第1644話「歴史を紐解く」

「白神獣の古祠に似てる?」


 一度、態勢を整えるためキャンプ地へと帰還したのち、レティたちは改めて情報の共有と検討を行っていた。騎士団所属のキャンパーたちによって設営された陣幕型テントにはアストラを筆頭にした幹部連中と、〈白鹿庵〉の面々、さらに在野を含めた解析者や考察者などが集められていた。

 そんな取り揃えのなか、考察系バンドとして有名な〈イザナミ考古学会〉の会長、ヨシキリが意見を上げた。それは、亀の甲羅に点在する各地の遺跡を調査したところ、〈オノコロ島〉の各地にある秘跡“白神獣の古祠”との共通点が発見されたというものであった。


「白神獣の古祠って、前のイベントの舞台になったところだよね」


 ヨシキリの報告に目を丸くしたラクトは、続けて確かめる。FPOの世界観考察においては騎士団の考察部隊すら凌ぐと言われる一派の長は、顔の大部分を覆う豊かな白髭を撫でながら頷いた。


「いかにも。〈暁光の侵攻〉に続く第二回〈特殊開拓司令;白神獣の巡礼〉は、そちらのリーダーを含めた四名を中心として、各地に置かれた祠を発見するというものであった。その時に攻略の対象となった〈白神獣の古祠〉については、現在も調査と探索が続けられておる」


 タイプ-フェアリーの老翁は、事前の知識として確かめるように語る。

 第二回大規模イベントとして開催された〈白神獣の巡礼〉は、簡単に言えばスタンプラリーの形式を取っていた。各フィールドにいくつかの“祠”が存在し、それを全て攻略することで“古祠”と呼ばれる特別な祠に挑むことができる。“古祠”の最奥に待ち受けているのは、白神獣と呼ばれる強大な存在だ。

 各地の祠はそのままでは目視することすらできず、当初は進行も困難だった。しかし、レッジが開発した“調査開拓員のカメラアイを経ない画像認識の手法”であるプロビデンス作戦によって各地に隠された祠が丸裸にされたという過去がある。


「“白神獣の祠”は未詳文明の末期から滅亡後にかけた終盤に作られたが、“白神獣の古祠”はそれよりも千年ほど先んじて作られたことが分かっておる」

「へぇ。そんな研究もされてたんですか……」


 考察組〈イザナミ考古学会〉はストーリーの進行には興味がない。しかし、各地に残された未詳文明の残滓や、白神獣と黒神獣の対立、第零期先行調査開拓団壊滅の顛末など、残された謎を解き明かすことに心血を注いでいる。

 どちらかといえば攻略組的な指向を持つレティは知らないが、祠と古祠の区別などは考察組界隈では既知の事実となって久しかった。


「古祠には独特の紋様のような特徴があってな。それが、この亀の遺跡にも散見されたというわけじゃ」


 ヨシキリは節だった手で杖を弄びながら報告を決着させた。彼の一派はウェイドが泥に頭から落ちている間にも各地へと飛び、調査を行っていた。その結果、古祠と遺跡の類似性が浮かび上がってきたのだ。


「ということはつまり、この亀は少なくとも未詳文明黎明期から生きてるってこと?」

「その可能性は、大いに考えられるのう」


 ラクトが報告を飲み込んだ上で解釈を広げるとヨシキリは満足そうに頷く。

 第零期先行調査開拓団が、未開の惑星であったイザナミへと踏み入り、大規模なテラフォーミング技術も利用して生命を育む環境へと開拓した。その後、第零期先行調査開拓団における管理者階級のNPCたちは惑星全域を十八の領界へと分割し、それぞれに統治した。第一開拓領界の統括統治者は現在においてはクナドという名で、第二開拓領界の統括統治者はポセイドンという名で知られている。


「重要なのは、“白神獣の古祠”に似たモチーフが使われているという点じゃ」


 ヨシキリはさらに話を進める。アストラたちでさえも、彼の言葉には耳を傾けるのは、それに値するだけの信頼性があるからだ。

 しかし、レティにはヨシキリの言葉の意味が瞬時には理解できなかった。


「“白神獣の古祠”を作ったのは、未詳文明黎明期の者たち。――“白き光を放つ者ホーリーレイ”なのじゃよ」


 旧調査開拓領界には、統括管理者によって支援を受けて発達した文明圏が存在した。クナドは配下であるコシュア=アニタルパを王として、白神獣を信仰する“白き光を放つ者ホーリーレイ”の王国を築き上げた。

 一方、第二開拓領界ではポセイドンが人魚たちによる文明圏、“青き水を抱く者ブルーシェード”を勃興させた。


「待って。この〈黄濁の溟海〉って、旧調査開拓領界の区分だと――」


 いち早く気が付いたのはエイミーだ。彼女の声に、ヨシキリが頷く。


「うむ。ここは第二開拓領界、つまりポセイドンの領地であったはずなのじゃ」


 地理的な異変が浮き彫りになる。“青き水を抱く者”の支配領域に、なぜ“白き光を放つ者”の遺跡を背負った亀が存在するのか。しかもそこには、古代エルフ語のメッセージが刻まれている。

 混迷を極める状況に、レティはいよいよ頭が痛そうな顔をする。


「そもそも各勢力のことがいまいち分からないんですけど……」

「一応、白と青の文明は交流があったみたいだよ。人魚たちからも、それらしい話は聞けるし」

「思い出すのは、竜闘祭のイベントだねぇ」


 〈オノコロ島〉の地下深く、地底都市〈クナド〉よりも更に深い地底に暮らす盲目のコボルドが語る歴史があった。コボルドが石を掘る、ドワーフが舞台を作る、エルフが歌う。これにより執り行われた演舞は、ポセイドンの配下であった第零期先行調査開拓員エウルブ=ロボロスに捧げられ、海底都市〈アトランティス〉への道が開かれた。

 この情報を基にすれば、コボルド、ドワーフ、エルフは白の文明の勢力であり、青の文明との交流のため、“闘竜祭”を開催していたことが示唆される。だが、元々エルフは〈エウルブギュギュアの献花台〉で生まれた種族であり、出自としては青の文明の勢力に属するという学説もあった。


「種族と勢力は別で考えるというのが、現在の一般認識じゃ。エルフはおそらく、白と青の仲介という役割があったのじゃろう」

「となると、亀の遺跡に古代エルフ語があるのは不自然ではないってこと?」

「そうとも言えぬ」


 即答されたシフォンがはえんと鳴く。


「エルフは無所属という説もある。元々、塔の中に隔離され、そこで世代を繋いできたからのう。我々がモジュールシステムとして採用しているものも、元はエルフの魔法という理論。――彼女らはその神秘的な力を用いて、他種族と関わっていた可能性は大いに考えられる」


 ヨシキリが展開したのは、彼自身の考えだ。しかし、そこには一定の信憑性がある。闘竜祭においても、エルフの歌は演舞の始まる合図として捉えられていた。彼女たちの役目は、案内にあるという学説だ。

 彼はコボルド、ドワーフの両種族を白の文明に、人魚を青の文明に、そしてエルフは第三の文明もしくは文明に属さない勢力として分けようとしていた。


「重要なのは、この海が青の文明の支配下でありながら、そもそもの歴史が一切見つかっていないという点。そんな空白地帯に、白の文明の痕跡を背負った亀が落ちてきたという点。そしてそこに、エルフの文字があったという点じゃ」


 指を立てながら数え上げ、ヨシキリは周囲を見渡す。アストラやアイ、ラクトは真剣な表情で聞き入っているが、レティとシフォンはふにゃふにゃとした顔になっている。早めに結論を出さなければ、彼女たちが理解を放棄してしまう可能性もあり、老爺は口を開いた。


「儂は、この〈黄濁の溟海〉が青の文明圏と他の文明圏が衝突した土地ではないかと睨んでおる」


━━━━━

Tips

◇白光放射型螺旋紋様

 白神獣の古祠に見られる独特の紋様。“白き光を放つ者”の文明を表すとされる。光を象った線が放射状に螺旋を描きながら広がる様子が代表例。未詳文明黎明期の証拠という説が有力視されている。


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