第1642話「言語読解」

 泥の中からウェイドを引き上げた後、解析班を中心に穴の中へ慎重に降りていく。照明に照らされたのは、つるりとした壁面。そこには白い塗料を用いて、記号が羅列されていた。


「確かにエルフ語っすね」

「なんて書いてあるか、分かりますか?」


 古代エルフ語はすでに解読済みである。写真撮影からOCR解析にかけることで、その文言を読み取ることができた。その結果が読み上げられる。


「えっと、“ヘヴン到来マヂテンアゲチョッパヤノ助デイカネートダチヤバスギ”……と書いてありますね」

「つまり?」

「えっと……」


 文言は解読できるとはいえ、その意味するところまで解明できるわけではない。読み上げた当人でさえも首を傾げる言葉の羅列であった。

 地底言語や海底言語といったいくつかの言語は、レッジによって辞書データが作られ、有志が日夜改訂しているため、現在ではかなり信頼性も高くなっている。一方の古代エルフ語は、そもそものサンプル数が限られることもあり、なかなか知識の蓄積も進んでいないのが実情なのだ。


「うーん、これだけでは何とも言い難いですね」

「他のサンプルを探せば、理解が進むかもしれないっすけど」


 それも一つの方法ではあった。この亀の背には、まだ無数の遺跡が見える。そこにも同様に古代エルフ語のメッセージが残されている可能性は、大いに考えられる。しかし、T-1たちはどうしたものかと首を捻る。


『探索して見つけるのも良いが、時間がかかる。いっそ、オフィーリアたちに聞いてみるのも良いかも知れぬのう』


 〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層には、エルフたちの廃都がある。そこに、エルフ族の生き残りであるオフィーリアとレアティーズの二人が住んでいた。また、そこには塔を管理していたオトヒメも、有力な情報を持っている可能性は高かった。

 いちいち探索をして別の壁画を探すよりも、知っている者に尋ねる方が早かろう。そんなT-1の提案に、レティたちも揃って頷いた。


「とはいえ、彼女たちをここに呼ぶというのも大変ですよね」

『オトヒメならばいつでも通話が繋がるのじゃ。ちょっと呼んでみるかの』


 オフィーリアとレアティーズはともかく、オトヒメは現在管理者機体を有している。他の管理者や指揮官同様、遠隔での通話も問題なく行える。T-1が指揮官の権限を用いて連絡を取ると、果たしてすぐに応答があった。


『ヤッホー! そっちから連絡してくるなんて珍しいネ! 何か面白いことでもあったのカナ?』

『元気そうじゃの、オトヒメ。単刀直入じゃが、お主に見てもらいたいものがあるのじゃ』


 空中に投影されたディスプレイに、オトヒメの姿が映る。画面端には不思議そうに覗き込むエミシの姿も見え隠れしていた。

 T-1は挨拶もそこそこに、オトヒメに見えるように角度を調整しながら壁画を写す。そこに書かれたものが古代エルフ語であることは、すぐに分かったらしい。オトヒメが驚く声がする。


『ワオ! これは古代エルフ語だネェ。いったいドコでこれを?』

『特殊開拓指令の真っ最中じゃよ。それより、この文章を解読できるかの?』

『モチのロンだよ。ちょっと待ってネ♡』


 元、統合制御システムのAIであるオトヒメは、膨大な言語アーカイブを参照する。それに基づいて言語の解読を行うのだが、そこには多少の時間を要する。


『うわー、なんですかこの文字は。〈黄濁の溟海〉は広大な海と聞いてましたが』


 その間に、画面端からエミシが近づいてくる。彼女は画面に映る壁画の文字を注視している様子で、T-1のディスプレイには彼女の鼻先がドアップになって映し出された。


『エミシ、その間抜けな真似はやめなさい』

『うわわっ!? ご、ごめんなさいー』


 エミシは出自的に容姿がほとんどウェイドと同じである。自分が接写されているような気持ちになったのか、ウェイドが慌てて忠告した。画面から離れたエミシは、恥ずかしそうに鼻先を押さえながら、ふと口を開く。


『私は古代エルフ語はさっぱりですけど、わざわざ文字に残すってことは、何か重要なことなんでしょうかね』

『そうじゃのう。そのためにも今調べておるところじゃ』


 エミシも管轄都市の立地としてはこの特殊開拓指令に関連しているとはいえ、その主要任務は砂糖の供給である。SHIRATAMAの生産にも砂糖が使用されるため、彼女の保有する大規模農場は常にフル稼働していた。

 そもそも都市〈エミシ〉は様々な物資の供給地として重用されている。今回、偶然オトヒメの近くにいたのも、彼女が管理する地上前衛拠点シード02EX-スサノオとの取引のためであった。


『む、エミシ。その袋はもしや砂糖ではありませんか? その銘柄は私も知らないものですが』

『エルフ専用に調整した品種ですよ。ウェイドには必要ないかと――』

『砂糖ならばまず私が検査します。あとで〈ウェイド〉にも送っておいてください』

『いやでも、今あそこって禁輸で――』


 ウェイドとエミシがそんな問答をしているうちに、オトヒメが顔をあげる。


『オマタ! ちょっち時間かかったケド、大体わかったヨ!』

『おお! 早く教えるのじゃ』


 両手でピースをするオトヒメ。T-1とレティたちが、期待を傾ける。


『――天国の降臨により太平の世は実現される。永遠の都は訪れる。同胞どもは参じたまえ。――こんなトコだねー』

「なんだか随分雰囲気が違いません!?」


 厳かな口調で語ったオトヒメにレティが思わずツッコミを入れる。古代エルフ語は短文に多くの意味を重ねるものだと、オトヒメは朗らかな笑みで答えるのだった。


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Tips

◇リーフシュガー

 エルフ族に合わせて調整を施した砂糖品種。ミネラルが豊富に含まれ、純白とはならないが、素朴な甘みが特徴的。

“エルフ族の伝統料理にも使えるかもしれませんね”――オフィーリア


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