐぬぅうう』


 悔しげなイルフレッツには申し訳ないが、進行は順調だ。

 金剛、御影、翠緑と三種の守護者を打破し、俺たちは次の部屋へと進む。大きな襖を開くと、そこには――。


『お前たちの働き、よく見えていた……。すばらしい……』


 ギラギラと輝く、無数の目。広い板間に半透明の薄翅が広がり、細やかに振動している。燭台の小さな火が揺れる薄暗い室内に、巨大な何かがいた。


『おお、おお……。神仔も来たか。喜ばしい。……歓迎するぞ』


 ゆっくりと、頭が持ち上げられる。

 こちらを見下ろしたのは、巨大な蜻蛉の姿をした守護者だった。


━━━━━

Tips

◇金剛の守護者

 霊山大社の大舞台を護る、二者一対の守護者。霊山ホウライの巨岩より彫り出された石像であり、四腕に異なる武器を携える。その体躯は金剛の如く堅固であり、参拝に訪れた者の力を試す。


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