第1588話「よみがえる者」

「……おお?」

「じょ、状況確認! 急げ!」


 イザナギが首を横に振った直後、視界が暗転した。そして気がついた時には、俺たちは透き通る青空の下、茫洋たる海に戻っていた。背後にはどこまでも続く無辺の海が広がり、前方には陸地と白く輝く塔が見える。裏世界と座標は同じなのか、〈塩蜥蜴の干潟〉近くの海上であるらしい。

 突然の急展開にも関わらず、アイが早速部下たちに指示を出している。それに倣って、俺も仲間の状況を確認し、気が付いた。


「レティたちがいない? クチナシ、周囲には」

『見つからない。私たちは〈黄濁の溟海〉に戻ってきたみたいだけど』


 レティとLetty、エイミー。そして騎士団の戦場建築士二人を乗せたボートの姿が見えない。騎士団の捜索も成果を上げていないようだ。


「まさか、レティたちだけ取り残されたのか?」

「すみません、レッジさん。色々と立て続けに起こりすぎていて情報がなかなか纏まらないのですが」

「いや、しかたないだろ。とにかくレティたちがまだ裏世界にいるっていうなら、もう一回稲荷寿司で釣りをすれば――」


 イザナギとも再度話をしなければならない。そう思って、甲板で狼狽えているシフォンに呼びかけようと思った矢先、俺に向かってTELが飛んでくる。しかも否応なく受信してしまう、強制力のあるタイプの通話だ。


『レッジ! 生きてるんですね!? 無事なんですね!? どこで何をやっていたんです!』

「ウェイドか。色々と説明しようと思うと長くなるんだが――」


 耳に飛び込んできたのは勢いよく捲し立てるウェイドの声。ずいぶん心配してくれていたようで、その声には安堵の色も多少混ざっている。ほとんどは怒りのような感情だったが。

 しかし、裏世界であったことを伝えようと話し始めるも、彼女はそれを封じて叫ぶ。


『とにかく今は海が大変なんです! 〈大鷲の騎士団〉の船隊と合流して、海中から出現した敵性存在に対処してください!』

「敵性存在?」


 その言葉に耳を疑う。〈黄濁の溟海〉は全くと言っていいほど原生生物が見られないフィールドだったはず。ミイラ魚でさえ、特定の条件を満たさなければ出現しない。

 だというのに、アストラたちの船が苦労するほどの強敵が現れたとは。


「一番艦から連絡がありました! 現在、30分ほど前から突如出現した複数の正体不明敵性存在と交戦中とのこと!」


 同時に騎士団の通信手が一番艦からの状況報告を伝えてきた。かなり逼迫しているようで、彼の声にも焦燥が滲み出ている。


「敵の詳細は。外見だけでも。進路は座標に向け、全速力で急行!」


 伝令に問いを返しながら、船を動かし始めるアイ。

 レティたちのことも気になるが、俺たちもそれについて行く。エイミーがいれば余程のことがない限り耐えてくれるだろうし、万が一死んでも表世界に戻るだけだとイザナギも言っていた。今は彼女の言葉を信じるほかない。


『あなたがどこかに行ってる間に、こっちは大変だったんですよ! 幽霊船にどれだけ鉛玉をぶち込んだと思ってるんですか!』

「鉛玉だけで良かったよ。それより、裏世界にレティたちがまだ取り残されてるんだ。イザナギもそこにいる」

『は? 裏世界? イザナギ?』

「アストラたちと合流したら、すぐにまた裏世界に向かう。その前に白玉の補給を受けたい」

『ああもう、分かりましたよ! 〈すっげぇ緑のクソデカタンカー運輸局〉に手配しておきます!』


 名前はふざけているが、クチナシ級の開発にも関わった信頼と実績のある技術系バンドだ。そこが造った無人船で物資の追加が受けられるという。


「まだ功績の話はしてないのに、いいのか?」

『どうせあなたのことですから、見てないところで何かやってるんでしょう。そんなもんは事後報告でいいんですよ!』


 だからさっさと行け、とウェイドが通話越しに背中を蹴飛ばしてきた、ような気がする。とにかく、彼女に信頼されているようでなによりだ。俺も、レティのことは信頼している。


「ラクト、レティたちはいくつ白玉を持ってた?」

「五個ずつだね。二時間半がリミットだけど、もう一つは消費してるはず」

「あんまり時間はないかもな。アストラたちが戦ってる相手が何かにもよるが……」


 二隻のクチナシ級がブルーブラストの青い光を放ちながら船首を浮かせて走る。甲板の揺れを度外視した全速前進だ。衝角が波を破り、水面を切り裂いていく。やはり原生生物の気配はないが、遮るもののない海は走るぶんには爽快だ。

 そうしているうちにも、一番艦や三番艦からは詳細な報告が伝えられ、情報も鮮明になっていく。


「れ、レッジさん! 大変です!」


 報告を受け取っていたアイが、血相を変えてこちらへやってくる。その手には、一枚の写真が握られていた。


「一番艦が戦っている相手、どうやら私たちが倒したはずのホロウフィッシュのようでして」


 そこに映し出されていたのは、海から爪を伸ばして船につかみかかる巨大なカニ。それ以外にも、ウナギやタイ、イソギンチャクといった海の生物をそのまま巨大化させたようなエネミーがあちこちで船を襲っている。

 どうやらイザナギが言っていた、裏世界で死ねば表世界で生き返るという法則は、彼らにも通用するらしい。それ自体はなんとか納得できた。しかし、問題はその次だ。


「どうやら厄介なことに……我々が討伐するときに使用したヒールやバフが全て残っているようなんです」

「それは……そうはならん……なるのか?」


 万物は世界の表裏で逆転する。死んだものは生き返り、治癒は傷に、支援は妨害になる。

 表世界で生き返ったホロウフィッシュたちは、〈大鷲の騎士団〉の精鋭支援職たちによる凄まじい攻撃を、そのまま自身の力へと変えて現れたのだという。

 ただでさえ手強い相手が、調査開拓員たちの全力の支援を受けて強化されたと同義だ。


「ちょっとやばいかもね」


 ラクトが生唾を飲み込む。


『う、うふふっ。ふひっ。敵が強いってことは、ぶちころ――ぶん殴ってもいいってことだよね? えへひっ!』


 二番艦SCSの隊長が、隠しきれない笑みを吹き出す。ロケットランチャー型の外部計算機をぎゅっと抱え、恍惚とした表情をしている。

 彼女の視線の先、水平線の上で激しい水飛沫が上がった。


━━━━━

Tips

◇SCS専用外部計算補助端末“Scorpion”

 〈緑髪の旅団グリーンヘッズ〉によって開発され、SCS-クチナシ-02に合わせてチューニングが施されたオーダーメイドの外部計算補助端末。主に戦術立案の支援に用いられる。

 外見は四連装式ロケットランチャーに酷似しているが、武器としての能力はない。弾頭が装填される場所には電源用バッテリー、データカートリッジ、簡易偵察用小型ドローンなどを格納できる。非常に重量があり、携行性が高いとは言い難いが、使用者本人の強い要望を受けて設計された。


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