第1580話「合流した少女」

 警戒は続けるものの、あれ以降幽霊が襲ってくることもなく、比較的平穏な船旅が続いた。しかして見張りを解くわけにもいかず。テントの中から周囲を見渡すシフォンも少し退屈そうだ。

 状況が変わったのは、それから少ししてのこと。クチナシが何かに気がついて顔を上げた。


『なにか、近づいてくる』

「ゆゆゆゆゆ幽霊ですか!?」


 途端にハンマーを握って立ち上がるレティ。やられる前にやる、という感極まった焦燥を表情に浮かべているが、ラクトがそんな彼女をどうどうと抑える。


「クチナシが見つけたってことは幽霊じゃないでしょ」

『うん。――私の姉妹』


 SCSの少女は首肯し、船尾に顔を向ける。釣られてレティたちがそちらを見れば、水平線の間際から銀色の船が近づいてきていた。


「あれは……クチナシ級じゃない!」


 目を凝らしていたLettyが歓声を上げる。こちらがテントを建てていることもあり、向こうの船はぐんぐんと追いついてくる。すでにこちらの姿の確認もしているのだろう。その速度はほぼクチナシ級の最高速に達していた。

 白く波を裂いて迫る船はどんどんとそのシルエットを大きくして、本当に止まるのかと少し背筋が冷えた頃、ようやく減速に入った。


『これは騎士団の二番艦ね。船体に銀翼の大鷲の紋章がペイントされてるのが特徴だけど、二番艦は音響設備が船体各所に置かれてて、広域支援船としても活躍できるようになってるのよ。一番艦とか三番艦と比べると直接的な戦闘能力は低いんだけど、艦隊での運用を考えると戦闘も支援も高いレベルで両立できる優秀な性能をしているわ』

「なるほどな」


 これまで静かだったカミルが、立板に水を流したように流暢に話し始める。星空の海にはほとんど興味を見せなかったくせに、船はしっかり押さえているようだ。

 そんな早口で捲し立てる解説を聞き流していると、クチナシ級二番艦は俺たちのすぐ隣までやって来る。甲板は慌ただしく、揃いの装備に身を包んだ騎士団の団員たちがそれぞれに声をあげて右往左往している。


「というか、二番艦ってことは――」

「レッジさーーーーんっ!」


 向こうの甲板から、周囲の声を突き抜けるようなよく通る声がする。その後、軽快な足音と共に小柄な少女が船縁を蹴り、接近したとはいえ少し距離のある両船の隙間を飛び越えてこちらへ乗り込んできた。


「レッジさん!」

「アイ! 来てくれたのか!」


 勢い余って俺の腹まで飛び込んできたのは、〈大鷲の騎士団〉副団長のアイ。ローズピンクの髪に赤い瞳、小柄なタイプ-フェアリーの少女だ。

 彼女は目の端に涙を浮かべ、ぎゅっとこちらにしがみついてくる。


「ほわーーーーっ!? あ、アイさん!? 何をしてーーーーっ!?」


 なぜかレティたちが本物の幽霊でも見たかのように悲鳴を上げている。


「心配したんですよ! 突然沈んじゃって。そしたら幽霊船が代わりに出てきて」

「幽霊船? なんだそれは」

「それよりも離れた方がいいんじゃない? 詳しい話もできないでしょ」


 アイから興味深い単語が飛び出してきたが、ラクトが間に割り込んでくる。確かにそれもそうかと思い直し、俺はテントの方へと向かう。お茶とお菓子くらいなら出せるからな。


「そういや、そろそろ30分か。この世界で適用されるのかも分からないが、一応白玉も食べておいた方がいいな」


 茶菓子と一緒にSHIRATAMAも出し、簡単にテーブルセットも整える。アイはレティたちと何やら熱心に話し込んでいるようだった。


『うぅぅ……あの幽霊船をぶち壊……沈めたかったのに……どうして……』

「うぉっと」


 ティーセットを持っていこうとすると、広げたばかりの椅子にちょこんと座って悲しげな眼差しを海に向ける少女がいた。クチナシによく似ているが、頭に濃緑色のベレー帽を被っている。


「こんにちは。えっと……隊長」

『うぅぅ』


 彼女はたしか、二番艦のSCSだ。名前というか愛称は“隊長”だったはず。


『こんにちは、レッジさん。妹がお世話になっています』

「あ、ああ……。いや、こちらこそ?」


 儚げな目元の少女なのだが、特徴的なのはベレー帽だけではない。SCSは艦載兵器の運用を除いた戦闘行為が禁止されているはずなのだが、その手にはゴツゴツとした四連装ロケットランチャーが抱き枕のように抱えられていた。しかも腰には重そうなサーベルが提げられ、革のブーツまで履いている。厚手の軍服テイストの服も合わせて、ミリタリー感が濃厚だ。


『この世界にはぶち殺……ぶっ飛ばせる敵はいないのでしょうか? ずっと平和で、退屈で、死んでしまいそうです』


 言い直している割には不穏度が減っていない言葉遣いで、隊長が尋ねてくる。SCSシリーズの斬り込み隊長、という愛称誕生の逸話が脳裏を過ぎった。


「さっきでかい幽霊の海蛇は出てきたんだけどな。それ以外は平和なもんだよ」

『でかい幽霊の蛇ですか……。物理が効くなら嬉しいのですが……』


 SCSはどれも元々は同じはずなのに、どうしてこうも性格に個性が出るのか不思議なものだ。隊長は幽霊と聞いてなお戦意は衰えるどころかランチャーのよく分からないレバーをガシャコンガシャコンと動かしている。


「海蛇も一回限りだったからな。このまま無事に済めばいいんだが」

『そんな、波乱のない航海なんて死と同義ですよ』

「思想が強いなぁ……」


 一番艦の“船長”もずいぶんイロモノだった気がするが、二番艦の隊長もなかなかだ。そもそもクチナシのSCSシリーズが……。


『レッジ、2番と何話してるの?』


 後ろからぐいと手を引かれ、振り返ると麦わら帽子の下からこちらを睨むクチナシがいた。


「平和そうで死にそうって話してたんだよ」

『だったら足を縛って海に投げ込んだらいい。やってみよう』

「そしたらアイたちが困るだろ。ほら、呼んできてくれ」


 なぜか機嫌が悪そうなクチナシの背中を押して、輪になって話し込んでいるアイたちの元へ向かわせる。


『17番はライバルが多くて羨ましいですね……うぅ……』

「何の話だ?」


 ガジャン、ガジャン、とロケットランチャーを弄りながらしみじみと溢す“隊長”。その言葉の真意を図りかね、俺は首を傾げるのだった。


━━━━━

Tips

◇SCS-クチナシ-02

 クチナシ級調査開拓用装甲巡洋艦に搭載される船体管理システム。二番艦に搭載されるSCSは非常に多くの戦闘経験を有し、その過程で好戦的な人格が形成された。ロケットランチャー型の外部計算補助端末を所持し、戦闘支援に関連する膨大な計算を行うことができる。


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